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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

防災ラジオ、見ると聴くとでは大違い! 無印良品M-JR20

 もっと長く悩む予定だったんだけど、あっさり防災ラジオを入手してしまった。いちばん古い型のM-J20。久しぶりに昂進した物欲も、あえなく終熄した。

 ずーっとpdfの取説を眺めてイメージしていたのだが、長時間実物を触ってみると、予想と違った感想が出てくる。やっぱり実物はいいなあ。

■小さいが、握ると「?」
 まず、大きさ。普段食べている絹ごし豆腐と同じ。これは毎日携帯する大きさではない(それでも散歩には持って出るけどね)。机の隅や冷蔵庫の上などにちょこっと置いて聴くのにはとても適した大きさ。旅行にも良いだろう。

 手に持ったとき、けっこう嵩張る。なぜかというと、角(かど)がかなり四角いから、掌に心地好くないのだ。もちろん適度に角は丸くなっているのだが、それでも手に持つモノとしては過剰に四角い。そこがこいつの恰好いいところなんだけどね。
 ハンドルを持って発電してみると、この不快感はさらに高まる。僕は掌が小さいほうではないけれど、角張ったラジオ筐体は握りやすくない。また、小ぶりで華奢なハンドルは力を込めづらい。回した抵抗感はけっこう強く、ハンドルは重い。
 ここらへん、実機を触っていないけど、ソニーICF-B03などは筐体が丸っこく、回してて不愉快にならないよう工夫されてることだろう。東芝もTY-JR50は握る箇所がかなり丸くなっており、店頭で触った感じは悪くなかった。
 だが、災害時の避難所で、真っ暗ななかで手回し発電してみると、これらの感想も違ってくるだろう。手回し音が大きくて傍迷惑だ、女性の手にはやはり大きい、こんなに回したのに三十分しか聴けないの、といった不満が出てくるかも。
 ソニーには手回し発電ラジオの長い経験があるから、ICF-B03は東芝製品とは違った回し心地、触り心地があるんじゃないかな、などと思う。ぜひ触ってみたいものだ。

■ラジオ機能はしっかりしてる、が…
 手回し充電でラジオを聴く場合、M-JR20は一分回すと本当に一時間近く鳴る。大きなボリュームで聴いていると減衰するのが早いようだ。筐体上部の「TUN」という黄緑のランプが弱々しく点滅して電池が切れそうなことを教えてくれる。
 ニッケル水素電池を過放電させぬような回路があるのか、ラジオは突然切れる。古いアナログラジオが、弱くなったマンガン電池でか細く鳴っている、というような現象は起きない。全部アナログなラジオに見えて、M-JR20もデジタル回路を搭載しているようだ。
 放送電波を捉える感度は、悪くない。僕の部屋は奥まっていて室内にパソコンなどのノイズが溢れているためAMはまったく入らない。これは他社のラジオでも同じだ。FMは、インターFMNHKも、普段聴かない他局(80.0MHzとか81.3MHz)もよく入る。感度の良いラジオならFM世田谷(83.4MHz)が入るが、残念ながらこいつでは拾えなかった。
 しかし、裏技があった。1メートルほどの被覆電線を棚の側面に這わせ、ロッドアンテナに巻き付けると、あら不思議、微弱なコミュニティFMの電波も入りました。
 屋外だと、ロッドアンテナを畳んだままFMも十分受信できる。嵩張るけど、ポケットに突っ込んだままイヤホンで聴ける。嵩張るので無理があるが。

 この二つの丸いダイヤルが、上がチューニング、下が電源スイッチと音量。写真ではわからないが、正面の平面からわずかにダイヤルははみ出していて、縁のぎざぎざに指がかかるようになっている。小さい割に動きはねちゃ〜っと重いので、ダイヤルが小さい割に合わせやすい。精密感をもって微調整もできる。ここはとても良いデザイン・設計だと思う。

 しかし、周波数の書いてあるスケールが摩訶不思議だ。写真、見えますか? とくにFMのスケールは、「76」に始まって「84」、最後が「92」(さらに右に地上波アナログテレビのチャンネルが盲腸のように残っているが)。これが日本のFM放送が使う周波数帯域のすべてなので、実際はスケールの両端に「76」「92」とプロットしてあり、真ん中当たりに「84」と振ってあるだけなのだ。
 これでは、80.0MHzや81.3MHzを目で探すことはできない。まして、82.5と83.4をスケールを読んで探り当てることは不可能だ。いったいなんでしょうかね、この投げやりなスケールは。
 AMはもっとひどい。「53・60・80・130・160」って…。NHKの594には合わせやすいが、民放954、1134、1242の立場が……。ソニーは小さいラジオでも「5.3・6・7・8・10・12・14・16」とほぼ等間隔で数字を振っている。M-JR20の投げやりな表記だと、災害時にどっかの局が停波してたら、今受信してるのが何局なのか、わからなくなっちゃうだろうね。
 もっとも、FMがワイドレンジなのは、良いことだ。外国に持参したとき、外国のFM放送を聴ける。しかも、この機種はACが使えないので、コンセントの形が違うとかって悩まなくてもいい。わはは。

■一番のウリ、手回し発電だが…
 手回し発電の使い心地だが、一分回して一時間持つということは、日中の生番組、三時間ぶっ通しの「バラカン・モーニング」や「ザ・DAVE FROMM SHOW」を聴いていると、二回は電池が切れ、回さなければならないということだ。これは、まあ許容範囲と言える。トークがつまらないときや、広報アナウンスのときなどを見計らって手巻きすればいい。
 だが、TY-JR50のように一分間回して三十分、あるいは無印良品OC223のように二分回して十五分、だとどうなるか。一時間に二回も手回しするのは、はっきり言って面倒だ。それが、OC223のようになると、始終回してなきゃならない、という印象になろう。この二機種は、手回しで運用するのは現実的ではない。実際、これらはACで充電しての運用が可能なので、一日一回満充電するのが正しい使い方だろう。
 M-JR20はACで充電することはできない。乾電池か、手回しかの二択である。それは逆に、手回しだけでもさほどストレスなく運用できるということだ。実際僕はそうしている。乾電池は入れていない。もし災害が起きても、電池の在庫を気にすることなく、手回しで充電を注ぎ足しつつ使えるというわけだ。

 最新機種TY-JR50やOC223は、1500mAhとか800mAhとかの大容量ニッケル水素蓄電池を搭載している。M-JR20なんて、たった300mAhである。もっとも、エネループの単四が750mAhであって、OC223はそれをちょっと上回る容量、ってだけだ。
 大容量はメリットかもしれないが、トレードオフでデメリットもある。手回し充電ではけっして満充電にできない、ということだ。大容量のニッケル水素蓄電池を満充電するには、ある程度大きな電圧電流が必要くさい。手回し発電機が1分間120回転でどれほどの電気を起こせるのか知らないが、家庭用電灯線に匹敵する電流は…絶対無理だろう。M-JR20の小さな蓄電池も満タンにはできないみたいだしな。
 手回し発電機は、M-JR20のような出力の小さな、素朴な機種ならば実用的な道具になるが、高機能のTY-JR50やOC223では「念のためについてます」程度のものでしかない。「いざというときの頼り」には、ならない、と思ったほうがいい。「最悪の事態は免れましたが、かなり不便でした」というとこか。
 ソニーICF-B03の仕様は、スピーカ出力が乾電池だと90mW、蓄電池だと60mWとなっている。蓄電池容量は明らかにされていない。おそらく、M-JR20とどっこいどっこいの、貧弱なスペックなのだろう。そうやって「一分手回しで一時間ラジオ聴取」の持続時間を実現しているのだ。防災ラジオの本筋はかくあるべし、との哲学なのだろう。僕もそれには同意する。

■携帯電話充電なんて、アリバイみたいなもん
 いちおう、携帯電話充電機能も試してみた。

 こうやって電話を繋いだあと、ハンドルをぐるぐる回してやらねばならない。けっこう大変だ。一分かそこらが限界だ。しかも、カラになった(過放電してしまった)電話を充電することはできないから、こいつを使う状況は「念のため、さっき話した分の電気を補充しておこうか」くらいでしかない。これも、あまり当てにしてはならない。
 大容量電池を内蔵したTY-JR50だって、電話への充電はハンドルを回さねばならないから、疲れるのは同じだろう。こっから先、推測でものを言うけど、あっちはスマートフォンに充電可となってるが、スマホは電気喰いなので、一分回してどれだけ使えるか……ツイッターを閲覧してたらすぐ電池が切れちゃうていどじゃないか? スマホのフル機能を発揮させるほどの電気は供給できないと見たほうがよかろう。
 ではOC223はどうか。OC223は電話への充電にハンドルを使わない。内蔵充電池から静かに電話を充電するのである……つまり、内蔵充電池が十分な残量を持っているときだけ、充電できるのだ。そして、手回し発電で内蔵充電池を満足に充電することはできない。
 となると現実的な解は、家庭用電灯線でOC223を充電して、そこから携帯電話に充電し直す、ということになる。
 そんな莫迦な! ACが生きているなら、そこに電話を直接繋げばいいじゃん。わざわざラジオ使わなくても。
 しんどいけど、その都度ハンドルを回して起こした電気を電話に送る、TY-JR50やM-JR20方式なら、面倒くさいけど、ぎりぎりのところからでも携帯電話に充電できるだろう。それもリアルタイムに。OC223では、まずハンドルを回してラジオに電気を貯める時間があり、その次にラジオに電話を繋いで充電する時間が必要だ。これは……おそらくOC223は、ACが死んでて、乾電池もなくて、手回し発電だけが頼り、となったとき、満足に携帯電話を使えるようにはできないんじゃないか。

 結論から言うと、とても満足できるラジオだった。形が恰好良いうえに、防災ラジオとして必要十分なスタミナと機能を持っている。あれもこれも、と機能を詰め込みすぎて、肝心の防災ラジオとしてのスタミナが疎かになってしまった最新機種とは違う、哲学の一貫性を感じるのである。
 このラジオのデザインは、モダニズムなんだろう。いや、芸術とか芸術運動のことはほとんど知らないのだけど、こういう過剰に四角くて、前面がメッシュになってて(全面メッシュだけど本当に音の出るスピーカ部分は真ん中に一寸ほどしかない)、スイッチ類が側面に目立たず出っ張らず埋め込まれている……控えめ控えめにしているくせに、その実ものすごく主張のある、作為的なデザインだ。あまり詳しくないのだけど、バウハウスとか増沢洵「最小限住居」と似たような匂いがするでしょう?
 あんまり四角くしすぎて、ハンドル回すときに握ると痛い、というのは誤算だったろう。だが、使って楽しい、美しいデザインであることは積極的に認めたい。このラジオを使う、大きな喜びの一つだ。性能もきちんとしてるしね。

■製品そのものに欠陥はない。しかし
 しかし、このラジオにも死角はある。今回、はからずも見つけてしまった。
 実は、手に入れた翌日、誤ってロッドアンテナを曲げてしまったのである。こんなこと、長い人生で初めてだよ。
 曲がったアンテナを反対に曲げて直そうとすると、ぺきっと折れた。アンテナはああ見えて、精密工作された華奢な部品なのである。
 取説を見て、「部品があるかな?」と思って東芝に電話した。取説の「供給元」は「東芝ホームアプライアンス株式会社」となっている。
 お客様相談室の丁寧な男性から、「申し訳ございません、この製品については『東芝エルイートレーディング』の方へお電話いただけませんか」と言われた。かけ直すと、「こちらでは修理など承っておりませんので、『良品計画』さまへお問い合わせください」と言われた。最初から販売元の株式会社良品計画に電話すべきだったか、と反省しつつフリーダイヤルに電話すると、またまた丁寧で明るいお客様室の女性が電話を受けてくれた。「ご修理、あるいは部品のお取り寄せでございますね、問い合わせてお掛け直しいたしますので、お待ちください」と言われ、電話を切ってやや待つと、案外早くかかってきた。
「お待たせ致しました……実はですね、修理となりますと、本体の価格を上回ってしまうんですよ。今回お客様が故障なさった状況にもよりますが、保証書をお持ちになって、お買い上げいただいた店舗にご相談いただけませんでしょうか……」。明るい声の女性だったが、悪いなあ、言いにくいなあ、という雰囲気全開であった。
 そうか。つまり、全取っ替えならできるけど、部品の取り寄せとかはできないってことか。「……そうなんです」すみません、と電話の向こうで頭を下げるような気配がする、正直な担当者さんだった。

 この、東芝の子会社から供給を受けた無印良品のラジオは、修理を受け付けてくれるところは実質的にはないのだ。「修理実費は本体価格より高くなる」というのは、全交換しか選択肢がないってことだろう。なにせ、ロッドアンテナ一本取り寄せることもできないのだ。いわんや他のパーツにおいておや。
 実は、この、手回しを使えば未来永劫動き続けるような気配のラジオにも、寿命のある消耗品的な部品が使われている。内蔵しているニッケル水素二次電池である。こいつは、ニッカド電池などに比べると桁外れに長寿命ではあるけれど、使ってるうちにやっぱりへたってくるのである。メモリー効果が起きて蓄電容量が減ってしまうのだ。
 いつか、この内蔵NiMH電池がへたったら、交換してもらわなきゃ、と思っていたが、おそらく無理なんだろうな、と思う。「本体価格より高くなりますが…」なんて言われちゃうのだ、きっと。

 これは、コモディティ化する商品、の宿命なのだろう。修理しながら長く使い続ける、という選択肢は、現代ではあり得ないのだ。商品全体で一つのモジュール、パーツと化しているので、壊れたらパッとまるごと取り替える。バラしてどうこう、という方法はない。
 これはAppleなどの製品も同じで、最近でこそiPodの内蔵電池を交換してくれるようになったが、本当はアップルもそんなことはやりたくないのだ。壊れたりへたったりしたら、さっさと棄てて新しいのを導入してもらいたい。
 僕は2007年に出た、初代のiPod nanoを持っていたが、先日、「内蔵リチウム電池に欠陥があるので、交換させてください」とApple社から言われ、送ったら、初代の白くて細長いやつじゃなくて、最新の真四角でタッチ画面付きのやつが送り返されてきた。そりゃそうだ、こんな何年も前の機種を在庫してるわけないし、ましてちっぽけな内蔵電池を交換するような手間はかけたくないだろうしな。
 いまや、商品はすべてこのようにモジュール化・コモディティ化している。それは、「永年愛用する」とか「親から子へ受け継ぐ」といった言葉が死語になることだ。
 ま、当今は住宅とか自動車のように値の張る買い物も、同じようにコモディティ化しており、唯一無二のものなんてなくなった。「この家には思い出があるので」「この車だけの癖があるけど速いんだよね」なんてことも無意味になった。そういうのは、「市場において流動性が低い」「瑕疵がある」と言われるだけだ。

■ニッポンの職人芸が、救ってくれた
 せっかく美しいラジオなのに、こいつもいつかは使えなくなり、修理もできなくなるんだな。と、新品のM-JR20を眺めながら、僕はちょっと淋しくなった。せっかく、「作品」と呼んでもおかしくない、奇麗な道具なのに……。
 その前に、折れてしまったアンテナをなんとかしなきゃな。
 というわけで、ググったら秋葉原にアンテナをいろいろ売っているお店があるので行ってきました。駅前(高架下)にあるラジオセンターの「菊地無線電機」である。
 ここは、八十台半ばのご店主が一人でやっておられる、素敵な店だった。テレビ朝日の「ちい散歩」にも取りあげられたんだって。狭い間口のお店だが、店内にはスピーカやらアンテナやらのパーツがきれいに整頓されてみっちりと並んでいる。
「本体持ってきたかい? うん、これならぴったりのがある」と、ご主人は奥から小さな黒塗りのロッドアンテナを取りだしてきて、ラジオから取り外したアンテナ基部を測り始めた。こういうアンテナは、製品ごとに長さや太さを設計するので汎用品というものがない。現物合わせで加工して取り付けるのだ。「2.6ミリだからこれくらいかな」と、パーツ基部のねじ穴をドリルのブレードで削っていく。「小さいから薄いねえ」と、基部の蝶番をヤスリで削っていく。すべて目分量っぽい手作業なのだが、削り上がったものをみるときちんと平行・垂直が出ている。職人技を見た、と思った。
 ご主人からちょっぴり昔話を聞いたりして、とても楽しい持ち込み修理となった。パーツと加工、併せて980円なり。ちょっと素敵な、懐かしいモノラルイヤホンもあったので一緒に買った。
 このラジオセンターは、僕が初めて秋葉原に来た平成元年の頃の面影が残っていて、大変懐かしい。当時ここで買ったデジタル温度湿度計は、煙草の脂で真っ黄色になってしまったが、まだ僕の机の脇で動いている。
 ラジオセンターで売っているものは、みなコモディティのはずだ。電化製品なんて、大量生産の取り替え可能のエクスペンダブルなんだ。だが、古くて唯一無二のものを修理して使い続けよう、という執念が、四十年前のBCLラジオや時代遅れのラジカセに、日々、命を吹き込んで蘇らせている。菊地無線にも、遠方から壊れたラジカセを抱えたお客さんが訪れるのだそうだ。

 だから、僕のM-JR20には黒塗りのロッドアンテナがついている。菊地無線のご主人の手練の技だ。
 世界は激しく変化し、昨日と同じ明日はもう来ない、とわかってしまった。何もかも移ろいゆく。
 このラジオは大事に使い続けることにしよう。五年以内に首都圏を大地震が、何割かの確率で襲う、とかなんとかいうが、そんな予言ははずれてほしいが、まあ来たらそのときはそのとき、悔いのないように準備はしておこう。
 今は、ラジオからご機嫌な音楽が流れるなかで、夕飯の仕度をするのが無上の楽しみなのだった。