新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

戦争映画…じゃない、戦時映画?みたいのを見たんだよ

 戦闘シーンがメインじゃないから、これらの映画は戦争映画とは言えない。舞台は敵地だったり占領地だったりするけど、戦争のバックストーリーとかを描いてるので、仮に戦時映画と呼んでおきましょう。
 ダニエル・クレイグ主演のディファイアンスと、クリスチャン・ベイル主演戦場からの脱出」。
  
 まず戦場からの脱出から。監督はヴェルナー・ヘルツォーク。「アギーレ/神の怒り」は見たことある。好きな作品。エルドラドを征服に行く狂ったスペイン分遣隊を描いた、狂気の映画(「地獄の黙示録」の祖型みたいな)。古い作品なのでヘルツォークがまだ現役だとはちーとも思ってなかった。すまん。
 で、バットマンの(僕的にはアメリカン・サイコの)ベイルを主役にして撮ったベトナム戦争映画。というか、まだ本格的な介入をしてなかった1965年が舞台なのでベトナム軍事顧問団映画か。
 こっから【ネタバレ】になります。
 空母から発艦する単座プロペラ爆撃機(A-1スカイレイダーですかね?)でラオス領内のホーチミンルートを爆撃に行くベイル少尉。しかし初陣で撃墜され捕虜になります。ジャングル奥の収容所には、民間(軍属?非合法?)航空会社エア・アメリカの被撃墜パイロットとかが捕まってて、皆やせ衰えている。野蛮なアジア人の看守、ひどい衛生状態・栄養状態、上空を味方のヘリが飛ぶけど気づいてもらえない心細さなどで全員絶望的。でも新人のベイル少尉だけはがんばって脱走しようとする。配給の米をこっそり乾燥させて蓄えたり、脱出ルートをうかがったり、食事として出されたウジ虫を体力つけるためにぱくぱく食べたりします。で、全員脱走して仲の良い捕虜と二人で逃げるのですが……。
 じつは僕、この映画が何を描いているのかいまいちよくわからなかったのです。捕虜生活は俳優陣がみな痩せ衰えて入魂の演技を見せてくれましたが、どうもこれが本筋じゃあないみたい。逃亡シーンも意外にあっさりしてる。個人的に興味が湧いたのは、単座爆撃機による第三国への侵犯攻撃です。これ、考えてみればキツいミッションです。A-1は20mm機銃を4門実装してて攻撃機のくせに戦闘力も高い。搭載量もすごかったらしいけど、これは逆に言えば重たい重たい爆弾をつけたまま敵地を飛ばなくちゃならないことを意味している。単体で戦闘力が高いので戦闘機のエスコートもありません。単座だから航法も自分でしなきゃいけない。爆撃も自分で。これは辛いと思うなあ。案の定主人公は初陣で撃墜されてしまうのですが、これは過重労働の結果だよね。でも、ここらの描写も非常にあっさりしてるんだよなあ。
 結局、主人公は一人だけ逃げおおせて、救援ヘリに助けられ、元の空母に戻ります。何カ月も留守してた戦友が戻ったので艦長はじめ同僚たちが大集合して歓迎してくれる。ここはいいシーンです。ていうか、この作品で観客の心を打つ数少ないシーンだと思います。これが描きたかったのか?
 不思議な戦争でして、ゲリラは制空権持ってないから、戦地の上空は米軍機がばんばん飛んでるんです。定期的に救援ヘリもパトロールに来てて。原題の「Rescue Dawn」というのは救援ヘリ宛の合図の言葉です。この言葉を叫びながらヘリに手を振るんですね。で、割と簡単にヘリに助けられる。
 見捨てられた兵士を救援する映画、ってけっこうあります。見捨てられたやつらが自分で歩いて戻るのはペキンパーの「戦争のはらわた」ですがちょっと違うか。リドリー・スコットブラックホーク・ダウン」が近いかな。敵地に落ちて捕虜になった兵士に対して、味方のブラックホークが「我々は君たちを見捨てない…We don't leave you behind」と繰り返し放送しながら上空を飛ぶ。これはとくにアメリカ軍を描いた映画に顕著な、我々は君を見捨てない神話、みたいな物語です。日本軍が兵士に「虜囚の辱めを受けるな」とひどいことを教えてたのと真逆ですね。
 これ実話だそうですが、調べてみると、米軍の爆撃はけっこうよく墜とされてたので救援部隊もがんがん出動させてたらしいです。A-1は救援ヘリのエスコートにも活躍したそうな。たしかに、プロペラ機だと遅く飛べるので地上から手を振る捕虜も見つけることができるかもね。で、主人公もその救援パトロールに見つかって助けられます。これはすごく運が良かったわけじゃなくて、米軍の定期ミッションにちゃんと拾われた、ということですね。
 捕虜収容所の悲惨な描写も、結末のカタルシスを増大させるためだったのかー?なんて思いました。いや、あまりに全体が淡々としすぎててカタルシスあまり感じないんですけどね。ベイル少尉も悲惨な境遇をガッツで乗り切ってたから、あんまり心配にならなかったし。

 次のディファイアンスですが、これ予備知識なしに見たんですよ。ダニエル・クレイグは好きな俳優なので、彼が出てるちょっと重厚な(地味な)戦争アクション、くらいの印象でDVD借りたら、おそろしく政治的な映画でした! 特定宗教・民族の賞揚映画です。もちろん実話ベースです。defianceとは「(権威敵対者などに対する)果敢な抵抗, 大胆な反抗;挑戦」だそうです。
 こっから【ネタバレ】になります。
 1941年、ドイツ軍はベラルーシに侵攻し、占領地のユダヤ人を狩り出し、ゲットーを閉鎖していった。両親を殺されたビエルスキ四兄弟は、生き残りのユダヤ人たちとともに森に籠もる。各地でユダヤ人は弾圧され、続々森に集まってきて何百人もの難民キャンプができる(でも国連の援助はありませんよ…)。寒さ、飢え、地元警察、そしてドイツ軍が次々と難民たちを襲う。難民たちのリーダーになってしまった長男(クレイグ)は体力気力の限界に追い詰められながら懸命に集団を率いる。時には言うこときかない若者を処刑したりしながら、人望を集めて。血気盛んな次男はただ逃げて引きこもるだけに飽きたらず、森を出てソ連軍のパルチザンに参加、その武勇から赤軍指揮官からの信頼を得る。やせっぽちの三男はへぼい少年だったが逆境にもまれ、避難民の少女と恋に落ちて結婚し、徐々に成長してゆく。けわしい冬をやっと乗り越えた春、モーセが民を率いてエジプトから逃げた過ぎ越しの祭り前日、ドイツ軍の大部隊が森を包囲していることがわかる……。
 次男がちょっとやくざっぽくて、宍戸錠みたいなほっぺたでかっこいいです。「ウルヴァリン」で敵役を演じてた人でした。リーブ・シュライバー、なんとナオミ・ワッツの旦那ですね。ぼんくらっぽいですね。
 三男は英国映画「リトル・ダンサー」に出てたそうですが、まったく記憶にないですね。見たんですが。でも良い俳優でした。この物語の真の主役は、実は三男坊なんですねー。
 ダニエル・クレイグは「ミュンヘン」に続いて二度目のユダヤ人役ですね。ユダヤ人演じたり英国人スパイ演じたり、忙しい人です。この人、南アか豪州の人でしょ? …調べたら、なんと本物の英国人でした。へー、らしくないなー。あ、「ミュンヘン」の役が南ア出身ユダヤ人だったか。
 ていうか、この映画はものすごくプロパガンダです。ユダヤ民族には、雄々しく戦い同胞を守った英雄もいるんだよー、的な。みなさんこの映画の感想で「戦争映画のユダヤ人といえば殺される役とか堪え忍ぶ役とかピアノ弾く役とかばっか。戦うユダヤ人は珍しい」と書いてらっしゃいます。これ、ものすごい偏見ですねー。だってユダヤ人ってイスラエル建国してからは戦争に次ぐ戦争を勝ち抜き、戦争に強いことではベトナム人と1、2を争う民族ですよ。この映画に描かれたユダヤ人が、正しいユダヤ人の姿ですねきっと。この映画でも最初のうちは女こどもやインテリは絶対に戦いませんでしたが、しまいには全員攻撃してました。今もイスラエルには女性22カ月の兵役があるそうです。さもありなん。
 僕、この映画とそっくりな作品を見たことがあります。TV映画のDVDですが、大物俳優が出てる「アップライジング」というやつ。
 
 ワルシャワ・ゲットーで反乱したユダヤ人たちを描いた、賞揚映画です。老いぼれたドナルド・サザランドと、これまた老いぼれたジョン・ボイトがいい感じで出てます(サザランドは手練の手抜き演技を見せてくれます)。あと若いリーリー・ソビエスキが出てて可愛いです。製作はディノ・デ・ラウレンティスの娘ですが、ラウレンティスってユダヤ系イタリア人なんでしょうか?
 この作品も、戦闘的なユダヤ人の青年たちが主役です。だから「戦うユダヤ人は珍しい」というのは偏見にすぎません。
 で「ディファイアンス」ですが、ほとんどの舞台が森の中で、苦しい苦しい難民生活が延々描かれます……と言いつつ、実はけっこう考証はいいかげんです。何カ月も風呂に入れないはずなのにみんなきれいだし、食糧事情最悪だったはずなのに誰も痩せない。長男が結核っぽい病気になりますが、咳がひどい演技だけだし、春が来たら治っちゃうし。着の身着のままで森に逃げ込んだ人々のはずなのに、ものすごい立派な家々を建てて村を作るんです。工具や釘はどこで調達したのかな?(史実でも立派な隠れ村を作ったそうですが…)まあ大勢の役者さんたちががんばって難民を演じてるので迫力はあるのですが、考証の詰めが甘いというか、かっこよく描こうとするあまり鼻白む、迫力が削がれてる感じです。むしろ際だつのは、この映画製作の過程でも盛り上がったであろう同胞愛みたいなもの。クレイグたち主演はユダヤ系じゃないかもしれませんが、たぶん脇役からエキストラたちはみんなユダヤ系じゃないかな。とくにきれいな娘さんを演じてた女優さんたちはそんな感じ。この役を演じること自体に民族の誇りを持ってる、って感じがしましたね。
 これはもう、ね。プロパガンダというか、特定民族の神話を現代に再び上演する映画ですね。監督エドワード・ズウィックってユダヤ人かな? 「戦火の勇気」は好きな映画だけど…よくわからないや。でも、ユダヤ系と関係ない人が「ディファイアンス」撮ったとしたら、それはものすごく不自然ではないかと。
 ユダヤの神話といえば出エジプトディアスポラ、そしてユダヤ人虐殺、ナチス。これらの記号を豊富にちりばめて、既存のユダヤ神話を強力に刷り直すような映画が「ディファイアンス」です。ほんとはこの後にイスラエル建国、中東戦争パレスチナ弾圧、核開発…などと輝かしい神話的な戦歴が続くわけですが。
 で、こうした他人さまの神話を映画として楽しく鑑賞できるかというと……意外に良かったです。とくに結末近くの最大の苦難に、モーセのような長男の心が折れるんです。そこでちょっと奇跡が起きます。紅海が二つに割れたような奇跡です。僕はここで不覚にも泣いてしまいました。ユダヤの神話って、バカにできないですよ。力強いです。
 最後にサービスなのか大戦闘シーンがあるんですが、これはまあ蛇足ですねえ。MG34とかがばんばん出てくるのもサービスなんでしょうね。そういえば、この映画いっぱい小火器が出てきてマニア心をくすぐるんですが、最初は拳銃1挺しかないのにいつの間にやらぞろぞろ増えます。これがご都合主義に見えて興を削ぎますね。食料がどこからか湧いてくる不思議とともに、この映画の減点ポイントです。とくにPPSh41はソ連軍の火器ですから、どうやって入手したのか辻褄が合わない。ソ連パルチザンとは対立してて補給も受けられないはずですし、ドイツ軍から鹵獲できるわけないし。好きな銃ですから見れてうれしいですけど、こういう突っ込み処があるのは困ります。
 ユダヤ民族は、力強い民族の神話を持っている。それはよくわかりました。それを繰り返しアメリカ資本が映画にして全世界に配給してるのもよくわかりました。って感じの映画です。まあそこそこ面白いのでオススメできますし。
 振り返って思うのはですね、日本人ってこの種の神話を持ち損なったのかなあ、ってこと。あの戦争に負けるまでは「日本人は戦争に強い」って神話を持ってたんですよね。事実あの戦争でも相当強かった、米兵をして「ドイツ兵は人間、日本兵はけだもの」と言わせたのは、言葉が通じないこと、捕虜の概念がないこと、のほかに、強すぎたこと、ほんとに最後の一兵まで戦ったこと、などの驚きが込められているからだそうです。でもまあこれも昔の話です。
 いまや日本人が誇れる神話には何があるのかな? バブルは遠く過ぎ去り、経済大国からも滑り落ち、技術でも世界から置いてゆかれ…国粋主義最後の拠り所…もしかして、これ?↓