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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

アンチ禁煙…? のすすめ

 ひさしぶりにある友人と会って、ちょっと話した。彼にも僕にも精神科への通院歴がある。なんとなく話題がそっちに行ったとき、ふと「すべての医者のなかで精神科医だけは『タバコを止めろ』とは言わない」というフレーズが出てきた。
 そう、僕も彼も以前はヘビースモーカーだった。今は止めているが、僕は今でもタバコが好きだ。好きだけど吸わずにいる。
 僕の主治医も、彼の主治医も、禁煙しろとは一言も言わなかった。そして精神科のクリニックには喫煙室があるところも多い。僕が通っていたのはとりわけ大規模なクリニックだったので、立派な喫煙室があって待合室から隔離された部屋で何人ものクライアントがひしめきあってタバコを吸っていた。なつかしい。


 呼吸器科とか循環器科とかの医者が禁煙をすすめるのはわかる。彼らの守備範囲ではタバコはまったく益がない。だが精神科医は違う。彼らの守備範囲では、タバコは強力な援軍だ。イライラするとき、不安なとき、退屈なとき(これだって精神科に通う者にとっては辛い状況になりうる)、興奮したときなど、タバコの一服が精神を落ち着けてくれる。これは本当のことだ。タバコには明らかな薬効があるのだ。


 だがご承知の通り、タバコには様々な副作用がある。がんを誘発し、呼吸器を痛めつけ、歯を茶色く汚し、舌を荒らし、口臭の元になり、胃がムカつき、のど元がウエッとなり、服まで臭くなる。いずれも深刻だ。
 それ以上に問題なのは、タバコがあまりにも魅力的で、かつあまりにも身近であることだ。だから吸い過ぎる。吸い過ぎることがタバコの最大の問題なのだ。
 
 この本は僕の人生オールタイムベスト5に入れている名著だ。ドラッグ、といっても「世界史のなかでもメジャーな」アルコール、ニコチン、カフェインを中心に考察したドラッグの人類史。この本が鋭く指摘するひとつに、「タバコの最大の敵はタバコ」ということがある。これすなわち、タバコの最大の敵は吸い過ぎること、ということだ。
 ほとんどすべてのドラッグは、「やりすぎること」が問題だ。アルコールはもちろんそうだし、カフェインだって飲み過ぎれば効力がなくなる。なかでもタバコを吸い過ぎる害は、はなはだしい。


 だから、去年から自動販売機でタバコを買うのにIDカードが必要になったのは、素晴らしいことだ。僕はこの機会にタバコと距離を置くことができた。タバコを愛するコツは、吸い過ぎないことだ。だが、手元にタバコがあればそれを守れる人はほとんどいない。なかでもシガレット(我々が手にする一般的なタバコ)は最悪だ。すぐに、どこでも、手軽に吸えるから。パイプや煙管ではこうはいかない。昔の人はゆっくりとたっぷりとタバコを味わっていたのだなあ、と思う。
 シガレットはださい。風情がない。下流のタバコだ。労働者のものだ。もちろん労働者の文化に支えられる立派な側面もある。中国では、公衆の中でタバコを吸うときパッケージを周囲の人に回す。知ってる人はもちろん、知り合いでない誰かもちゃっかり一本もらったりする。すばらしいコミュニケーションだ。これこそ社交だ。一人でせかせか歩きながら吸う日本のシガレット愛好家ははっきり言って洗練されてないと思う。僕もそうだったわけだけど。


 タバコを愛するすべての人に言いたい。美味しくタバコを吸うために、ちょっとタバコと距離を置こう、と。一日20本も吸ってはいけません。その半分くらいを、ゆっくりと、味わって吸ってほしい。それがタバコを尊重し愛する方法だ。
 これは禁煙ではない。我々は断じて禁煙しない。きちんとタバコを吸いたいのだ。おとなのように味わいたいのだ。そのために、今はちょっとタバコを買ってないだけだ。禁煙なんて糞だ。タバコは我々の誇る文化なのだ。
 ただし、タバコを薬物から文化にまで高めることができるのは、選ばれた人だけだ。みんな、大人になろう。

 最近↓こういう本を見つけた。ちょっと興味深い。この著者もスモーカーらしい。「健康」に呪縛されない生き方、重要なことだ。健康のために禁煙するなんてありえない、と僕も思うよ。これから読んでみようと思っています。