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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

みんなファシズムが好きなんじゃん──映画「Xメン」「キャプテンアメリカ シヴィルウォー」他

このときの機内では、あまり面白い映画に当たらなかった。 カタール航空のエンタメシステムは一覧性も悪く、日本語のタイトルも少ない。仕方なく前にも見た「ライフオブパイ」を見た。まあ、面白い。英語だけで見るのも趣深い。終盤のパイの独白はまったく聴き取れなかったが。

だんだん検索の方法がわかって、日本語映画を探せるようになった。
まず「Xメン」を見る。最新映画として「Xメン アポカリプス」があるのでその準備として。
ヒュー・ジャックマンが大昔のイーストウッドに似ててカッコいい。何よりこの映画、「ミュータント(超人)は被差別者である」という設定がすごい。さすが、差別の国米国。
米国は日本のように差別が不可視化されない、まず肌の色が違う、話す言葉、民族、文化資本、新来かどうかなど、明示的な差別のきっかけに事欠かない。だからこそ、差別の存在を前提にした社会づくりがされているし、差別解消の運動も盛んだ。演芸も差別がテーマになる。最たるものがジョークやスタンダップコメディで、被差別者も差別者も笑いのめすことで差別を乗り越えようとするダイナミズムがある。
(日本では差別をなくそうとする。不可視化したり、差別者を罵り葬り去ることで解決されるかのような錯覚がある。差別は無くせない現象だ、という真実に目を瞑ってると僕は思う)
「Xメン」が残念だったのは、正義の側も敵も、どちらも超人で、要するに被差別当事者同士の内紛が主筋なのだった。僕は、超人差別法案を主張する議員とその支持者の存在を掘り下げて欲しかった。でもそれはつまり、僕ら一般観客対超人、という恐ろしい構図になるのでさすがにハリウッドでも映画にできないのかもしれない。
最新作の方はちょっと見たがつまんなそうなのでやめた。

次に見たのは「キャプテンアメリカ シヴィルウォー」、正義の味方軍団が分派して内ゲバをする、という話。
また内ゲバだよ。
アベンジャーズは超法規的存在として活動してきたが、それは望ましくないので国連の管理下で民主的かつシステマティックに運営されるべきだ、がアイアンマンのスターク社長派。いや俺たちは独自の判断で自由に戦いたいんだ、と言うのがキャプテンアメリカ派。
キャプテン派の主張はよく考えると寡頭政治であり、独裁、つまりファシズムである。つまり新自由主義ファシズムが英雄同士の内戦を起こしているのだ。
まあコンセプトは面白いが、結局は派手な立ち回りばかりの作品なので退屈だった。こういうの飽きるよね。
結局、社長派は事態の認識を誤っていたとしてキャプテン派に侘びを入れる。要するに、観客はファシズムを支持するだろう、という脚本なのだった。なんだ、米国人だって民主主義システムは嫌いなんじゃん。

バットマン対スーパーマン ジャスティスの誕生」
完全に食傷しているヒーロー対決だが、これはすごかった。ザック・スナイダーの大味な物語を、ハンス・ジマーの出がらしのような劇伴が盛り上げる。壮大で美しい、うずたかく積み上げたウンコのモニュメント、であった。
そもそも先代バットマンクリスチャン・ベイルが美しかったので、ベン・アフレックの太めな中年バットマンは分が悪い。また、スーパーマンの無敵さというのは存在として矛盾している。スーパーマン同士の戦いだとどうなるのだ。
マーベルの映画が明るい色調なのに、DCは暗すぎるね。
ていうか、マーベルもDCも、小理屈がすぎる。どっちに投票しても糞、という、現実の米国の選挙みたいだ。
関係ないけど誰かのお母さん役ダイアン・レインが「海街ダイアリー」の風吹ジュンそっくりに見えた。昔、「ストリート・オブ・ファイア」見て震えたんだが(ライブ場面で女性ボーカル一人なのにユニゾンになる、って考えてみればムチャクチャな映画だったね)。