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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

すぐ近所が舞台の小説が出た!『さらば雑司ヶ谷』(樋口毅宏・新潮社)

 町山智浩のブログで宣伝してたの見て、買ってしまった。なんといっても本書の舞台は雑司が谷。つまり僕が住んでるこの界隈だ。ああ、バラしてしまった。そう、僕は雑司が谷にもう15年くらい住んでいる。
 
 なんでも、元「ブブカ」とかの編集をやってた方で、本作が処女作だという。それにしては読みやすい。町山智浩は自分のブログだけでなく新潮社のウェブサイトにも書評というか頼まれて書いたようなエッセイを寄稿している。オビにはみうらじゅん白石一文が推薦文。さすが業界に知り合いの多い著者らしい。

 俺はここで生まれ、育ち、歪んだ。東京の田舎、雑司ヶ谷。友人が殺され、女が消えた。この町に別れを告げる前に〈大掃除〉をしておく。町を支配する宗教団体、中国人と耳のない男、俺の危機……豪雨を降らせ、霊園からあの世へ送りだしてやる。原りょう馳星周ら偉大なる先達の傑作に肩を並べる暗黒小説が、ここに降臨!

 これは新潮社のウェブからの転載(http://www.shinchosha.co.jp/book/316931/)。町山さんの書評にはここから飛べます。

 文章は達者で読みやすい。文体も多彩だしいろんなガジェットの使い方も上手い。楽しい。すごいのは、町山さんも書いてるけど、巻末に自分が参考にしたものとかリスペクトしてる、パクったりしてるもののリストが堂々と載せてあることだ。これは相当にすごい。というか、自己表現の一つなんだね。タランティーノによく似てると思う。

 しかし…15年前から雑司が谷に住んでる僕としては、この本が描く雑司ヶ谷の街並みに素直にシンクロできない。そもそも、雑司が谷にはこの本に出てくるような謎めいた大きな屋敷はない(グーグルアースで確認してみてくれ)。日本を支配する宗教団体の建物とか、闇将軍の邸宅とか、出版界の皇室みたいな一族の屋敷があるのは、ぜんぶ隣の目白台だ。雑司が谷じゃなーい! そもそも雑司が谷の道は狭いので10mのリムジンは入れない。入ってもいいけど曲がれないぞ。僕なんて4m以下のコンパクトカーだ。関係ないか。
 雑司が谷が「東京の田舎」だっていうのは同意する。なにしろコンビニが夜は閉まってしまうくらいだからな。だけど、本書の設定のように、雑司が谷に日本を裏で牛耳る宗教団体の教祖が住んでて、凶暴な不良少年あがりのマフィアが跳梁してて…っていうのは荒唐無稽すぎる。安心して着地できる余地がどこにもないよ。
 そもそも雑司が谷にふさわしいのは、こんな架空の怪しい宗教団体じゃなくて、たとえば「サンカのスポークスマンがいる」とか、「近代日本の良妻賢母・職業婦人を輩出した学校が実は秘密結社」だとか、「日本を代表する出版社発祥の地=日本のフリーメーソン支配の拠点の一つ」とか、こんな感じなんだが俺的には。
 あと、主人公を宗教団体の跡取りにしたために、この犯罪小説はおそろしく緊張感を欠くことになった。主人公は金持ちで、強大なバックを持ち、部下はぞろぞろ出てくるし、鉄砲も次から次へと手に入る。これってどうよ? 全然緊張感ないよ。
 サスペンスってさ、もっと主人公がいじめられてさ、読者が主人公にシンクロして痛みを同じように感じてはじめて成立するもんじゃない? この小説は都合が良すぎる。
 悪役の造型もいまいちだ。中国人も、日本人も。中国人のほうはいろいろ書き込んであるがなんだかマンガのキャラみたい。荒唐無稽の類型。日本人のほうはちょっとキャラが立ってるけど、基本的には書き込み不足。主人公と対決しなきゃいけない必然性があまり感じられない。

 そもそも、鬼子母神を「鬼子母神神社」と表記するあたりから僕はしらけてきた。あれは仏典に出てくる神様で仏に帰依したんだから、それを祭ってるのは神社じゃないでしょ。あそこにはたしかに狛犬はあるけど、鳥居は境内の稲荷社のものであって鬼子母神に向かった鳥居はないと思うが。ていうかあれは鬼子母神堂というのが正しいと思うが。雑司が谷生まれ雑司が谷育ちの人は、かえってこういうこと気にしないんですかね。
 鬼子母神界隈で「樹齢四百年」なのはケヤキじゃなくて銀杏だと思うし(p.32)。弦巻通り商店街の描写はよかったね。雰囲気出てる。こういう感じが雑司が谷なんだ。だから逆に、日本の裏を牛耳る宗教団体、なんかとはうまく接着しない。そんなんじゃなくて、もっと日常に密着した不穏なものとか不安なものがいろいろあるだろうに。
 拳銃の描写はたしかに町山さんの指摘のようにヘンなとこがある。ベレッタM92に弾を10発、というのは(p.57)。これじゃマガジンがいっぱいにならない(M96なら10発なんだろうが…)。
 …このまま気づいたところを揚げ足取りしていこうかと思ったけど、やめとこう。それは不遜だ。
 しかし、この本、ちょっとやはり違和感が残る。そもそも馳星周不夜城』を強く意識しているのなら、なぜあの小説みたいに主人公をギリギリと追い詰めなかったのか。『雑司ヶ谷』と『不夜城』には緊張感において雲泥の差がある。残念だぞ、雑司が谷の住人としては。
 本書の評判が良いのは、町山やみうらじゅんといった今が旬の人たちがこぞって褒めてるからじゃないか、と邪推してしまう。いやたしかに面白くはありましたけどね、これが「10年に1人の才能」(白石一文)とはとても思えないのです。面白いですけどね。


 それとも雑司が谷には、実は僕の知らない巨大な邸宅や、危ない新興宗教の本部があるんでしょうか。あくまで僕が知らないだけで。たかだか15年くらいしか住んでないよそ者には知ることのできない闇があるとか。
 ところで冒頭にアマゾンのアフィを貼りましたが、本書を購入するのに一番良いのは、本書にもちらっと登場しますがジュンク堂書店池袋店です。地産地消というのですか、そもそも雑司が谷には書店がない(古書店なら一軒ある)、本書の舞台にいちばん近い書店はジュンク堂なのです。実はもう一軒、新刊書店があるにはあるが、これ入荷してるかな。
 みなさん、ぜひジュンク池袋で『さらば雑司ヶ谷』買ってくださいね。そして赤丸ベーカリーまで歩いて来て、ラスクを買ってね。お昼休みには「和邑」でおいしい蕎麦をすすってもいいし、鬼子母神周辺には鯛焼きとか団子とかもあります。