新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その11 来るべきものが来た——基本給カット

 昨夜はついに更新できなかった。同僚と飲みに行ったせいじゃない。ブログで偉そうなこと言ってる自分がちょっとイヤになったからだった。現実は、こんなもの吹き飛ばしてしまうくらい重く、苦しい。
 Twitterで「リストラなう」を検索して読んでいると見逃せない投稿があった。沖縄出身の方らしい「@yo_no」さんという方のもの。「『金の計算はおろか、ほとんど何も計算しない。これがウチナー流か。アバウトでいいなあ。」←こういうクリシェを見聞きする度に、出身者としてはナメんな的な気持ちになる」。
 この指摘は鋭く、痛かった。僕はここでウソを書いていたことに気づいた。
 このとき僕と会話した人が「なんくるないさ」と言ってくれたのは事実だが、そこに恣意的な意味づけをしたのはすべて僕だ。「沖縄人は計算しない」なんてのも全部僕の創作に過ぎない。言ってしまえばウソだ。もっと言うと、僕は伊集院静氏のエッセイに反発して、彼の発言にあてこすりを言うために「なんくるないさ」を援用したのだった。これはこの言葉を大事に使ってきた沖縄の人に対して失礼なことだし、自分の言葉で勝負しなかった僕の卑怯さを浮き彫りにした。
 あらためてお詫びしたい。すみません、「なんくるないさ」に対して失礼をしました。以後慎みます。もし良ければ、これからも読んでやってください。


 今日は本当に気が重い。指がキーを叩いてくれない。でも書かなきゃいけないことだ。来るべきものがついに来た、その衝撃をお知らせします。


■「基本給カットのお知らせ」
 打合せをして机に戻ると、ただいま春闘真っ最中なので組合のチラシが配られていた。団体交渉の速報だ。会社側からの第一次回答というやつだ。
「夏期一時金 基本給×0.5カ月」……これは少し驚いた。そうか、一時金出すのか。これだけのリストラの最中に。
定期昇給は凍結」……これは本当にマズい事態だ。ベースアップはもうずいぶん前になくなっていたが、この会社は定期昇給率が高いので救われていた。その定期昇給も凍結、ということは、30歳前の若者はいくつになっても20代の時と同じ給与しかもらえないことになる。すでに十分基本給が上がっている僕たち中年以上なら定期昇給をなくされてもさほど困らないが、これから仕事の負荷が増えてゆくのに給料はまだ安い若者にとって大変苦しい施策だ。
 そしてそして、最大の衝撃が。
「会社提案。さらなる基本給カット」……予想はしていたが実際に来てみるとその衝撃は予想を超えていた。前に“週末の前に会社は何らかの手を打ってくるだろう”と書いたが、それがこれだったのだ。詳細を見てみよう。
「40歳以上=計15%、40歳未満=計10%カット」……実はいま現在、基本給の5%カットがなされている。昨年の6月からだ。ここをさらにカットして合計15%にする、ということだろう。
社会保険手当、家族手当を50%カット」……僕は家族手当がないが、社保手当は毎月5万円支給されている。これが半減。
「学資手当を100%カット」……僕はこれももらってないので額はわからない。
「終業時間を1時間延長」……今の就業時間は朝9時半〜夕方17時半だ。それを18時半にするという。どうやら18時半まで必ず残っていろ、ということではないらしい(正確なところはまだ確認してない)が、これは要するに「18時半までは時間外手当を出さないよ」ということだという。
 これには唸った。敵もやるな、と。
 時間外の膨張は僕が入社する前から会社を悩ませていて、長時間労働が社員の健康に著しい害を与えていることと、時間外手当が膨れあがって会社の財政を圧迫していることの2つが積年の問題だった。業務を見直して時間外を減らせ、というかけ声は続いていたがまったく強制力がないので改善は見られず、昨年からの経費削減でもついに減らせなかった部分だ。それを会社は強制的に減らす、強硬手段に出た。これは有効だろう。実働日が月20日としたら、確実に20時間の時間外を減らせるのだ。しかも全員一律に。
 読み終わって顔を上げると、職場のみなが仕事の手を止めていた。声を抑えた会話があちこちでなされている。そうだ、これは残る者たちの身に起こること……見回すと、辞めると表明してるのは僕一人だけだ。僕は黙って廊下に出た。


■リストラ後、残った社員の給料はどうなるか
 この日、同僚と飲みに出かけた。彼は30代なので今回の早期退職優遇では選択肢がないクチだ。基本給は10%カットとなる。地下鉄で移動しながら、会話がとぎれがちになる。彼自身は飄々としていてそうショックを受けている様子でもない。むしろ僕が打ちのめされ気味で、彼が気を遣ってくれてるのがわかった。
 池袋西口、立教通りにほど近いビルの地下にある沖縄料理店に入った。去年彼が教えてくれた店だが僕は今日まで行く機会がなかった。店内は快適だ。だがオリオンのグラスを傾けても、なかなか言葉だけが出てくれない。
 僕はあと2カ月で辞めていく。彼は残る。そして下がっていく給料で凌いでいく。給与カットは僕にはもう関係のないことだが、なぜだか「だから今回辞めてよかったー」という気にはまったくならないのだ。僕自身、これからの収入のアテはまだまったくないわけだが、まだ何も見えないという不安よりも、残る彼らの身にこれから起きる、目に見える不安が気になる。気になってしょうがない。


 試みに、45歳の僕が辞めずに残ったとしたら給料はどうなるか、試算してみよう。前に「年収を公開する」と書いたが、この機会に昨年の年収も書いて、給与カット後と比べてみたい。
 僕の年齢での基本給は月額596,820。現在は5%オフなので566,979。
 これが15%オフで507,297になるわけだ。これだけで年収108万オフ。
 他に大きな比率を占めるのが時間外手当。先月は30時間台(ここ、正確な記録が手元にないので後日書き直すかもです)で198,200支給された。しかし給与カット後は実働1日につき1時間、おそらく一律20時間くらいがカットされるので半減以下になる。きっと一桁万円になるだろう。これで年収120万以上オフ。
 昨年は夏・冬併せてボーナスは2,020,730だった。おおまかに言って3カ月ちょいだ(一律部分が若干あるのでこのへんの計算はちょっと複雑。省きます)。これがたぶん夏・冬併せて1カ月くらいになるんじゃないか。これで100万以上オフ。
 いま去年4月から先月3月までの給与明細をざっと合計してみたのだが、基本給・時間外手当・社会保険手当・賞与を合計した僕の昨年度の総収入(税込み)は11,697,471だった。ここから試算したカット分を引くと、だいたい840万くらいになる。これは、1回目の面談で言われた数値とぴったり符合する。
 ……「現在、社員の平均所得は1150万円ですが、800万円代になることが予想されます」。


■未来が失われる恐怖
 これはまったく予想された数値だった。そして、減った減ったといってもまだ十分に高い。今までさんざん読者のみんなから指摘されたことだけど、十分すぎるくらい高給だ。
 でも気持ちは全然明るくならない。むしろ暗澹たる打ちのめされた気分。しかもこれは僕と関係ない、残された連中の話なんだよ。なんで僕がショックを?
 一晩まんじりともせず布団の中で考えたのだがわからなかった。だが、ここまで書いてきて段々と考えがまとまってわかってきた。
 問題なのは額の多寡、絶対値ではないのだ。
 給与という形で毎月収入があるのは、未来に対して不安を抱かずにすむという大きな大きなメリットなのだ。だから日本では会社員・被雇用者が絶対的に多いのだ。若者たちが苦しい苦しい就活を経ていつ倒れるかわからない企業に就職しようとするのも、リストラの中で会社を辞めまいとしがみつくのも、あんなにイヤでイヤで仕方がない会社に毎朝出かけていくのも、すべては「不安の少ない未来」を手に入れるためなのだ。それが今、僕にはわかった。
 給料が減っていくということは、この未来が段々と縮んでいくことを意味する。問題なのは額の多寡ではない。明るい未来がシュリンクしてゆき反対に不安が徐々に増大する未来。未来が失われるかのような恐怖。
 これは僕のように人生の折り返し点を過ぎた者よりも、これから折り返し点に向かおうとする若い世代にとってきついことじゃないか。20代はきつくなる仕事を抱えつつ不透明な未来に向かう。30代は従来のライフプランがまったく通用しないなかで家族と自分の人生を守り闘わねばならない。40代はこれまでに構築したライフプランが崩壊するのを修復したり撤退したり大きく人生を見直さなければならない。
 これまでこの日記は、会社を辞めていく立場からのみ書き続けてきたけれど、残る側もみなそれぞれに厳しい闘いに直面することがはっきりした。もっとはっきり言うと、僕の中には「辞めてゆくという、どちらかというと厳しい選択をした」という自負・気負い・優越感があった。だが、残る者たちも厳しい闘いをすることがはっきりした今、僕の中のくだらない優越感は砕けて消えた。
 残るみんなも、辞めていく僕たちも、進む未来は違うかもしれないが、いずれも厳しい闘いに臨むことに違いはない。とくに、選択肢を持つことが許されなかった若い世代のことが僕には気になる。目の前の彼のように。彼はきっと来週からも意欲を失わず、淡々と仕事に取り組むことだろう。多くの同僚がそうするだろう。とくに営業の現場に出てゆく者たち——販売・広告を問わず——は、昨日までと変わらぬタフさで働くはずだ。それが営業マンだから。僕が思う、この会社の最大の強さだから。


 会話がふるわぬまま酒だけが進んだ。気がつけば店は一杯で、フロア中央の小さなステージに三線を抱えた店主が座った。この店は沖縄の歌のライブをやるのだ。
 花、涙そうそう、島人の宝、ハイサイおじさんといったスタンダードを、癖のある、だが意外に美しい声で店主は歌う。店のあちこちから客が立ちあがって掌をひらひらさせながら踊り始める。店主の弾く三線のテンポが速くなり、「イーヤーサーサ!」のかけ声が繰り返しあがる。
 前にも書いたけど、沖縄の仕事事情は本当に大変だ。これは創作でもなんでもなく事実として。しかも沖縄の人々は戦前戦後を通して苦難の道を歩んできた。それが今も終わっていない。
 苦難に立ち向かい、苦難を受け容れ、柔らかく逞しく生きていく姿勢が沖縄の歌に結晶したんだろうな。だからこれらの歌は何千回何万回聴いても魅力的なんだろう。リズムを取るうちちょっと気持ちがほぐれてきた。彼の方を見ると、ステージに目を向けながらやはりリラックスして、こころなしか微笑を浮かべている。
 未来を会社に託して、ぼーっと働いていれば済んだ時代はもう終わった。彼にとっても、僕にとっても。腹をくくろう。
 今回の「基本給カット」はまだ「会社提案」の段階だ。だが、これだけ考え尽くされたプランをはね返すことはたぶん難しいんじゃないか。異論のある向きもあるだろうが、僕は、このプランをはね返すことよりも、なるべく早く受容して、その分できた時間で未来に向けて備えるべきなんじゃないかと思う——辞めていく僕が言うことじゃないかもしれないが!
 そろそろ僕は僕の未来のことを考えなきゃいけないしね。(つづく)


※今日のエントリを書くのは本当に迷いました。これまでは面白おかしく書いてきたわけですが、今日だけはリアルな数字を出して書かねばならないわけで。そして、こうした数字を出すと、数字はきっと一人歩きしてしまうでしょう。僕が「そんなつもりじゃなかった」と思うようなことに使われてしまうかもしれません。
 一番危惧するのは、僕のブログが、会社に残る仲間たちの仕事を損なうことです。それだけは僕の本意ではありません。また、「それでもこんなに高いんだから、何を言ってるんだ!」とお怒りになる方もいらっしゃると思います。仕方のないことです。事実ですから。額も事実なら、恐怖を感じていることも(主観ですが)事実です。今の僕に書ける、これが限界です。今日のところは。

 沖縄料理居酒屋 かちゃーしー 池袋店