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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その25 Twitterで陰謀が進行中

 やっぱり会社に行くといろいろ動きがあるものですね。ネタができて嬉しいなあ。
 ってわけじゃないんだけど、毎朝路地裏を通って出勤してるのだけど、今朝はふだん見かける猫たちが日向ぼっこではなくて車体の下とか門柱の陰とか、涼しいところを選んでごろごろしていたのだった。そうか、もう涼しい場所が心地よい季節になったか。猫って敏感だな。素晴らしいな。僕も猫のようにごろごろして生きていきたいよ。もうじきだなあ……って、猫じゃなくて失業者になるわけで、そういう自覚がなかなか足りないたぬきちであった。
 ところで昨日のエントリで「『1Q84』は日本で一番売れている/読まれている創作」と不用意に書いたところ、「『ONE PIECE』忘れてね?」という鋭い突っ込みをいただき。ごめんなさい、忘れてました。ていうかコミックという創作分野のことすっかり忘れており。ひどいな俺。
 すみません。素直に小説って書けばいいんだよ>俺。
 今夜は、その小説なるジャンルを舞台に、業界を震撼させる恐るべき陰謀が進行中、という話を書きます。その前に、リストラの進行場面もちょっと中継しときましょう。


■退職の手続きが着々進行中
 出社すると内線がぷるぷるっと鳴って、総務の方から「個人面談をしたいので三文判持って来ていただける時間をご指定ください」と言われた。おお、ネタが向こうから来たぞ。
 午後、自分で指定した時刻に遅れてたことに気づくと同時に内線がぷるぷるっと鳴る。「すみません!すぐ行きます!」と受話器に叫んで席を立つ。すみませんすみません。シャチハタを忘れてたので取りに戻る。すみませんすみません。高層階の総務部に駆けつける。
 今日の呼び出しは面談というより退職手続きの個別レクチャーに近い。まず「給与支払報告書・特別徴収に係る給与所得者異動届出書」という書類にハンコを捺す。退職後に前年の給与実績から払わねばならない地方税(だったか?さっそく忘れたぜ)に関する書類、自治体に提出するんだっけか。
 次に「退職所得申告書」。これは退職金にかかる税を減免してもらうやつだったと思う。
 それから「雇用保険被保険者資格喪失届」。「被保険者でなくなったことの原因」という欄に「会社都合の退職のため」と大書してある。ここにもハンコ。これが大事。
雇用保険被保険者離職票」にもハンコ。これには過去一年にわたる賃金を記入する欄があるが、五月分の支給額が確定してから総務が記入してくれるのだという。至れり尽くせりなのだ。
 前に総務のレクチャーについて書いたとき、「そんなことは自分でやること。ググレカス」とのご指摘をいただいたが、こういうところに手厚いのが社風なのである。素晴らしいのである。これほど暖かく保護された環境を失うわけだから、退職する自分が生まれたての雛のように外界の風を感じてぶるぶる震えるのは無理もない。日本一の過保護社員だぞ俺ぁ。
 離職票には「事業主からの働きかけによるもの。云々」との選択肢にチェックが入っている。他の選択肢、たとえば「重責解雇」なんかじゃなくてよかったー、と心の底から思う。この書類の「離職理由」というやつは深く読むと悲しくなることばかり書いてある。ああ、自分が今とりあえず健康で良かった、と思うのである。
「ちょっとすいません、覚えときたいんで写真撮っていいですか?」とiPhoneを取り出す。
「いいですよ。ブログに載せるんですか?」
 うへっ。ここでもバレてーら。いえいえ載せませんよ写真は。書類に社名が書いてありますからね。
「あと、国民年金は住居地の年金事務所に問い合わせてください。事務所は区役所とは別だったりしますから注意が必要です」と。それから国民健康保険を選ぶか企業の健保組合を任意継続するかも自分で自治体に問い合わせて考えろと。そうだよな、自分でググらないと。とりあえず今日はしないけれど。そういえば一緒に辞める先輩が「参考にしろ」と「国民健保の非自発的離職者申請」のシミュレーションをメールで送ってきてくれた。優しいなあ。持つべきものは頼れる同僚だぜ。俺なんか何の役にも立たんなー。
 そしてもう一つ、今まで営々と積み立ててきた財形貯蓄を解約する必要がある。その書式を支給され、「あと財形貯蓄の証書が必要ですよ」と言われる。証書! 証書!? 記憶にないぞー!
「お持ちのはずですよ」とダメ押し。証書がなかったら貯金おろせないの――? そりゃないよー。
 ダッシュで机に戻ってありそうなとこを探す。引き出しの中の、もう十年も触ってないあたりを中心にひっくり返す。証書ってどんなだっけー?
「財形の? ちょっと分厚くて、立派にファイリングされたやつですよ」隣の親切な同僚がパニクってる僕に助け船を出してくれる。おお、もう十五年ばかり触ってない引き出しの底から、緑のファイルが出てきたぞー! 開けてみると「平成一年四月○日」と始まりの年月日が入ってる。初めて見たぜ。ほんとに二十年以上触ってないんだな、これ。
 あれ? でも俺、たしか財形ほとんどおろしたことあるぞ。それでインドのファンド買って、今は塩漬けにしてるんだ。部分的におろすだけなら証書はいらなかったのかな? ま、いーか。とにかく発見できたのが嬉しくて、書類に何の記入もせずに再び高層階の総務の部屋へ行く。今度は銀行登録印も持って。
「財形の解約に来ました! で、すみませんが教えてもらえますか?」自分でもつくづく困った社員だと思う。総務の方は忙しい仕事の手を止めて教えてくださいました。すみませんすみません。
 そんなわけで、ずっこけながらも退職に向けたプロセスは日々進行中なのです。大勢のみなさんに迷惑をかけながら。


■秘密結社がTwitterで謀議していた
 そんなことばかりしてたわけじゃなくて、今日は連休明けに溜まった注文だの仕事だのを片付けねばならない。その注文なのだが、ふつうは新刊の補充が中心なのだが、今朝は去年の秋に出たとある文庫に集中している。数年前にひっそりと出た四六判文芸書の文庫化なのだが、四六判の頃から「良い本ですよね」と何人もの書店員さんから言われてた本だった。それがなぜか、GW明けの今日はシステムに四百以上の注文が溜まっており。
 さらに僕宛のメールでも注文が入っている。五十、というまとまった数のものも。これは何か?
 実は僕のとこには注文だけではなく、タレコミのダイレクトメッセージがTwitterで届いていた。都下の某チェーンの文芸担当の方からである。
「こんばんわ。 #honyasan タグをご存じですか? 書店員秘密結社で『○○○○』を仕掛けようと画策しています。ついては…」
 ほにゃさん、ではない。ハッシュタグ #honyasan は「本屋さん」と読むのだった。
 もともとTwitter界隈には出版業界の人が多いような気がしていた。僕は去年の暮れにやっとアカウントを作ったのだが、そのときまずフォローしたのは堀江貴文佐々木俊尚といったリーディング・ツイーター(?)の次は電子出版についてつぶやくプロたちや、書店の現場からつぶやく書店員さんたちだった。この業界の誰かをフォローして、その誰かがフォローしてる相手、あるいはその誰かをフォローしてる誰かさんたちをつらつら見て面白そうな人をフォローしていくと、自然と自分のタイムラインは書店・出版業界人で埋め尽くされていった。
 たぶんTwitterの国内全ユーザー(もう七百万人越えたか?)の中で書店・出版業界人が占める割合はそう高くはないだろう。だが「自分がフォローした範囲、自分をフォローしてる範囲が世界の全部」というTwitterの特性上、個人個人のタイムラインにはものすごい偏りが生ずるのだ。誰かのタイムラインはアイドルや芸能人ばかりかもしれない。開発してる人は開発者同士でフォローしてるだろう。プログラム書いてるとTwitterはオンラインヘルプどころじゃない助けになるとも聞く。イランでは反政府勢力がTwitterで連絡を取り合ったという。そしてここ日本では、本屋さんたちがTwitterの某所に結集して日々密議をめぐらし、業界人の心胆を寒からしめる陰謀がその全貌を見せようとしている、今日がその日だったのだ。


■現場、圏域からの価値創造
 僕はつい界隈という言葉を使ってしまうのだけど、師匠・佐々木俊尚さんなんかは「圏域」「ゆるい圏域」という表現をされる。Twitterにはとくにこの言葉がよく似合うと思う。みんながなんとなく集まって、それでいて何らかの意志を共有できる空間のようなもの、と思ってる。
「書店員秘密結社」はまさしくこの圏域に意志的に参加している人たちの、自覚的な自己表現だと思う。ハッシュタグ #honyasan を今月アタマまでさかのぼって読めば、どのようにして今回の同時多発的勝手仕掛けフェアが始まったのかよくわかる(今回の件は別のハッシュタグが生まれてtogetterによる丁寧なまとめもされているが、それは書かない。せっかく匿名にしてるのがばれるからねw)。
 自分たちは秘密結社の構成員である、と自覚した書店員たちが「各地の書店で同時多発的に特定の本を仕掛ける」作戦を立案し、その対象書目をみなで選定し、その方法についても丁寧に冷静に議論していたのだった。それも世間がGWだとか言ってる連休中に(書店員さんにカレンダー通りの休みはないのだ)。
 とくに泣けたのが「版元への負担を避けて、まず取次在庫を活用しよう」といった提案がなされていたこと。また「発注数はお店の規模に合わせて、くれぐれも無理のない数で、でも確実に売りたい数、そして『仕掛け』を感じさせる数に」という示唆も。秘密結社の面々は本当にプロ中のプロたちなのだった。
 だが休み明けにオンライン発注システムの注文数を見た僕たち版元側は、事情を知らないうちはただ驚くのみだった。そして午前中から電話注文が入り始める。「また○○○○だよ」と、電話を受ける我々は狐につままれたようなというか、パニック気味だ。
 なんと幸いなことに、在庫は十分あった。即出庫できる「良品」が数百、これでオンライン発注システムに溜まった注文には対応可能だ。だがこれ以上になると、一度返本されて戻ってきた「未整理品」を改装して(小口の汚れを除いたり、カバーをかけかえたり)出庫できる「良品」に換えなければならない。また、既刊本はそうそう注文が殺到したりはしないので「フリー出庫」といって注文をノーチェックで自動的に出庫してしまうステイタスになっているが、注文が在庫を上回ってオーバーフローするおそれが出てくるので、それを防止する「調整」というステイタスに変更しなければならない。
 秘密結社はぬかりなく、文庫の担当者側にも別ルートから事情説明を入れていた。思索家で敏腕な担当者が押し寄せる注文をさばきつつ、システムで本のステイタスを変える。物流に改装の指示を出す。僕はその間、なんとなさけないことに「こりゃーPOPでも作るべか」とぼーっと考えていただけだった。いや他の仕事もしてましたけどね、この件に関しては出庫担当者が本当に力を発揮しました。頭が下がります。
 夕方までに注文は千のオーダーをはるかに越え、二千に迫ろうとしていた。ほんとうに幸いだったのは未整理を含めた在庫がかろうじてそれ以上あったことだった。せっかくその気で注文してくれたのに在庫がないので出せません、では悲しいではないか。だがこの悲しいことが日常的に起こるのが文芸書の市況だ。今回は文庫ということもありラッキーだったといえよう。これで最終的にあまり返ってこなければ本当に幸いだ。
 この突発的な出来事についてはいろいろ考えさせられた。一つは、Twitterというまだまだ普及したとはいえないツールの、それでも大きな破壊力。なんとか注文に応えられそうだから良かったが、これが「在庫は三百しかありませんよ?」なんて書目だったらどうなっていたことだろう。どこまで膨れるかわからない注文を前に、担当者は今日一日、薄氷を踏む思いだったろう。
 また、オンライン発注システムを使う書店員のみなさんの心理。「本のネット注文システムでまた順位がアップ!」といったヒートアップする投稿や「システムでは在庫あり、いけそう」といった投稿を見ると、みなさんがどういうふうにシステムに接しているか、ちょっと理解できた。
 だが実はこのシステム、リアルタイムで在庫とリンクしてるわけではない。一日一度しか在庫のリアル数値とリンクしないし、注文も翌日まとまってリアルタイムな販売システムに取り込まれるだけなので、書店さんが目にする在庫状況と、実際の注文で刻々減ってゆく在庫状況との間にかなりの乖離が生じることがある。これは某巨大ネット書店の在庫ステイタスもちょっと似た問題を抱えているらしいのだが、ユーザが目にするステイタスと実際のそれとは、けっこう違う。たとえばA書店で「3〜5週間で発送」などと表示されていても実はすでに取次に補充が着荷していたりとか、「新刊の発売日なのに在庫がないよ!」と編集が泡食って電話してくることがあるが実はちゃんと在庫してたりとか、普通にあるのである。もちろんA書店は日々システムを研鑽しているので突拍子もない表示違いは日を追って減っているはずだ。それでも齟齬は生じるのである。そしてネットでそれを目にすると、あまりに説得力があるので反射的に信じてしまう。そしてまた、出版社連合が用意した貧弱なシステムにもA書店と同じような信頼感を抱いてしまう…。実は僕もこのシステムの理解がすごく浅く、本のステイタスを「調整」にすると注文できなくなるといったことをちゃんとわかってなかった。辞める間際になって課題がぼろぼろ出てくるなんてなさけないよ。
 また、思索家の出庫担当者が危惧しているのは「この企画をここまで練ってくれた人たちがきちんと成果を得られなかったらどうしよう」ということだ。たとえばROMってるだけの人でも注文はできるし。極端な話、ぬけがけで注文をした方が着荷が早くなる、品物も多く入手できる、反対にこちらを慮ってくれてじっくり確認しながら注文をくれたのに、肝心なときに在庫切れが起きる、ということもあり得るわけだ。こういった残念な事態はぜひとも避けたいが、方策が難しい。
 ネットの問題には昔からフリーライダー(ただ乗り)というのがあった。今回もどこかでそれは起きるだろう。そして現場の知見から魅力ある商品を見つけ出し、それを新たな価値にまで高めた人たちの努力が報われないことも起きるかもしれない。本当に残念なことだが、完全に避ける方法はない。
 だからこそ、この企画にはできるだけ成功を収めてほしいと思う。次に繋がるために。
 ともあれ、いよいよ辞めるという月になってこんな面白い出来事に関われるとは思いもしなかった。既存の出版業界は構造が古くなりすぎてみしみしと軋んでいる。その音が間近に聞こえるような今日、別のところから書店員秘密結社なんてものが生まれてきたりする。土佐勤王党のようだよね? いやこれは喩えが不適切か。暴力とは無縁だがこれも革命の一種なのだと思う。ヒトという動物は、コミュニケーションがある閾値を超えると、こうした不穏でわくわくすることをやってしまうのかもしれない。


■でもTwitterに心折れる日々
 などと思いながら本屋さんたちのツイートを追っかけてると、アメリカ在住映画評論家・町山智浩さんのあるツイートにぶち当たった。これが今日の心折れる一発。

「オレはインコのような編集だけは許さん! 編集者が中堅作家より年収多くて出版社赤字ってお前らバカか!  RT @inkopon ククク、これを期に経費でファーストクラスでアメリカに行って。。。 RT @TomoMachi 『敏腕編集!インコさん』私も被害にあいました。」 2:02 PM May 5th

 これって……まさにここで起きてることじゃんよね? いやこんな社員が実在するかはさておいて、給料が高すぎて会社が赤字って。嗚呼。
 容赦なく真実をえぐり出すメディア、Twitter。こうした媒体の台頭によって私たちの世界はどう変わっていくのでしょうか。(つづく)