新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その13 音もなく時は過ぎ

 今日は早期退職優遇制度の募集最終日。先週金曜の「基本給カット」発表の成果(?)はあったのか。月・火の2日間でどれだけ応募者は増えたのか。
 ……全然わからない。会社発表はないのである。


 夕暮れ、どこからともなくはぐれ者たちが集まり、タバコを吸ったりコーラを飲んだりする一角がある。こういうスポットはどんなコミュニティにもあると思う。ちょっと狭苦しくなってるがはぐれ者には居心地のいい場所。中学校なら体育館の裏、高校なら下校途中のたばこ屋の近辺とか。ちょっとおバカな若者が盤踞する場所である。
 一人のはぐれ者が油を売っていると、別のはぐれ者がふらりと立ち寄ってタバコに火をつける。さらに別のはぐれ者が飲み物を買いに来る。体育館の裏やたばこ屋の近辺と違うのは、はぐれ者たちがいずれも40代以上だということだ。なんということか。男というのはいくつになってもおバカな動物である。
「おう、ハローワークは行ったのか?」
「まだだよ。それより買いたいもんがあってさー」
「なんだそりゃ。これから節約生活だぞコラ。無駄遣いすんじゃねーよ」
「ちげーよ。仕事始めるのに必要なモンだよ。ネットの必需品」
「へー、お前さんがネットねえ」
「いいじゃんほっとけよ。それよりあんたこそハローワーク行ったのかよ」
「俺は行かねーよ」
「ばか、ハローワーク行かねーと雇用保険出ねーぞ」
「あっそうか」
 会話が中学生レベルである。男というのはいくつになってもおバカな動物である。
 お察しの通り、このはぐれ者たちは今回の早期退職に応募した連中だ。いずれもこんな調子で、浅薄なことこのうえない。それどころか、誰も見ていないとなると自然に頬が緩み、締まりのない笑顔を晒すやつもいる。
「コラお前、笑いが漏れてるぞ」
「すみません、気をつけてはいるのですが」
「もっと気をつけろこのヤロー」
 一同なんとなく、壁にかかった時計の文字盤に目が行く。
「もうすぐ5時半っすね」
「ああ。終業時間だな……いやそれは6時半になるのか」先日の会社提案のことを言っている。
「いやまだ妥結してないから5時半ッスよ」
「あと5分か。駆け込みで申し込むやつはいないのかね」
「さあ?……○○さんとか△△さんとか、悩んでるって噂ですけどね」
「ふうん。○○さんが抜けると痛いだろうなあ」完全に他人事である。
 そこへ△△さんが通りかかる。コーラを買いに来たのか。コーラは身体に悪いぞ。
「ほら△△さん、あと4分ですよ。ボールペンとハンコ持ってますか」
「バカ、俺ぁ残るんだよ! 一昨日家族会議でそう決めた」
「まあそう言わないで」
「そうッスよ△△さん」
「あ、お前はたぬきち! オメー評判悪ィぞ」
「すいませんねえ、バカのやることなんで大目に見て」
「っとにこのバカが…。で、アテはあるのか?」
「全然ありません。まあいいじゃないですか。それよか一緒に」
「俺を地獄に引っぱるなバカ」
 低レベルすぎて描写するのが申し訳なくなる。こういったやりとりが続いた後。
「あれ? 時計、5時半過ぎてますね」
「ほんとだ。もうすぐ40分だな」
「チャイム、鳴りませんね」
「ほんとだ――! 気づかなかった」この会社では、朝の9時半、昼の12時、夕方5時半にチャイムが鳴って始業と終業を知らせていたのだった。
「なんで鳴らない?」
「知りません。チャイムってどこの部署が鳴らしてんですか」
「……総務部かな? でも何で鳴らさないんだ?」
「もしかして、1回鳴らすごとに1000円とかかかるんじゃないですか」
「バカかお前は。そんなわけねーだろ」
「じゃあ、終業を教えないようにして、知らず知らず残業させるとか。6時半まで時間外手当かからないし」
「それはあるな……いつの間にかサービス残業か。どんだけセコいんだ!」
「そういや、まだ妥結してないし。あり得ないッスよねー」
 そんなことを言ってる間に日は落ちて今日が暮れたのだった。


 早期退職優遇制度の申込期間はこうして終わった。音もなく、この日は暮れた。
 応募者の数はあいかわらずわからない。時たま、意外な人が「出した」と噂が流れる。だが総数は不明のままだ。
 もしかすると明日、再建案の経過発表があるのだろうか?
 会社の再建は。はぐれ者たちの未来は。すべて五里霧中なのだった。(つづく)