新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

重要かつ面白い映画!「サウダーヂ」(日本、2011)

 ずーっと銀幕で映画を見てなかったのだが、「スケッチ・オブ・ミャーク」以来ちょっと勢いがついてしまってまた見てしまった。
 今週見たのは渋谷ユーロスペースでもうすぐ上映が終わる「サウダーヂ」。インディペンデントで、ミニシアター系で、舞台は不景気な地方都市で、ドカタ・移民・ヒップホップがテーマで、上映時間は2時間半くらい……というので先週見た「ゴモラ」のように重たくてちょっと辛い映画なのかな?と思いながら道玄坂脇のラブホテル街へ足を向けた。ラブホが並ぶ地域だがライブハウスやクラブもいっぱいあって、夜なんか超イケてるお兄さんお姉さんがたむろしてる、僕なんか足早に通り過ぎるだけのSTREETにコンクリート打ちっ放しの瀟洒なミニシアターがある。

 この劇場も狭い。1フロアに二つの銀幕を配置してるから客席は映画会社の試写室くらいしかない。しかし客席はしっかり傾斜しており前の席が埋まっても鑑賞にまったく支障はない。ていうかこの映画、混んでる! 平日の昼なのに。百席くらいあると思うのだが、最前列なんてぱつんぱつんだよ(最前列は遅れてきた人が座りやすいからかもしれないが)。
 それはこの映画「サウダーヂ」が、面白いから、みんな見に来るのだった。

 予告編です。

 今回は【ネタバレ】なしでザクッと内容紹介します。

■主人公・堀精司(鷹野毅。ポスターなどでシャベルを使ってる男)は土建業。山梨県甲府市で、社長とその息子と、あと同僚一人の小さな組の一番下っ端。36歳。妻あり、34歳元キャパ嬢で今はエステティシャン。彼は子供は作る気はない。タイ人スナックのホステス・ミャオに嵌まっている。
■ラッパー天野=UFO-K(田我流)。地元で人気のアーミーヴィレッジのクルー。意識が高い曲を書くのに客は盛り上がりたくて来てるだけでちゃんと聴いてくれないことに苛立っている。ていうかいろいろ苛立っている。親は自己破産してて、弟と同居しているが弟は精神病のようだ。堀の働く土建屋に派遣されるが作業服でなく鳶の格好で行くので悪目立ちしてる。
■冒頭シーンで堀の土建屋に派遣されてきた保坂(伊藤仁)は長期滞在していたタイから帰国したばかり。36歳でぶらぶらしていて、タイ語でホステスと会話できるのが堀は羨ましい。
■美人のまひる(尾崎愛)は、以前天野と関係があったが上京して不在の後、最近甲府に帰ってきた。特養で働きながらカポエラ道場(?)を運営したり、レイヴとかイベントのオーガナイズをしてる。天野を誘ってアーミーヴィレッジとブラジル人ラッパーとのイベントを仕掛ける。
■タイ人ホステスのミャオ(ディーチャイ・パウイーナ)は日本人とのハーフで、一家で日本に来た時期もあるが今は一人だけ日本に残っている。
■出稼ぎブラジル人たち。県営団地に大勢入居しており、フィリピン人女性と結婚して日本育ちの子供がいたり、すっかりコミュニティができている。しかし彼らを雇っていた企業が業容を縮小しているのでどんどん解雇され、やむなく帰国する仲間が多い。ブラジル人相手のコンビニやクラブもあり、“スモールパーク”は人気のブラジリアンラップグループ。

 以上のような人物たちが、だいたい3本くらいのラインで物語を進めます。途中、宮台真司扮する衆議院議員候補とか出てきて、胡散臭さが超楽しいです。

 僕の説明だとあんまり楽しそうに見えないでしょ。ああ、気取ったやつが好きそうな社会派っぽいインディ映画なんでしょ、と思うだろう。
 ところがぎっちょん、この映画は観客を裏切るのだ。なぜなら「普通に映画として、すごく面白い」から。
 正直、先週見た「ゴモラ」は好きな映画なんだけど、意識が遠のく瞬間がけっこうあった。観客の意識をつなぎ止めておくのが下手な作りだったのかも。
「サウダーヂ」は、編集がすごく巧い。観客の意識のアップダウンを制御するのが巧い。眠いシーンがまったくない。2時間半も観客の緊張を途切れさせずにおくなんて凄いよ。

 甲府市街の描写がいい。僕の田舎(広島県)とさほど変わらない田舎感が漂う町、安ホテル(ドーミーイン、実は好きです。夜泣きソバとか)、安居酒屋チェーン、百均、あとは延々シャッターの降りた商店街。ラップを口ずさみながらシャッターの続くアーケードを歩く天野。どん詰まりの風景なのになぜか高揚するのだ。
 堀たちが現場に出ているシーンは、中上健次枯木灘」や柳町光男「火まつり」を強く連想する。あるいは「さらば愛しき大地」の根津甚八がトラックを運転するシーンを。描写が太い感じ。エンドロールに柳町光男って名前があちこち出てた。協力者なのだ。

 叙情的な映画でもある。サウダーヂとは、ポルトガル語で憧憬とか郷愁らしい。でもこの言葉、映画では一回しか出てこない。その一回が奇妙に叙情的で、泣ける。
 まひるの浮ついた喋りもイイ。ゴアやイビサでイベントやって、意識がすごく高くて、ラブ&ピースな感じ?って自分の言葉がどこにもないよって感じがイイ。堀の妻が甘えた声で子供をせがんだりマルチに嵌まったりするのもイイけど、まひるの上滑りっぷりは都会というアイコンへの底意地の悪い復讐みたいで好きだ。

 この映画は、社会派映画ではない。むしろ柳町の「十九歳の地図」のような労働の真実を描いた娯楽映画であるとか、崔洋一「月はどっちに出ている」と同じ血が流れている気がする。切実なリアリティがあるので社会派として見ることもできなくはないけど、それ以前に面白すぎて社会派なんて神棚に祭られてくれない感じ。

 パンフが売り切れだったので「シナリオ」12月号を買った。富田克也監督と脚本相澤虎之助インタビュー、そしてシナリオが掲載されている。この映画はインディなので寄付を募って作られた。甲府は富田監督の出身地でもあり、地元から寄付も集まったようだ。なのに「この街も、もう終わりだな」なんて台詞が堂々と入ってたりする。地元に営業しにくい映画だ。それに対して監督の言葉が素晴らしい。

富田 (前略)今こういうご時勢のなかであまた作られてきた、いわゆるご当地映画ではありませんと。甲府にはこんなにいいところがあって、こんなふうに私たちは慎ましく生きていますみたいなことを主張する、そんな映画にはなる予定はございません、目を背けたくなるようなものばかりが並ぶものになると思いますが、これを踏まえた上でないと次には進めないと思いますので、あえてそういう映画を作りますので、ご協力お願いしますって言ったんですけど。(後略)

 うーん、凄い。この監督の言葉、最高の解説ですね。そして、こんなにも面白い映画を作ってしまった。
 甲府の人は「サウダーヂ」があって羨ましい。誇れるよね。心からそう思う。
 瘡蓋を剥いで塩をなするような映画かもしれないが、このリアリティと面白さは並じゃない。
「SRサイタマノラッパー」からほんの数年で、日本語ラップを取り上げた映画がこんなに遠くまで歩いてきたんだ、という感慨もあった。ラップを描くために人物たちにラップさせてた頃から、今はついに、ドラマを描いてるとラップが入ってきて当然でしょう、というくらいになったのだ。
 辛い仕事や人生を紛らわせる、そういう意味では甲府の彼らのラップは、ブルーズだ。

 いやー、日本はぼろぼろかもしれないけど、日本映画はバブルで大変なことになってるかもしれないけど、「サウダーヂ」は素晴らしい。「サウダーヂ」を日本語で楽しめる環境に生まれて、幸運だったよ。と思ったよ。
 エンドロール(インディなので短め)が終わると、場内から拍手が起きた。そうだろう、拍手モンだよ、と僕も思った。

表紙はタイ人ホステス“ミャオ”ちゃん。