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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

坐禅アプリ「雲堂」は、非常に実用的、かつ禅的

 自宅で坐禅するとき、iPhoneのタイマーを終了時間にセットしていたのだが、あのいつもの木琴の音色で坐禅を切り上げるのは非常に無粋でイヤだった。梵鐘や木版の音がネットのどこかにないか、探してみたけどなかなかいいのが見つからない。
 そしたら、つい先日、アプリ「雲堂」のことを教えてもらった。テレビのニュースで取りあげられたらしい。
 坐禅アプリ「雲堂」(プレビュー)

 これは、言ってみれば、坐禅専用のタイマーである。セットした時間になると、静かな梵鐘の音がして、アプリが動作を止める。ただそれだけ。
 坐禅の始まりに「準備音」として木版や坐り方指導の音声も入っている(この声はオフにもできる)。
 あと、警策(きょうさく)の機能がついててiPhoneがブルッと震える、と聞いたのだが、どうすればそうなるのか僕にはわからない。ほんまかいな。

 僕の要求水準は非常に低くて、「坐禅の終わり際に、静かな音で終わりがわかるタイマーがほしかった」だけだった。だからこのアプリには非常に満足している。
 YouTubeの解説ビデオにリンクしていたり、Twitterに「坐禅を始めました」とつぶやける機能が付いてる(なぜか僕のアカウントでは認証できない)けれど、まあこういうのはどうでもいい。あと、どっかのサーバと通信してて、「(このアプリを使って)24時間以内に全世界で坐禅してる人の人数」がわかるようになっている。
 けど、こんな機能はすべてどうでもよい。作った人もそれは十分承知しているらしく、これらの機能は「あくまでオマケ」というデザインになっている(累積坐禅時間のカウントとか、かなりいい加減だ。結構)。
 基本はあくまでもただのタイマー、余計なものはついてない、という、設計からして禅的なアプリだ。

 傑作なのは、アプリの説明だ。

さあ、全てを棚に上げて雲堂(修行僧の坐禅堂)に坐りましょう。
ゆったりした呼吸で坐禅開始の心地よい鐘の音を聞いて下さい。

「すべてを棚に上げて」、である。
 そう、坐禅って、日常の諸々を棚に上げる行為なのだ。それ以上でも、それ以下でもなく。
 坐禅してます、と言うと何か良いこと、素晴らしいこと、他人がめったにしないことをしてるような、祈りを捧げているような印象を持つ人はいないだろうか。僕はずっと以前、参禅する人を見ると「奇特なひとだ」と思っていた。
 実は、そんなことはなくて、坐禅というのは身体を休めることであり、エクササイズの一種であり、利他的なことなんてなーんにもない、きわめて利己的な行為なのだった。
 恐山の庵主・南直哉師はよく「坐禅とは心身を休めること、休憩」と言っておられるが、ほんとそうだと思う。それ以上ではない。高名な故・沢木興道師は「坐禅をしても何にもならん」と言っておられたそうだが、それもそうなのかもしれない。せいぜい「気持ち良かった」と思えるていどで。
 でも、それが良い。

 このアプリはリリースされてもう一年以上になるらしい。Android版も出たそうだ。毎度僕は情報が遅いのだけど、これは良いものを教えてもらった。今朝もとても気持ち良く坐れた。作者に感謝したい。

 あと、坐禅のやり方については、丹波の山奥の禅寺「安泰寺」のwebサイトが優れている。ここのご住職・ネルケ無方師はドイツ人だからか、理詰めで坐禅に取り組んでおり、日本人の禅僧よりも教え方が腑に落ちる。たとえば結跏趺坐の組み方なども、「なぜ結跏趺坐なのか」「どう組むべきなのか」「右足が上に来てもいいのか」など、日本人が教えてくれないことにいちいち言及している。好きです。そして役に立つ。