新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その41 辞めるの大後悔?! 動き出した“電子書籍”

 昨日、五月二十八日は日本でのiPad発売日。テレビのニュースもアップルストアの行列やiPadの実機を映している。僕も二十八日が待ち遠しかった。だがそれはiPadじゃなくて、花沢健吾アイアムアヒーロー 3巻』(小学館 9784091831576)の発売日だから。この驚愕のゾンビ対ロスジェネ漫画、予断を許さない展開と迫真の描写力でどんどんすごいことになっています。最高ー。
 もちろんこの日も出社していた。引き継ぎと、机・ロッカーの整理。二十一年もいたんだから引き出しの奥とか地層みたいになってるのを、引っ張り出して捨てる。ゴミを入れる大きなカートを借りてきて次々放り込んでいくと、バスタブほどのカートが見る間に半分くらい埋まっていく。直近の書類を捨てるときは残していかなきゃならないものと不要なものを判別せにゃならんので、いちいち開いて見る。んー、時間かかる。そして大量の反古を捨ててるとちょっと切ない気分になる。さよなら、僕の会社員生活。
 一段落した頃、部内回覧の書類が回ってきた。「せっかくだから一番最初にどうぞ」と渡された書類を(なにがせっかくだから?)と思いながら見たのだが、これには驚いた。


■反撃に出た?電子書籍出版社協
 それは「電子文庫パプリに蓄積した数千点のコンテンツを、iPhoneで読めるアプリをリリースする」というものだった。
 ……! ついに、始めるのか。
 説明するのがもどかしいから報道されたものを読んでもらおう。紙の新聞だと今朝の朝刊になるのかな?

電子書籍:アプリケーション無料提供…出版社協
2010年5月28日 22時53分
 31の出版社で作る日本電子書籍出版社協会(代表理事、野間省伸・講談社副社長)は28日、米アップルの多機能携帯電話「iPhone(アイフォーン)」などで電子書籍を閲覧できるアプリケーションを、6月から無料提供すると発表した。同協会の直営サイト「電子文庫パブリ」で販売されている電子書籍が、パソコンに加えてアイフォーンでも読めるようになる。浅田次郎著「蒼穹(そうきゅう)の昴(すばる)」(全4巻、各420円)や片山恭一著「世界の中心で、愛をさけぶ」(315円)など、1万点近い電子書籍が利用できる。同日発売された新型携帯端末「iPad(アイパッド)」用のアプリケーションも、秋には提供する予定。(毎日jp

電子書籍はや過熱 iPad上陸でソフト続々配信
2010年5月29日 朝刊
 米アップルの新型マルチメディア端末「iPad(アイパッド)」が二十八日に国内でも発売された。電子出版の業界団体やゲーム会社が続々とiPad向けソフト配信を決定し、人気に拍車をかけそうだ。他の電子機器メーカーや通信会社も急ピッチで対抗策を打ち出しており、日本でも「電子書籍」をめぐる本格的な競争時代を迎えた。 (吉田通夫)
 講談社小学館など国内の主な出版社三十一社でつくる「日本電子書籍出版社協会」(代表理事・野間省伸講談社副社長)は二十八日、直営のネット書店「電子文庫パブリ」で携帯電話などに配信している電子書籍二万点のうち、秋からiPad向けに一万点の電子書籍を配信すると発表した。
 国内の大手出版社は、書店への打撃や、著作権管理なども考慮して配信に慎重だったが、電書協は「良質な作品を読みたいという(アップル製品ユーザーの)声に応える」としている。
 配信作品には、奥田英朗氏の『イン・ザ・プール』や赤川次郎氏の三毛猫ホームズシリーズなどベストセラーも含まれる。(後略)(東京新聞 TOKYO Web

iPhoneに対応=電子文庫パブリ
 主要出版社31社でつくる日本電子書籍出版社協会は28日、約1万3000冊を販売する直営電子書店「電子文庫パブリ」の電子書籍をアップル社の「iPhone(アイフォーン)」と「iPod touch(アイポッドタッチ)」に対応させると発表した。
 6月初旬から、アップル社のアプリケーション販売サイト「アップストア」で閲覧用アプリを無償ダウンロードできる。同アプリはXMDF形式、ドットブック形式の電子書籍に対応。28日に発売された「iPad(アイパッド)」向けの閲覧アプリは今秋提供する予定。(2010/05/28-15:23)(時事ドットコム

 そうか。やはりXMDFを読めるiPhoneアプリを開発してたんだ。
 これはすごい。
 当たり前じゃんか、そんなの誰でも思いつてるよ。と思う一方、iPad発売に合わせて発表したのは正直上手いと思った。やるな、日本電子書籍出版社協会
 どんな使い心地、どんな読み味になるのかはアプリがAppStoreに登録されてダウンロードできるようになるまでわからないが、ともかくこれで日本電子書籍出版社協会(長いな…電書協と略そう)のビハインドは解消される。頑迷固陋、既得権固執の陰鬱なイメージも覆せるはずだ。というより、コンテンツ数だけでいうと一気に国内トップの規格じゃん。そして僕が辞める会社は電書協加盟社のなかでも最大のコンテンツ数を誇っている。日本最大の電子書籍出版社じゃん!
 正直、こんな仕事がしたかった! ああー、辞めるの早まったかな!!


電子書籍の離陸、それは期待と幻想が崩れていく過程!
 いま電書協がiPhoneiPadの読書市場に送り込める点数は一万点強だという。iBooksoreがスタート時三万点、Amazon Kindleがすでに五十万点くらい? 日本の紙の書籍の新刊点数が年間八万点くらいだっけ? それらと比べると微々たる数だが、これはすぐに爆発的に増えていくはずだ。なにせ、在庫の概念が要らないからな。リアル書籍は一冊一冊がかなり大きな容積を占めるが、電子書籍の物理的な容積はゼロ!だから。
 これで日本の電子書籍は、市場を形成する準備がほぼ整ったと思う。もうこれは「秒読みだ」とか「…に迫られている」なんて紋切り型の表現で上から目線の論評をしてる状況じゃなくて、アプリをダウンロードできるようになった瞬間、電子書籍市場の戦いが火蓋を切るのだ。
 誤解や偏見、あるいは自分の予測の甘さを恐れずに言えば、その瞬間から電子書籍の本当の苦悩・苦闘が始まる、と思う。
 たとえば。
 “鳴り物入りで始めたけどこんな古い本ばっか並べても誰も買わないよ”
 “時代遅れのベストセラーなんてつまんねー!”
 “電子書籍ってこんなに安いのか。全然儲からん”
 “紙の本と同じ値段なんてありえねー。高すぎ!”
 “エロはないのかエロは!”
 “読みにくいよー、目が痛いよー”
 “欲しい本がどこにあるのかわかりません”
 “なんであの本がないんですか!”
 “文字化けで読めないんですけど”
 “買った本が消えちゃったけどどうしてくれる!”
 “私の本を電子書籍にするなら、印税率はこうしてもらわないとですね”
 “カネばかりかかって全然売れないじゃないか。もう撤退しろ”
 ……などなど、いろんな人がいろんなことを言うはずだ。そのすべてを克服していかなきゃいけないのだから、電子書籍に携わる人は大変だ。でもやりがいはあるだろうね。羨ましい。
 もう一つ、電書協加盟三十一社の営業マンは、地方で開かれる書店さん・取次の会合で吊し上げを食うかもね。僕も、親しい若い書店主と電子書籍の件でやりあった。僕は彼を尊敬してるし大好きだし、彼も相変わらずよくしてくれるけど、電子書籍の一点においては一致する見解をどうしても持てずにいる。ぱっと見、対立したままだ。本当は、書店と出版社は電子書籍の件で対立するべきじゃないし、対立するはずでもない、何かWin-Winのソルーションがあるはずと思うのだが、まだ見つからないんだよね。
 これはもしかすると営業部vs.編集部という古典的な対立関係に、新たな緊張をもたらすかもしれない。ほんとは対立してる場合じゃないんだけどね。でも古い枠組みを離れてものを考えるのは難しい。どんなに聡明な人でも。とくに最終的なお客さんから遠くなればなるほど、ものが見えにくくなるから。
 そういう点では、じつは書店さんは出版社より強いんじゃないか?と思う。読者に近いから。自分たちが本という「物体」を売ってると思ってるなら電子書籍はただの敵だけど、読者が欲しいものは何か、と考えられる書店さんなら変化に対応していけるんじゃないか、なんて僕は思う。
 ほかにも懸念材料はある。地方の書店さんにとってものすごく重要なのが教科書などの外商だ。もしもこの先、Appleがやろうとしてるように教科書をすべて電子書籍に切り替える、なんてことに日本もなったら。書籍が売れない、雑誌が売れないなんて言ってる場合じゃないくらいの激震が書店業界を襲う。
 いずれにせよ、日本の電子書籍市場は電書協の参戦で役者が出そろった。あとは具体的な問題が出てくるのを一つ一つ解決していくだけだ。これからだんだんと、期待が裏切られ、幻想が崩れていくだろう。それは途方もなくダイナミックな業界激変の過程になるはずだ。すごく大変だが、きっとすごく面白いぞ。ちくしょー、その場に立ち会い、コミットしたかったナ。


■正直、電子書籍の仕事をしたかったゾ
 もしも電子書籍の仕事に携われるなら、僕はやりたいと思ってたことがあった。それは佐々木俊尚さんの『電子書籍の衝撃』が出る数か月前から、佐々木さんを中心としたツイッターのタイムラインを読んでて気づいたことだ。
 電子書籍は、作って出すだけじゃダメだ。紙の本も作って出すだけじゃダメなのと同じように。
 なぜその本が書かれたのか、この本を読む意味は、読んでどうトクするのか、今この本を読むと何が得られるのか、今この本を読む必然性とは……そういったことがお客さんである読者に伝わるよう周辺を整理しなきゃならない。そして大勢の読者にその本について語り合ってもらえる場を用意すること、などなどなど。
 つまり読者の人生にその本の居場所を作ってやる。それが「本をソーシャル化する」ことだと思う。僕は、電子書籍をソーシャル化する仕事を、書籍営業の次の大きな課題だと思っていたのだ。
 紙の本はこれまで述べてきたように、大変な苦境にある。新刊点数の洪水化、既刊が品切れ重版未定になるスピードの速さは、流通が格段に効率化したとはいえそれを上回る勢いで、根本的な解決はどうやら難しそうだ。読みたい読者と読まれたい本をマッチングさせる機能のキャパシティが、紙の本では限界にきている。Amazonですらロングテール書目がずっと品切れしていることが目立つようになった。いわんやリアル書店においてをや。いきおい、店頭は大量に売上を立てられるベストセラーに偏ってゆく。極端を承知で言えば、いま書店の店頭では、ヴィクトリア湖のような“ダーウィンの悪夢”が起きているのだ。
ダーウィンの悪夢」は東アフリカ・ヴィクトリア湖の豊かな生態系を破壊した巨大魚ナイルパーチと、それをめぐる凶暴なグローバル経済を描いたドキュメンタリ映画です。伊藤計劃虐殺器官』(早川書房)にも引用されてましたが、たいへんオススメです。
 電子書籍には在庫の概念が不要だ。だから読者は瞬時に読みたい本をゲットできるし、リアルタイムで売上が捕捉できる。(もっとも、売上をリアルタイムで捕捉できるといったって、「この地方が売れてるから急いで補充しろ」とか「この店全然売れてないからたくさん返ってくるよー」なんてこともないのだ。楽ちんだ)
 在庫がない、流通のコストやエラーがないのだから、あとは読者と本をマッチングさせることに全力を注げばいい。そのためのプロモーションが本のソーシャル化なのだ。
 電子書籍は紙の本よりも格段に楽にソーシャル化させられる環境が、すでに整っている。webサイト、ブログ、ツイッターメールマガジンといったツールはすでにある。電子書籍を読むためのリーダー、専用アプリだって通信機能を持っているんだから、全点目録を読者が持ってるアプリ宛てに送信することだってできてしまう。紙の本の目録を書店さんや読者に届けるのがいかに大変だったかを思うと、もうそれだけで電子書籍&heartsだよ。
 もう会社に行くのもあと一日だけだ。あと一日で僕はこの業界から去る。それでもこんなにこの業界は面白いし、大好きなのも変わらない。辞めるの早まったかな?という後悔が正直ないでもないが、もう引き返せない。引き返すつもりはないよ。さあ、どうなる本は? どうする僕は?(つづく)


  
  ←ちょっとムキになって紙の本ばかり並べてみました