新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

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『戸川純全歌詞解説集 疾風怒濤ときどき晴れ』を読みました

戸川純全歌詞解説集――疾風怒濤ときどき晴れ (ele-king books)

戸川純全歌詞解説集――疾風怒濤ときどき晴れ (ele-king books)

 

昨日三省堂神保町本店で購入。驚いたのだが、歌詞の解説の本だが、歌詞が全部載っているわけではないこと。全部の歌詞が読める歌は、2割くらい。8割は、歌詞の引用は2行。
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内容は、語り下ろしで、「玉姫様」以降の自作の詞を語る、というもの。「大天使のように」が実はヤプーズ初期の作でまだ方向性が定まっていない頃だった、というのは初めて知った。僕はヤプーズはリアルタイムに追いかけてなかったので、時系列に混乱があったのだ。
語り下ろしなので喋り口調。でも非常に論理的。そして時々エモーションが交じる。耳元で囁かれながら、時々ドキッとする感じ。これはなかなか良いです。
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残念なのが、「自作を語る」ということなので当たり前なのだが、カバー曲については言及がない。「昆虫群」「電車でGO」「レーダーマン」「母子受精」はハルメンズだし、「隣りの印度人」も佐伯&比賀江だから、これらについてはひと言もなし。しかしどんな気持ちで歌ってたか知りたいよね〜。また、「星の流れに」とかの「昭和享年」で選ばれた曲を、どう選んだのか、も知りたかった。
彼女は天才なので、「何を作ったか」も凄いのだが、「何を引用したか」も凄いのだ。
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ハルメンズ戸川純の関係は、ポール・ウィリアムズカーペンターズを連想する。苦しい青春を送っていた戸川をハルメンズが救い、後に戸川がハルメンズの曲を永遠に残る傑作に歌い上げた、という連環というか縁起というか因果に思い至る。
本書ではかなりまとまって、戸川が父親から受けていた虐待について触れられている。以前の自伝『樹液すする私は虫の女』では、子どもの頃強制的に演技をやめさせられた、門限その他が異常に厳しかった、としか書かれていなかった。本書では、DVも受けていた、母と妹はそれを看過していた、とか読むのがつらいこともサラサラと語っている。
この家族の問題はページを追うごとに濃厚さが増してゆき、あとがきの直前のページでピークに達する。それは献辞なのだが、こんなに恐ろしい、かつ切ない献辞を読んだのは生まれて初めてだ。これ以上のものは後にも先にもないだろう。
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ネタバレになるが、書いてしまおう。どうせ皆、この本買って読まないでしょ。図書館にも入らないだろうし。

 

 

 

 

そこには 「母、父、京子へ   皆愛」 と書いてあるのだ。

 

 

95年に自殺未遂した時、首を切った血で彼女は自室の壁に「皆憎」と書いた、という。それへの20年越しのアンサーなのだった。
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「諦念プシガンガ」の項で、彼女はこう言っている。

 

「諦念プシガンガ」とは、そういうことがあれもこれもあった中で出て来た歌詞なんです。それでも「許す」と。いえ、「許す」のは相手のためだけではないんです。許さないと自分がつらい。どんなに酷い仕打ちをされても、許すことだけが自分を救う方法のように思えました。(p015)

 

超弩級の結論が、冒頭に書かれているという、恐ろしい本なのだった。
まこと、天才はつねにデビュー作が最高傑作である。