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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

なぜ?てゆうか、だからピンク・フロイド! InterFM76.1MHzの珍奇で楽しい一日に思ったあれこれ

 昨日、3月22日のインターFMは、「Why Pink Floyd?」と称して、朝から晩まで古いフロイドの曲が流れた。前宣伝を聴くと、もっとバンバン流れるものと思っていたが、曲数は案外と少なく、「バラカン・モーニング」で3曲、「グローバル・サテライト」で数曲、「ザ・DAVE FROMM SHOW」で3曲?、といった感じ。DJなしの有線みたいな番組「AUDIO SQUERE」ではけっこう流れたんだろうけど、午後から夕方にかけて外出して地下鉄で移動していたので全部聴くことはできなかった。残念。
 すごく良かったのは、23時からの特番「♫WHY PINK FLOYD...? 〜The Wall Special〜」で、一時間まるまる和久井光司のDJで「ザ・ウォール」をかけるという、なかなか当今では目にしない、珍しいものだった。とくに時間帯が良かった。僕は風呂に入りながら聴いたのだけど、湯船で「Confortably Numb」を聴くなんて最高に良い。たかがラジオの番組のくせに、こんなに素晴らしい体験ができるなんて、と感無量だった。Confortably NumbはThe Bad Plusのカバーも良いですよ)

 各番組のDJを聴いてる限り、リスナーもかなり盛り上がっていたようだ。そもそもインターは喋りの少ない洋楽専門局で、他局に比べて平均年齢が高いはず(まあラジオ自体が高齢者のメディア、という説もあるが)。僕のようにプログレに毒されて育った中高年が狂喜乱舞したことだろう。もう少し若いリスナーは、きっと「二十分以上ある曲(「エコーズ」のこと)なんてかけるなよ、無音部分まであるじゃん」と辟易としていたかもしれないが、絶対数では少ないであろうフロイドファンはメールだのツイッターだので大騒ぎして、盛り上がってるような印象を残したことだろう。若い人たち、ごめん。
 
 そもそも、なんでピンク・フロイドなのか? デイヴ・フロムがあっけらかんと「CDを売りたいからでーす」と言ってたけど、その通りだ。最近リリースが完結した高価なリマスター盤がある(こんなのとか)。その宣伝で、EMIが世界中で「Why Pink Floyd?」と銘打ったキャンペーンをやってるらしい。日本ではそれをインターでやった、というだけなのだろう。
 これでどんだけフロイドのCDが売れるのだろう。高価な「ザ・ウォール」BOX、特典にスカーフ付き、なんて今時の若い人は絶対買わないだろう。
 だが良いイベントだった。僕はラジオの魅力を再認識させられた。

 音楽は、iPodのおかげで完全にウェアラブルなものになった。音楽は衣服の一部として身につけた小さなデバイスに入っているもので、おそらく僕の年代の洋楽ファンはかなりの高確率でフロイドを標準装備しているはず。僕のiPodにも「モア」を除くスタジオ盤全部が入ってて、何か机で作業するときはよくシャッフルで流している。通勤中だろうが排便中だろうが、高度8000メートルでも、(その気になったら)ダイビング中でも、アラスカでもモルディブでも、いつだってどこだって数回クリックすれば聴ける。いまや音楽はユニクロのフリースより手軽で、ユニクロ製品と同じくコモディティ化したと思う。
 そういう、いつでも聴ける曲が、ラジオから流れるだけで、どうしてこうも気持ちが盛り上がるのか。

 FMラジオで時間を限定され、(電波が届く所という)場所を限定されながら聴くフロイドは、それはそれは気持ちに迫るものがあった。風呂に浸かりながら「コンフォタブリー・ナム」を聴いてて、「今これを聴いているのは僕一人じゃない、この瞬間に大勢が、同じリズムに躯を委ねているんだ」と感じた。このライブ感は、錯覚とか幻想に過ぎないんだけど、それでも良かった。ヒトが本来持っているコミュニケーション衝動を満たすような何かだった。
 とくに、和久井光司が「ザ・ウォールが出たとき僕はパンクに凝ってて、それと2枚組だから4000円もしたんですよ…(だから聴かなかったんだよね)」と言ってたのがすごく良かった。同じ時期に同じ曲を聴いていた、という共通体験ではなく、同じ時期に同じ曲を聞き漏らしたという体験! これは濃厚な一言だったよ。
 そう、60年代にデビューした伝説のロックバンドのうち、僕が中学高校だった頃生き残っていたのは、フロイドとストーンズくらいだった。ザ・フーキース・ムーンを喪って余生を送っていたし、ツェッペリンも最後のアルバム(「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」)を出して“終わった感”を漂わせていたし、ジム・モリソンやジミ・ヘンは死んで十年近く経っていた。そんななか、79年の「ザ・ウォール」は、伝説のバンドが現役感バリバリで大ヒットを飛ばす、という稀有な様を目の当たりにできた、貴重な瞬間だった……のだけど、中学生には4000円は高すぎて手が出なかったのだった。
 結局僕が「ザ・ウォール」を聴いたのはアラン・パーカーの映画「ピンク・フロイド ザ・ウォール」(1982)がヒットし、僕自身は大学に入った後の85年頃だった。その時はピンと来なかった。このアルバムが素晴らしいことに気づいたのは、実はつい数年前だ。

 優れた音楽は、いつどんな時代に、どんな場所で提出しても「素晴らしい」という評価を得る。ロックの名曲オールタイムベスト50あたりだったら、それが世に出たときでも、数十年後の今でも、排便中でも出産中でも試験中でも、新しい恋人と出会って高揚しているときでも、臨終の床にあるときでも、聴けば絶対良いはずだ。「レッツ・スペンド・ザ・ナイト・トゥゲザ」「ノーウェア・マン」「ライト・マイ・ファイア」「ライク・ア・ローリング・ストーン」「セレブレイション・デイ」「ホテル・カリフォルニア」……とかね(異論は認めます)。
 けれど、残念なことにヒトには様々に物理的・空間的・時間的・財政的な制約があり、運悪く名曲と出会えないことも多い。そもそも、僕だってロック名曲ベスト50とか(どんな曲が該当するのかわからないが)のうち、ちょっとでも聴いたことがあるのはたぶん8割ていどで、絶対に2割は知らない曲、趣味じゃないからと聴いてもいない曲があるはずだ。3割くらいは、聴いたことあるけど趣味じゃないから記憶してない、という曲だろう。知ってるし好きだ、という曲はたぶん半分くらい、買ったことある曲はせいぜい1割だろう。
 たとえば、レコードコレクターズ アメリカロック名曲100というリストを見てみる。ベスト50で買ったことあるのは2曲しかないぞ。初期アメリカ産ロックに偏ったランキングだが、それにしても趣味の合わないことよ。サム・クックとかピンと来ないし、実は僕はエルビスはちゃんと聴いたことない。
 偏りの少ないランキングは、たぶんRolling Stone誌の挙げたオールタイムベスト500なんだろうけど(本家のwebサイトは有料化されてて閲覧できない)、それにしたって気の合う曲は三分の一ほどにすぎない。僕はとくに偏食が激しい方なのかもしれないが、それにしたって「美味しいものがあっても、食べる機会は少ない」わけだ。

 自分でお金を出して音楽を聴くのは限界がある。僕が育った70〜80年代の田舎にはまだ貸しレコード屋も少なかったし、僅かな小遣いをやりくりして買ったアルバムを、友人たちと交換してテープに録っていたのだ。あとはラジオ。NHK-FMの午後「軽音楽をあなたに」と、夜の「渋谷陽一サウンドストリート」だけが頼りだった。とくに前者は、毎回特定のアーティスト、アルバムを特集で流してくれるので、まとめて録ると名作アルバムの半分くらいが聴けるというお得な番組だった。ZEPやシカゴはこの番組で録ったテープが長らく僕の唯一の音源だった。彼らのアルバムをお金出して買えたのは十年以上後、就職してからだ。
 中学生のとき、お金を出して買ったのはエマーソン・レイク&パーマーだ。ああ、白状するけど僕はプログレ少年だった。恥ずかしい。
 なぜプログレ好きが恥ずかしいかというと、プログレッシブ・ロック(進歩的なロック)という絶妙の惹き句にイカれ、自分はそんじょそこらのロック好きより先進的なんだぞ、という自負があったからだ。今考えると、醜い選民思想的な、思い上がりも甚だしい話で、何より「プログレ」に分類されたアーティストたちに申し訳ない。彼らはきっと、自分たちはプログレッシブだ、なんて思ってはいなかったろうからね。
 若い頃にありがちだけど、何を聴くか、何を聴かないかを以て自分のアイデンティティを主張することがある。それは仕方のないこと、なかなか避けられないことなんだけれど、やはり愚かなことだ。
 最近僕はこう考えている。音楽なんて食べ物と同じで、いろんな国で取れるいろんなものがあり、偏食せずに食べてみればいいのだ。他国の人が美味しく食べているものは、たいがいあなたが食べても美味しいものだ。なかにはシュールストレミングみたいなのもあるけれど。
 それと、「先進的だから良い」という感覚がまた、音楽に対して失礼だった。評価が先にありきで、僕が聴いていたのは音楽そのものじゃなく、「良い評価の音楽を聴く自分」に酔っていただけなのだった。そこには音楽が不在、あるいは音楽そのものが希薄だ。もっと音楽そのものを聴かないと、と最近の僕は思う。

 でもまあ、エマーソン・レイク&パーマーは良いですよ。中学生臭いですけどね。当時はリアル中学生でしたから。乏しい小遣いで「展覧会の絵」「タルカス」「恐怖の頭脳改革」とかを聴いた。同級生と交換してボストンやクイーンを貸してもらった。
 高校に上がった80年は、レコード会社各社がちょっと古いアルバムを廉価で出し始めた。2500円のアルバムを1500円とか、4000円の2枚組を2500円とか。これでやっと僕も名盤に手が届くようになった。まず買ったのはザ・フー「トミー」「フーズ・ネクスト」とか初期のシングルを集めたのとかも。リリースから十年そこそこでこれらを聴けたのは良い体験だった。日本ではフーはマイナーで、トミーや「四重人格」の盛り上がりもかなり遅れて波及してきた。田舎町にケン・ラッセルの映画上映会も来た。行けなかったけど。
 ストーンズのデッカ時代のアルバムも安くなってたし、エレクトラも安売りしたのでドアーズを買った。ドアーズは映画「地獄の黙示録」日本公開に併せてベスト盤が出たし。
 でもいちばん熱狂したのはキング・クリムゾンだ。アトランティックの安売りで買ったのだと思うが、ベスト「ア・ヤング・パーソンズ・ガイド・トゥ・キング・クリムゾン」は素晴らしい盤だった。2枚組の中に「クリムゾン・キングの宮殿」「レッド」がほとんど入っているというね。「太陽と戦慄」「暗黒の世界」とかも買った。「暗黒の世界」のジャケットはものすごく印刷が凝っていて、1500円でこれが手に入るというのは、もう感激だった。作品は難解でよくわからなかったけれど。
 僕はセンスの悪い、遅い子だったので、こうして評価の定まったバンドを追い掛けてばかりだった。それと、最新の新譜は高いので買えなかったのだ。裕福な友だちは、当時伸びてきたブルース・スプリングスティーンやエイジアを買って聴いていたので、貸してもらった。

 大学に入り、2年目にライブハウスでアルバイトを始めた。この店は現在もバリバリやっている(岡山ペパーランド)。当時は昼間は喫茶だったので、ウェイターとして働くうち、マスターが身銭を切って買う大量の最新音楽を浴びるように聴くことができた。85年頃全盛のオルタナティブ、パンクや、ハードコア、そしてブルガリア女声合唱なんかも。今でもよく覚えているのは、85年春の大ヒット作、ストロベリー・スイッチブレードと、レナード・コーエン「バリアス・ポジション」だ。この2枚はほんとよく聴いた。マスターは「一番新しいものをまんべんなくかけろ、趣味に走るな」と我々バイトに厳命していたが、僕らはこっそり古いレコードを出してきて「今日はレナード・コーエン特集だ」とかやってた。すみませんマスター。
 やっぱり旬の音楽を最盛期に聴くのは良いものだ。そのときの空気を記憶していられるのは、幸せなことなのだ。
 そのようにして、僕はこの店で、クレプスキュール、インダストリー、といったレーベルを教えてもらい、タキシード・ムーンとかデス・イン・ジュンは今でも大好きだ。店の同僚たちはバウハウスノイバウテンデペッシュ・モードを好んでたし、坂本龍一矢野顕子も支持が厚かった。僕はやっぱりちょっとピントがずれている。

 就職して給料をもらうようになると、僕は狂ったようにCDを買った。ライブハウスで最新の音楽を浴びるように聴けた、といっても、そこはやはり他人が選んだ音楽だ。自分のお気に入りを自分の裁量で買い集める幸せったら、何ものにも比べようがない。僕はボブ・マーリーなどレゲエに走り、当時池袋にあったクラブに行ってみ、ジャパン・サンスプラッシュのチケットも買った(急な仕事が入って行けなかったけどね!)。あと、ライブハウスではほとんど聴かなかったアメリカのロックを聴くようになった。アリス・クーパーとかね。ほんと僕はいつまで経っても中学生臭さが抜けない。会社の同僚からトッド・ラングレンニール・ヤングを教えてもらった。教えてもらうとタワー・レコードに直行してすぐに買う、なんて浪費をしたのも楽しい思い出だ。

 その後病気をしてまったくロックを聴かない(聴けない)時もあり、バッハばかり聴いてたこともあった。治ってハマッたのは民族音楽・宗教音楽だった。沖縄民謡とかもね。まあそんなふうに今に到るわけだけど、近ごろインターFMを聴くようになると、どうしても最初に刷り込まれたロックが意識の表層に上がってきがちな自分に気づく。まあインターには、古いロックに固執する年寄りのDJが多いせいもあるけど、どうもツボに嵌まる古い曲がよくかかるのだ。それでついつい“失われた時を求め”てしまう。のべつまくなしに人の口にマドレーヌを突っ込むようなことをしてもらうと困るな!>インターFM
 くだらない思い出話が長くなってしまったけど、さてピンク・フロイドだ。

 僕はフロイドは「狂気」が最大のピークで、他の作品は序曲であり、「炎」や「アニマルズ」はおまけにすぎない……と長らく思っていた。中学生の頃はまだ「ザ・ウォール」は出てなかったし。古いファンには、同じように思ってる人は案外多いんじゃなかろうか。
「狂気」は十何年もチャートに入っていたとか、全米で1500万枚、全世界では5000万枚売れたとか、伝説の多いアルバムだ。僕もあるときまで、「これはロックの名盤だ」と思って聴いていた。だが、会社員時代のあるとき、フッと気づいたのだ。
 このレコードがこんな多く売れた、多くの人に聴かれたのは、これが「ロックの名盤」だから、なんて関係ないんじゃないか。「ロックの名盤」を聴く人っていうのは、せいぜい数百万人規模でしかないのではないか。(んー、AC/DCが何億枚も売ってるって反証もありますけどね)
「狂気」は長い年月、コンスタントによく売れている。ロックを聴くようになった年代の子が毎年新たに買っている、のか……いや、こんな古くて地味なアルバムを、若くて小遣いに乏しい子が、最優先で買うだろうか。それに、フロイドの他のアルバムはこんな売れ方はしていない。なぜ「狂気」だけが長く売れるのか。
 もしかすると、ロックファンでない人が買っているからじゃないか? 「ロック」として聴かれていない可能性があるんじゃないか。
 こう思ったのは、会社で徹夜が続いていた時だった。
 会社の隅で仮眠しようとして眠れず、なんとなくラジカセでうっすらと「狂気」を流しながら横になった。眠れないまま目を閉じると、ゆったりとしたリズムとたゆとうギターに誘われ、走り回る足音に脳をかき乱され、段々と周囲への注意力が失われていく。途中、目覚まし時計にびっくりしたり、レジスターに邪魔されたりするが、アルバム後半になると一定のモードを保ちつつ、気持ちが急速にアゲられていくのに気づく。そして、最後の「日食」が終演すると、たった四十分横になっていただけなのに、素晴らしく気持良く起き上がることができたのだ。
「狂気」は、睡眠導入・覚醒、どちらにも非常によく効くクスリだったのだ。
 このアルバムは、「ロックのレコード」としてではなく、「眠れないときに良いよ」というクチコミで売れてるってこと、ないのか。広いアメリカの老若男女が長い年月聞き継いでいるのは、こういう理由じゃないのか。
 ビニールレコード時代、アメリカの家庭にはオートプレーヤー、とくにオートチェンジャーがかなり普及していた。日本ではピックアップが自動で戻るタイプがせいぜいだったが、アメリカの一般家庭には、長いスピンドルに何枚ものレコードを刺して、一枚が終わると次の一枚が滑り落ちてくるタイプが普通にあったのだ。贅沢なことだ。だから、「狂気」を2枚買って、A面、次にB面とセットすれば、入眠効果安眠効果どっちもばっちりだ。アルバムの売れ行きも倍だ……っていうのは僕の妄想ですけど。
 不眠に悩んでいる人がいたら、ぜひ一度「狂気」を聴きながら床についてみてほしい。僕が感じたソレを他人も同様に感じるかどうか、ぜひ知りたい。

 ところで、諸悪の根源である“プログレ”という言葉だが、僕は最近、あんなものは実は存在しなかったんじゃないか、と疑っている。キング・クリムゾン、イエス、EL&Pジェネシス、そしてピンク・フロイドだっけ。プログレ5大バンド?
 しかし、これってどうなのか。たしかにフロイド以外のバンドは交友・交流関係があり、指向もなんとなく似ている、コンセプトアルバムや組曲が好き、という共通点もある。じゃあ、同じように組曲が大好きで劇的にシンセサイザーシーケンサーを導入したザ・フーはなぜプログレと呼ばれないのか? あるいは、ちょと筋がズレるけど、ケイト・ブッシュプログレに系統づけられるとしたら、なぜエンヤをプログレと呼ぶ人はいないのか? しょーもない疑問がいろいろ湧いてくる。
 5大バンドとかいうけど、フロイドは他のバンドと違って基本がブルーズにあり、超絶技巧に走らなかった。いや、技巧というのは自分がイメージしたものを実現するための力だから、手先のテクニックに限らない、長く辛いスタジオワークをこなす体力や、バンド経営の力も音楽家の技巧の一つだ、と言うなら、フロイドはやはり素晴らしい技巧の持ち主たちではあるが。
プログレ”という余分なラベルを剥がしてフロイドやクリムゾンを聴くと、非常に心地好い。僕は最近、フロイドは「ちょっと変わったブルーズを演奏するバンド」と思うようになった。「原子心母」のB面の気の抜け方と、キング・クリムゾンアイランズ」の頼りな〜い感じ、なんか似てませんか。あの時期はクリムゾンがブルーズ・バンドだった貴重な瞬間なのではないか、とこれまた疑っている。

 優れた音楽、劣った音楽の区別差別は、残念ながら存在する。くだらない音楽は断じてくだらない。だけど、優れているからといって、なおさら優れている、他の音楽よりも際だって優れている、と自慢する必要はない。高尚だとか、難解なものを理解できるとか、聴いてる人が少ないとか、そんなことは自慢にもなんにもならない。ピーター・バラカンのように「これも良い曲ですね」なんてさらりと言って、楽しく聴けばよいだけだ。
 昨夜のインターFMは、楽しい体験だった。こういうことがまた起きればよいな、と思う。

 恥ずかしいので内緒だけど、中学生の僕がピンク・フロイドを“先進的なロック”と誤解した理由が一つある。レコードを買えなかった僕は、彼らのバンド名をPink Freudだと思い込んでいたのだ。そう、当時ジークムント・フロイトは「フロイド」と表記されていたんです(角川書店とかね)。それでアルバム題名が「狂気」ですから、あまりにも曰くありげでしょ。
 まさか、二人のブルーズマンの名前をつなげたバンド名だとは思わなかったよ。















※ただのアフィリエイトですけど、自分のブログに偉大なレコードのジャケットを貼りつけるのは気持ち良いなー。

追記。昨日のインターFMで一番面白かったのは、なぜかキャンペーンに参加せず一曲もかけなかった「BAM!」。DJのジョージ・ウィリアムズは英国で小学生だったとき、バス旅行で「We don't need no education♪」などと子供たち声を合わせて歌っていたという。昔からある唱歌だと思ってたらしい。なるほど、超大ヒット曲っていうのは思いも寄らぬ波及をするもんなんだね。ライブ8で「この曲はアフリカの子どもに贈りたくない」と言ったというデイヴ・ギルモアの挿話も僕は好きだ。