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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その39 息切れ、プチ更新

 今日は暑い。旧暦だとまだ四月十二日だというのに、なんだか夏のように蒸すよ。四月十二日って一八六八年だと江戸城無血開城の翌日だな。あれ? でもこの年は四月が二回あったけどどっちの四月だ。なんて考え出すとキャパを超えて頭が煮えるのでやめます。
 ともかく、今日の東京は暑かった。何度も思うけどこのブログ始めたときは氷雨が降ったりしてたのに。早いもんだ。もう夏目前だ。会社行くのもあと三日だぜ。
 今夜は残業したり人と会ったりして疲れたので、またまた手抜き・プチ更新なんだよ。ごめん。


■引き続き引き継ぎ継続中
 辞める十日前くらいから始まった引き継ぎが佳境なんだよ。前任者から引き継いだときに取ってたノートをコピーしてスクラップブックにぺたぺた貼り、マニュアルを作る。何か作業をするたびに後任の同僚に声を掛け、「見ててくださいね」「やってみてください」「これ頼みます」の連発。ま、仕事渡すほうの僕はまだ楽だけど、いきなり大量の仕事が振ってくる後任は大変だな、と思う。ルーチンワークって、端で見ても意味がわからないものが多いし。
 とくにシステムとか帳票関係のメンテは「何のためにやるのか」が最初はわかりづらいので僕も苦労した。営業部全体の業務フローがわからないと、一つ一つの行為にどんな意味があるのかわからない仕事もあるからね。もっと時間があればなぁ、と思うことしきり。
 ていうか、辞めるって決めたの四月のアタマなのに、そっからろくに有休消化もせずにここまで毎日来たのに、今ばたばた引き継ぎやる羽目になったってどーゆーことだよ? と怒りが沸くんだよ。やり場のない怒りじゃないですよ? やり場、ありますよ? 会社が「引き継ぎ等あるので有休消化は遠慮してくれ」と言っときながら「引き継ぎは人事が決まるまでできない」なんて言うから。会社、悪(わる)ー! 僕はリストラ自体には異を唱えないけど、この手際の悪さには大いに異を唱えるぞ。
 それでも現場のみんなは仕事を滞らせないよう必死で引き継ぎやってる。がんばるなあ。
 このがんばりに報いてくれるといいなあ、会社。


■基本給カット、その後
 で、どうやら僕らが去った後の人事も固まったらしい。まあ、よかったね。
 決まってないものがある。ずっと前に書いた「基本給カット」だ。あれってば、一方的に会社が社員に通告したから来月から給与下げますよ、ってもんじゃなくて、やはり組合と妥結しなければ実効性がないわけで。そんなわけで、組合は会社側と長い長い春闘を闘っている。
 例年では考えられないほどの回数、団体交渉を重ね、熾烈なやりとりをしている。この会社の組合には専従なんていないから、執行部はみんな仕事を抱えながらやっている。辛そうだ。
 だけど、この度の春闘はどうひいき目に見ても組合(社員側)に勝機はない。「会社を建て直すにはリストラもしなきゃいけないし、残る人の給与も下げなきゃいけない」という会社側の論理を乗り越えるだけのものが組合(社員側)にはないから。会社なくなったら困るし、ストも打てないし。せいぜい「給与が下がるとローンが破綻するから、その救済策を講じてくれ」ってくらいの要求しかできないもんな。しかも救済策を講じたとしても、ローン自体を整理しないことには抜本的対策にはならない。弥縫策を繰り返していると、ローンは必ず破滅に向かうってわかってる。
 大昔の労働運動の枠組みから脱せなかった組合運動の限界、とか言うと評論家っぽくて偉そうだけど、結局そうなんだってことになるのか。残念だ。web2.0に始まっていまやチャイナ2.0とか言われてるくらいなんだから、どっかの転換点で組合2.0にならなきゃいけなかったんだよな。それが今なのか。
 基本給カット案は団交を重ねながらだんだん変わってきた。でもその本質である「給与を下げる、昇級は凍結」という点は変わらない。今回下げるのを猶予したら、それは痛みを先送りするだけだ。今のうちに会社2.0対組合2.0になれれば、それが最高の戦果だと思うのだが。難しいね。


■胎動
 それでも苦境・ピンチというのは変化のチャンスらしい。会社のあちこちから変化の兆しが姿を見せてきた。
 ある編集部が独自の判断で電子書籍を出した。ボイジャー社T-Timeの技術を使ってて、写真の多いビジュアル書籍の一部を抜き出してiPhoneアプリにし、iTunesStoreというかAppStoreでダウンロードするタイプ(無料)。もちろんiPadでも読めるよ。AppStoreを書籍のショウケースのように使うビジネスモデルだね。
 これまで会社は電子書籍の制作を一つの部署に集約し、B表(在庫僅少本・事実上もう重版しない本)とかC表(品切れ重版未定)の書目を中心に、前に言ったXMDFという形式でのみ商品化してきた。今回の試みはそのすべての前例を踏襲していない。期待できる試みだ。たとえこれが即商業的成功に結びつかなかったとしても、この過程で出た問題点や課題を蓄積していって、一歩でも二歩でも先行する他社に追いついてほしい。
 他にも電子書籍に乗り出す編集部があるらしい。素晴らしい。
 僕は、あるフォーマットや型を決めて、いっせのせ!で横並びで始めましょう、というのが嫌いだ。苦手。今のように変化の激しい時代には、いろんなやつがいろんな意図・企図でてんで勝手にいろんなことを始めて、勝ち残ったやり方をフォローしていくのが良いと思う。市場に淘汰してもらって勝ち残るフォーマットを決めるのだ。会議室で決めたフォーマットはダメだよ。変化の速度についてゆけない。
 失敗できるうちに失敗を重ね、市場の経験を積んでいかなきゃ、と思う。
 なんか、幕末に代官が反射炉を作ったり、各藩が独自に軍隊を調えたりし始めたのに似てるね、と思うのだ。幕府に献策して偉い人の判断を仰ぐ、って時代じゃないんだ。もう。
 それと、噂で聞いただけだけど、社内の若い人たちが職種の垣根を超えて連絡を取り合ってる気配があるらしい。なんかワクワクするね。土佐勤王党(この喩えは縁起が悪いからやめろっちゅーに)か、奇兵隊か。
 前に、幕府(会社)がまたまた目安箱みたいなものを設置してご意見・企画を求む、って始めたって書いたけど、上に具申するより、下の方で示し合わせていきなり動き出しちゃうほうが絶対面白いよね。Twitterで書店員さんが結集して始めた“秘密結社”も、あれ書店の偉い人で談合して始めたんならたぶんつまんなかったと思うよ。各地で志士が集まり始めた気運。吉祥だよ。
 僕は脱藩して神戸海軍操練所ならぬハローワークの職能訓練で修行するつもりだけど、志士たちが立ち上がったって便りはきっと届くだろうなと思う。幕末の風が吹いてるのを感じるなァ。
 そして昨日、僕のブログに寄せられたトラックバックに、「ネコポンの『不当解雇なう』日記」というブログが始まった、てのがあった。

ネコポンです。
中途採用で入社した会社から、不当解雇されました。 3月某日、いつもどおり出社したところ、会社側から、突然、会議室に呼ばれて… 「あなたを解雇します。」 とのこと。
会社側の解雇理由は、『入社に際し、経歴を詐称し、あるいは、虚偽の履歴を申告した』ので、就業規則上の解雇事由に該当するとのことだが、ボクには、まったく思い当たる節もない。

 ついに来たか、シリアスな告発ブログ。ネコポンさんの置かれた状況は、僕なんかよりずっと厳しそうだ。がんばれ、がんばってなるたけ日々更新してくれ、と思う。苦しくても続けていけば、状況はきっと変わると思う。ネコポンさんが書き続けることで社会も変わっていく。


■野良犬集会があるよ
 そして五月三十一日、僕たちが会社を去る日に、会社を去る年長の仲間が企画した飲み会が行われることになった。今回辞める仲間の三分の一と、残る仲間の有志、OBが集まるらしい。やったね! なんだか、脱藩浪士の秘密集会みたいじゃん?
 この集まりにはちょっと前に退職した先輩が来るっていうのが僕は楽しみだ。僕のMacintoshとかの師匠。お元気かな? 
 昨日は落ち込んでたけど、今日はなんだか元気なのだ。ただ単に躁鬱なのかもしれんが。って、ほんとの躁と鬱はこんな短時間では変化しません。
 昨日のエントリに寄せられたコメントで、とても心に沁みたのがあったからだ。「だいじょーぶ」さんからいただいたコメント。

 だれでも、地を這うもりであれば、見栄を張って分不相応なリスクをはらないように注意すれば、(そうそう、それが野良犬の生き方なんですよ!)、自分で立って生きることはできると、僕は断言できます。ポイントは、「地を這うような生き方ができるか」どうか、ということにかかっていて(略)

 そうだ、これだ。僕がしたい生き方は。それをこうして、言葉で教えてもらえるとは。
 ブログをやっててほんとに良かった、と今日も思ったのだ。もうあと数日だけど、ね。(つづく)


(【おことわり】過去のコメントでご本人からの要望により削除したものがあります。「たぬきちは重複以外削除しない」というルールを設けていますが、例外としてご了承ください)
(【おことわり2】野良犬集会のくだり、無関係者はご遠慮願う、とのことですので一部削除訂正しました)