新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

「ウォルマート地獄」の巧妙な仕組みを考えてみる

 先日言及したこの映画、明日の晩は後編が放送されるので、自分なりに復習しておこうと思う。MXテレビの新番組はオセロの松嶋さんと一緒 - 映画評論家町山智浩アメリカ日記
  
 右のリンクはバーバラ・エーレンライクの有名な“ワーキングプア体験ルポ”。ウェイトレス、ホームクリーニングの他にウォルマート店員の体験もあるので紹介してみました。モーガン・スパーロックの「30デイズ」でも最低賃金労働で30日間、という企画があったらしいけど、似てると思う。スパーロックはパクリかも。エーレンライクの本は一人称視点で書かれており、フェミニンなインテリ物書きの視点で低賃金労働の同僚たちとの連帯などが語られ、独特の読み応えがある。


 巨大企業が猛威をふるうこの状況を、かりに「ウォルマート地獄」と呼ぼうと思う。特定企業を貶めるのは良くないけど、この状況の象徴ということで。実は僕もウォルマート使ってます。西友でよく買い物するので(西友は2002年にウォルマートと提携、去年完全子会社化された)。


■「ウォルマート地獄」の序盤
 ちょっと景気は悪いけど、まあみんながんばって暮らしている田舎町に、突然巨大スーパーがやってくる。地元に根付いた金物屋(ハードウェアショップ)が、ウォルマートの大量仕入れ&価格破壊との競争に敗れ、店をたたむ。地元商店で働いていた人たちはやがてウォルマートに再就職することになる…。
 すべての業種を包含した巨大スーパー=ウォルマートは、行く先々の街をすべてシャッター商店街に変えてしまう。日本でも90年代にトイザらス進出の際に大店法論議が起こった(もうみんな忘れた?)。でも日本では高齢化・人口減などのせいで、大規模店が進出してこなくてもシャッター商店街になる街は多かったような。僕の田舎とか見ると、昭和20年代に創業した小規模商店がうまく世代交代できずにシャッター商店街と化した、ような印象がある。
 アメリカの場合、まだ耐用年数がきてない店も、自由競争の美名のもとでウォルマートとの競合に敗れ去るわけで、副作用は深刻だと思う。映画では3代続いた金物屋が取り上げられていたが、ウォルマートはこの3世代の職を一気に奪ったわけで。この映画のDVDジャケットは、スマイルマークの大怪獣が街を荒らしているイラスト。大怪獣が襲来し、猛威をふるい、あとには廃墟しか残らない——まさにそんなイメージ。

■ウォルマートで働くこと自体が地獄
 映画は次に、従業員たちにフォーカスする。ウォルマートは地域の商業を破壊するが、その半面、新たな雇用を創出する。潰れた食料品店の人はウォルマートの食料品売り場で、金物店の人は金物売り場でといった具合に再雇用が期待できる。悪いばかりじゃない——はずだった。
 ところが、その街にはウォルマート以外の雇用主が事実上いないため、賃金の相場はウォルマートが一方的に決めてしまえる。それも法定最低賃金より下の水準に。商店街に複数の金物店があれば、労働者は給料が良い店で働きたがり、競争が生まれ、良い賃金で良い労働者を雇い良いサービスに磨きをかけるといった好循環が起きるかもしれない。しかし自由競争の結果、街の覇権を握ったウォルマートは、他の誰にも気兼ねすることなく賃金を低く抑えられる。時給7ドルくらいだという。月給が1200ドルくらいにしかならない。これだと一人暮らしですらできないよ。まして子どもがいたりすれば。
 それだけじゃなくて、競争がないということは、賃金だけじゃなくて、人事でも福利厚生でも企業が主導権を握る——恣意がまかり通ることになる。映画には、きちんとした人事査定がされない、女性や黒人が差別されている(「私が出世できないのは女性だから? 黒人だから?」「その両方だよ」)証言が出てくる。でも彼女には、ウォルマートを辞めて他のもっと公正な企業に再就職する選択肢はない。その街にはウォルマートしか仕事がないから。
 アメリカは医療費が高額で、公的な健康保険が事実上ないという。女性や子どもなど医者にかかりがちな人々は、民間保険に入っておかないととてもじゃないけど生きていけない。ところが、こんな低い収入だと医療保険には入れない。ふつうは企業が福利厚生として従業員のために割安の医療保険を用意するわけだが、ウォルマートの従業員向け医療保険は高額なため従業員では入れない、という笑えないことが起きている。
 いや、この保険の未整備や低賃金には、ウォルマートの悪意があるような気がする。少なくとも、ある種の意図がありそう。というのは、ウォルマートの従業員は貧困に分類される収入なので、公的な生活保護の対象になる——生活保護を受けねば生きていけないのだ。つまり、ウォルマート側は、従業員が生活保護を受けること前提で賃金を安く抑えているわけだ。映画では、各州のウォルマートの従業員のうち何人が生活保護を受けているか、数字を挙げていた。どこも数千人単位。大きな州では何万人もの社員が公的扶助に頼っている。公的扶助は税金で賄われるわけで、ウォルマートは本来負担すべき従業員の賃金や福利厚生を、税金に押しつけている=巧妙に税金を盗んでいることが示唆される。
 こうしてウォルマートは業界屈指の価格競争力をつけ、競合他社を次々と潰してゆく。

■ウォルマート地獄のその先は?
 映画はこのへんで中断されて、後編は明日オンエアなんだけど、予告編によると、海外(インドや中国だと思う)でどんなふうに激安商品を調達しているか、といったことが描かれるみたい。
 明日が楽しみだけど、その前に感想を書く。ウォルマートは化け物みたいな価格競争力で地域の覇権を握り、賃金や人事の決定権も握り、いよいよ競争力を高めていく。経営側にしてみればものすごい好循環だが、賃金が上がらず、むしろどんどん下がる圧力にさらされる労働者にとっては最悪の循環が起きている。たぶん、ウォルマートに対抗する巨大スーパーが現れたら、その競争は、双方がなにもかもコストカットして価格を下げまくる、おそろしいデフレ競争になるだろう。
 こんなに安い賃金では誰も真面目に働かないんじゃ?と思うでしょ。ここでバーバラ・エーレンライクの本から援用したいのだけど、ところが人間ってそんなもんじゃなくて、どんなに賃金が安くても仕事に誇りを持ち、きちんとやろう、もっと良いサービスを提供しよう、とオーバーアチーブな努力をしてしまうんですよ。エーレンライクは、最低賃金で働く仲間たちがどんなに真摯か、よく描写している。彼女自身も、数百点ある商品を覚え、客を満足させるために努力し、客が散らかした商品をたたみ直す際限ない仕事にうんざりしながら、それでもサボらずに働く。人間というのは、それほどまでに素晴らしい生き物なのだ。(参考内田樹の研究室: サラリーマンの研究)僕は、そこには未熟練労働者だから、ホワイトカラーだからといった差はないと思う。むしろ「気づけるか、気づけないか」の差ではないかと。そしてその差は教育で埋めることができる。まあこの話はまた改めて。
 また、サボろうにも、監視カメラはあるし、厳しい上司が巡回して監視してるし、すぐに解雇されるし。組合活動はもっとも強烈に取り締まられてるし。上からと下からと締め付けられ、ウォルマートのシステムはより強固になっていく。
 ウォルマートが席巻するアメリカはどうなるのか? ものの価格が下がるのは一見良いことに見えるけど、同時に給料が激減したら、人々の購買力も激減する。ウォルマートで働くとウォルマートで売ってるものすら高くて買えなくなる、という地獄が現出する。ウォルマートは従業員に払うべき賃金や医療負担を政府(税金)に肩代わりさせているが、これとていつか限界がくる。すべての企業がウォルマート流をやると、個人は所得税を払えなくなるし、法人税はもともとブッシュが大減税してしまったしで、政府の税収そのものがなくなってしまう。ウォルマートがやってることは、経済を成長させる事業ではなくて、ゼロサムゲームの一方的な勝者になることでしかない。
 だが、利益と効率を最大にするという経営の視点からでは、ウォルマート流を否定することはできない。こうしてウォルマート地獄は世界をも席巻していくんじゃなかろうか…。世界全体が貧しくなる未来。
 ああ、これも見てみたいなあ。