新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

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プリウスの成功がトヨタを殺す?

 今朝の日経新聞、ちょっと面白かったよ。「経済教室」で村沢義久という東大教授が「クルマ近未来(上)——幕開け電気自動車時代」と題して解説記事を書いてた。
 いま売れているトヨタ・プリウスホンダ・インサイトは「シリーズ・パラレル・ハイブリッド」と呼ばれる方式だ。「直列・並列併用ハイブリッド」ということか。これ、状況によってガソリンエンジン駆動と電気モーター駆動を切替え、ときに両方を動かす複雑な方式。現時点ではもっとも効率が良いらしいし、エンジンとモーターを同時に動かせばスポーツカー並みの動力性能を発揮する。
 しかし最大の問題は、複雑なこと。また、重いこと。エンジンでタイヤを駆動する機構とモーター駆動の機構は、それぞれ単体でクルマを動かすことができるのに、わざわざ両方を備えた作りになってる。てことは、1台のプリウスにはクルマ2台分のコストがかかっているのだ。
 動くものは「軽く、小さく、単純」に作ることが理想的だ。動くということは物理法則の制限下にあるということで、「重く、大きく、複雑」になるにしたがって不利になる。いま売れてるハイブリッド車はこれだ。
 これから主流になるだろう電気自動車は前者、「軽く、小さく、単純」になろうとしている。ガソリンエンジン車は3万点くらいの部品によってできてるけど、エンジンとトランスミッションをなくしたら3千点くらいまで部品は減るそうな。素晴らしい! 理想のクルマがだんだん現実化してきたみたいだ。
 そして電池とモーターだけじゃまだ航続距離が実用的じゃないので、ガソリンエンジン発電機を積んで「シリーズ・プラグイン・ハイブリッド」にしたクルマが過渡的には主流になるだろう、って。シリーズってことは直列、つまり駆動力は電気モーターの1系統だけってこと(パラレル=並列は駆動力が2系統あるってこと)。シリーズハイブリッドのエンジンは発電専用。これはポルシェ博士が作った重駆逐戦車「フェルディナント/エレファント」と同じですな。
 記事ではいくつかのベンチャー電気自動車メーカーについて触れていた。アメリカのテスラ・モーターズロードスター」、フィスカー・オートモーティブ、アプラ・モーターズとか。中国のBYDとか。これらは自動車メーカーではなくIT系の企業だったり、携帯電話の電池メーカーだったりする。電気およびプラグインハイブリッド車の中核技術はエンジン/トランスミッションじゃなくて電池だからだ。


 トヨタは今、プリウス人気で空前の景気を謳歌している。これからもプリウスを発展させ、ますますシリーズ・パラレル・ハイブリッド技術に磨きをかけてくるだろう。ホンダは一生懸命追従してくるだろう。それはまるで、かつてソニー、シャープ、パナソニックなどが繰り広げた美しい液晶テレビの競争のようにエレガントで熾烈なものになるだろう。
 ところで、今の液晶テレビ市場の勝者は、これら日本メーカーではない。韓国のサムスンですらない。名の知れぬ台湾や中国の安〜い液晶テレビメーカーが有象無象の害虫のように市場を食い荒らしている。ソニーやシャープら老舗メーカーは大苦戦。いつだったか「週刊ダイヤモンド」にソニーと安売りメーカーの液晶HDテレビを編集部が購入してバラして比較していた記事があった。たぶんこの号。http://dw.diamond.ne.jp/contents/2009/0221/index.htmlソニーのテレビは専用設計の基盤を使い、配線も美しい。整備性は高いだろう。安売り外国メーカーのテレビは汎用部品の組み合わせで、当然ケースの内部はぐじゃぐじゃの配線。そりゃそうだ、線の取り回しなんか考えて部品作られてないからね。けど、ケースを閉めて外から眺めれば、両者の違いはわからない。ソニーの技術はすごいんだけど、外からじゃわからない。
 電気自動車が本格的に普及してくると、こういうことが自動車メーカーにも起きるのだ。これを世間では「ビッグ3からスモール100へ」と言うらしい。
 トヨタの生命線は、効率の良いガソリンエンジンと、耐久性やら安全性、そして全世界に張り巡らせたディーラーなどの販売・整備網。ディーラーとかのソフト技術以外は、全部レガシー(時代遅れ)なハードウェア技術だ。新しいと言えるのは、ここ10年で積み上げたシリーズ・パラレル・ハイブリッド技術のノウハウ。でもこれは、「シリーズ・パラレル・ハイブリッド」という限定された競技での優位にすぎない。ゲームのレギュレーションが変わって、たとえば「シリーズ・プラグイン・ハイブリッド」になれば、それまで積み上げた優位が一気に無になる。ていうか他の有象無象メーカーのキャッチアップを許してしまう。むしろ系列会社ではなく世界のあらゆる会社から部品を調達できる有象無象に優位が生まれる。そして完全な「電気自動車」の戦いになれば、トヨタが優位を持ってる技術はサスペンションとかシャシー/ボディ、あるいは内装とか操舵(ハンドル)とか衝突安全とかの限定された分野にすぎなくなる。おっとサスペンションとかは部品メーカーに外注してるから、他の有象無象電気自動車メーカーも同じ水準のものを使用可能だ。ではトヨタに最終的に残された競争力は何か? ……コンビニフックとかフルフラットシートとかの便利技術くらいか?


 電気自動車はの中核技術は、電池とモーター。モーターは枯れた技術だから、もっとも革新性が要求されるのは高効率の電池ということになる。それがリチウムイオンになるのかニッケル水素になるのか知らんけど、個人的にはニッケル水素乾電池の得意な三洋電機とかにがんばってもらいたい。あ、今はパナソニックになったんだっけ? ちぇっ。
 慶応大学とか電気自動車に強い学校がいくつかある。学生のチームが電気自動車の耐久レースとかやってるはずだ。ここだったかどうか忘れたけど、インホイール・モーターをいくつもいくつも使えばスーパーカー並みの加速が得られるって実証した学生たちがいたはずだ。エンジンという重量物の搭載位置にも悩まされないから、シャシーデザインの自由度も増す(いちばん重いのはバッテリですが、これは分散して搭載できるよね)。F1よりもずっと背の低い、低重心なデザインもできる。最高速だってどんどん上がるはず。300km/hを突破するのにガソリンエンジン車はものすごい技術の蓄積と根性を要したけど、電気自動車は軽々と記録を塗り替えるだろう。そして、これまでの技術から継承しなければいけないのは、シャシー(でもエンジンレイアウトは考えなくていい)、サスペンション、ブレーキ、タイヤ、操舵系、あとは安全性くらいか。自動車メーカーが営々と積み上げてきた多くの技術が無駄になる。
 フォルクスワーゲンはTSIエンジンを全車種に搭載すると同時に、DSG(2系統クラッチ変速機、とでも言うの?)も全車種に載せている。エンジンとともにトランスミッションは、従来の自動車では大事な中核技術なのだ。でも、これらも、もうすぐゴミになる。
 BMW内燃機関にこだわっているけど、これは残るかもしれない。電気自動車の狂ったような加速やスピードを求めるユーザーはもともとBMWなんて買わなかっただろうし。BMのユーザーは良くも悪くもなまぬるいお坊ちゃんが多いような気がする。彼らはのんびりと内燃機関の作動音を聞きながら走るのが好きなのだ。将来はそれがガソリンじゃなくて水素エンジンになってるかもしれないけど。
 さて、トヨタ・プリウスの繁栄はどこまで続くでしょうか。ソニーやシャープみたいにならなければいいのですが。