新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

もう一つの神戸みやげを忘れていたんだよ

 先週神戸に行ったあと、いろいろ働きすぎてひいた風邪もやっと一段落して紹興酒など呑んでいたんだよ。
 そして、神戸みやげはいかなごだけではなかったことを今頃思い出したんだよ。

 これはたった360円で売っている60ページのブックレットだけど、なかなか濃ゆい、そしてなかなかレアなものなんだよ。発行しているエノク出版は丹波篠山にあるので兵庫特産の品なんだよ。三宮センター街海文堂書店で買ったんだけど、東京でも銀座の書店のレジとかにひっそりと置いてあることがあるんだよ。だけどアマゾンでは売ってない。


 なぜこの薄いブックレットがレアなのか。それは、これが、かつて一世を風靡した経済評論家?歴史見直し論者?過激な説教師?の宇野正美氏の著作(定期刊行物)だからです。
 宇野正美氏についてはwikipediaを読んでもらってもいいのですが、wikiの解説はこのいろんな貌を持つ妖しい人を語るのにちょっと舌足らずな感じがして、もったいないです。僕はずっと以前宇野さんのファンだったので、元ファンとして個人的な宇野さんガイドをしてみましょう。


■この「月刊エノク」とは
 エノクの原義は旧約聖書外典で黙示録的な文書だそうです。偽書ですね。それを題名にした本書は、たぶん「現代の正統な情報とはちょっと違う、外道な情報」をこっそり標榜してるんじゃないかと思います。
 内容は、若干の広告ページを除くとすべてが宇野さんの一人語り。たぶん講演の書き起こしだと思います。


■宇野正美氏の論理展開の魅力
 この号では最近の金融恐慌をネタに、「世界大恐慌、世界政府樹立へ」と題した話が50数ページにわたって展開されています。目次をちょっと引用してみましょう。

 世界統一政府の樹立
  科学はなぜ進歩したか/オバマ新大統領の誕生
 黒人大統領の背景
  溢れる失業者の群れ/無秩序と無政府状態
 その日、NY株は暴落した
  プーチンダボスで警告した/主要国中央銀行総裁会議
 保護主義が台頭する
  「真面目」だけの農耕発想/つねに「罠」、これぞ狩猟発想
 アシュケナジーは偽ユダヤ人
  ユダヤ教のベースはタルムード/イエス・キリスト旧約聖書預言
 なぜ十字架刑、そして復活か
  宗教を超えて、創造主/万有引力の「発見」
 失楽園と人類の旅路
  ユダヤ戦略は崩壊する/イエスの予言と今日の世界
 終わりの時に何が起きるのか

 最初のほうでは金融恐慌について語っていたはずなのに、真ん中あたりからいきなり「偽ユダヤ人」とか出てきて驚きますね。ここは実は宇野氏の芸の部分で、いわば「ここ笑うところ」、ああ出たよいつものネタが、となじみのファンは喜ぶところなのです。
「白人であるアシュケナジー・ユダヤ人はアブラハムの子孫ではなく、改宗したカザール人である」だから偽ユダヤ人だと宇野氏は主張します。アブラハムの血統をちゃんと証明できる現代ユダヤ人なんてほとんどいないだろうに(宇野氏はスファラディ・ユダヤ人はアブラハムの子孫だ、と主張していますが、根拠がよくわからない)、とりあえず「彼らは偽物である」と主張し、「だから悪事を企んでいる」とつながる。嘘ついてるから悪人だ、というのは小学生のようにわかりやすい論理なのですが、それは大人の論理じゃないでしょうに。
 その悪事とは、「世界支配」「世界政府樹立」「世界を支配する独裁者の出現」といったものです。ずっと以前は巨大なコンピュータによる人類支配、なんてこともおっしゃってましたけど、クラウド・コンピューティングの時代になったのでそういう主張はおやめになったようです。
 そして、話はいつものように「ユダヤに代表される勢力による世界支配は一時的に実現する」「しかし、それは真の救世主の出現によって打ち壊され、世界支配は終わる」「日本人の時代がくる(あるいは、中国の時代がくる)」という展開を迎えます。最近は中国の時代って言ってないのかな。前は『1994年、日本は中国へ行く—アメリカ大破産からの脱出』なんて本も出してたんですけどね。


■傑出した文体
 この人の書くものは、論理の展開がよくわからないのだけど、毎度いつもの道筋をたどるので「ああ知ってる」となって、筋がまったく通っていないにもかかわらず安心して読み進められる、という特徴があります。ある意味、魔術的思考。ものすごく恣意的な論理展開、あやふやな証拠、あやしいソース。そしてへんてこな言葉遣い。好きなんですけど、あまりにも変なのでちょっと引用させてもらいます。

 近きうちに中東で大きな戦争が発生するのではないであろうか。あるいは核兵器も使用されるかもしれない。いずれにしろ世界統一政府樹立とともに、それに君臨する独裁者登場のための演出が行われていくものと思われる。

「近きうちに」「のではないであろうか」って、普通の日本語じゃないですよね。ていうか、「近いうちに」「のではないだろうか」と記述するほうが自然だろうに。なぜこう書く?
 どうも僕には、これわざとやってるように見える。「ほらほら、変な言葉遣いでしょ? 言葉遣いだけじゃないんですよ変なところは。これは普通の言説ではないんですよ〜。注意して読んでくださいね〜」と言ってるような。


■けれど、無視できない部分が
 あるんですよ! 時代遅れのユダヤ陰謀論にしがみつくインチキ説教師、と思って無視するにはもったいない。彼の文章の隅っこには、トンデモないことがさらりと書いてあったりするのです。
 たとえばこの号の「エノク」には、こんな記述が。

 聞くところによる、世界支配を目指す者たちは、世界人口を35億人にしなければならないと考えているとのことである。すなわち今日の世界人口の半分である。

 これが本当だったらエライことでっせ! 人口の半分が失われるとは、死なされるにしても殺されるにしてもトンデモない恐ろしい地獄絵図となるはずです。すごいたくさん人が死んだといわれる太平洋戦争の日本でも、戦闘員200万人弱、民間人100万人弱しか死んでいません。1億人いた人口(台湾と朝鮮・樺太を合わせてですが)のたった3%が殺されただけで、あれほど強烈な死の記憶が残った。ルワンダの大虐殺でも、殺されたのは国民の1割、80万人から100万人だと。半分の人命が失われるような事態を、近代の地球人は経験したことがありません。大祖国戦争ソ連邦人民はかなりの頻度の死を経験したはずですが、それでも人口の半分には到らない。レニングラードとウラル以東を比べると全然致死率は違うか。んー。
 もっとも、この人口減が行われるタイムスパンにもよりますが。百年かけて人口半分、だったら今の日本と同じペースか。ただし、この人口減少が起きるとき、地域によって濃度差があるでしょうから、ある場所では高齢化と少子化によって比較的ゆっくりと人口が減ることもありましょうが、ある場所ではルワンダのように暴力による虐殺、ソ連や大躍進の中国のように大規模な餓死、といった地獄絵図が起きるかもね。
 こんな記述、気が触れた自称預言者の世迷い言じゃろ、と無視してもよいかもしれません。
 でも、僕にはどうも無視できない。というのも、この宇野氏は一度、すごいことをサラッと言って、それがしっかり実現してるからなんです。
 90年代半ばに彼が主張していたのは「この世界不況はユダヤを操る『ワンワールド主義者』たちの陰謀である」「だがある日、四国の剣山に眠っている『契約の箱』が顕現し、日本民族は『失われた十部族』の末裔であることが証明されて救われる」という頭の痛くなる論理でした。これは『ワンワールド主義者』を『グローバル経済の推進勢力』と読み替えれば、前段だけは的中してますかね。
 それよりも、彼は当時、サラッとこんな感じのことを書いてたんです。「ワンワールド主義者たちは、世界中の経済を連結することによって、世界中の人々を同じように貧しくする。そして富を一部に偏在させる」。これ、読んでから数年たって思い出し、びっくりしたです。見事に当たってる。グローバル経済というのは、効率を追求することでみんながデフレに向かって競争を始めることでした。その結果、グローバルに連結された世界はみな一様に、昔より貧しくなった。中国やインドは豊かになったじゃないかって? どうでしょう。それらの国の一部の人たちはたしかに目がくらむほど豊かになったでしょう。しかし大多数の人々は、携帯電話とか買えるようになったかもしれないけど、世界レベルで見るとそんな豊かじゃないでしょ。そして我が日本の若者たちは、世界レベルでインドや中国の若年労働者と競争しなきゃならなくなったので、給与もインドや中国と同じになっちゃった。当時グローバル経済は、NAFTAに反対する北米の進歩的な人たち、という図で批判的な言説がすでにありました。しかし、先進国の経済学者は「みんなが貧しくなる」なんてこと誰一人指摘してなかったと思う。これは、宇野正美(と彼の背後にいる勢力?)が残した預言の見事な的中例だと思います。
 宇野正美。彼に代表される陰謀論。非常にへんてこですが、その魔術的思考はある意味狂ってると思いますが、それでも全否定できないものがある。真実の一片が見え隠れしているような。前に紹介したアジアやアフリカの路上生活者のレポートとは真実の濃度や志向もずいぶん違いますが、どちらも現在の私たちにとって無縁ではない「真実」が、私たちに「気づいてちょうだい」と言いながら瓦礫の中に埋もれて覗いているような気がするのです。