新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その14 文芸書が陥った地獄 前編

 ますますコメント欄が盛り上がる拙ブログですが、「その11」に「sn」さんがつけてくれた長文のコメント、これは個人的にグサッと刺さりました。「同一労働・同一賃金」「市場価格」という考え方。これでないと未来はない、というのは前に城繁幸著作読んで唸ったとこです。実は、読んだとき感銘は受けたけどやっぱり他人事だった。いまは違う。キリキリと痛みを伴って「同一労働・同一賃金」「市場価格」という言葉が胸に迫ってくる。リアリティ。会社辞めるって決めなきゃこのリアリティを感じることができなかった。なさけないことです。「45歳のくせに幼い」と言われるわけだ。
 それと、「その13」にコメントくれた「sato」さん、同じ会社とのこと。不安と恐怖を感じているとのこと。家族にも話してないとのこと。ダメじゃん!すぐに奥さんに話さないと! 話さないから不安になるんだよ。俺が呑気にブログ続けてるってか? ふざけんじゃないよ! 俺だって不安だよ! お前だけじゃないよ! 俺は俺のやり方で現実に抗ってんだよ! お前も現実に向き合えよ!


■ある編集者との会話
 昨日で早期退職申込が締め切られたわけだが、目標の五十人に達したのかどうか、会社は沈黙したままだ。なんでか理由はわからないが始業や終業のチャイムすら鳴らなくなってしまった。この話はそのちょっと前にさかのぼる。
 残業してフロアに一人になってしまった。そこへ背が高い容貌魁偉な男性が入ってきた。この会社には容貌魁偉な人が何人もいるがその一人だ。□□さんという。
「○○さん、いる?」
「ああもう帰りました(てゆか俺以外誰もいねーだろ)」
「じゃあ伝言メモ置いとくから」
「あ、ちょっと待って。□□さん、ちょっと前のことだけど…」なんだかムシャクシャしてたので、僕は彼に喧嘩を売りたくなったのだ。どうせ辞めるんだ。言いたいこと言ってやれ。
「あの本、○○さんが重版するって決めたとき、なんて言いました? “ババァの小便みたいな重版だね” って言いましたよね?」
「…だってあんまり少なくてチョボチョボしか出さないから」
「ちょっと待ってくださいよ。○○さんは市場の消化率見て、返本動向見て、考えて重版提案してんですよ。根拠のない部数じゃないんです。それに向かって」
「そっちこそ待ってよ。この話には前があって、直前にテレビで取り上げられて注文が殺到してるときに本がなかったんだよ! テレビ出るのは何週間も前からわかってて教えてるのに重版しなかった」
「そうですか、そりゃその時チャンスロスは起きたかもしれませんね! 営業のミスだったら申し訳ないですけど、その後重版したのに“ババァの小便”とは何スか! 言うに事欠いて女性に向かって“ババァ”って」
「○○さんのことババァって言ったんじゃないよ」
「当たり前です! そんなん、女性に向かってババァって言葉使う時点でダメでしょ! 気の利いたこと言ったつもりですか? センスなさすぎですよ! 女性の著者と話してるときババァって言いますか?
 あのねえ、□□さんが良い作品出そうとしてるのはわかりますよ。だけどね、□□さんの味方になるはずの○○さん傷つけて何か良いことあるんスか? ○○さんには著者に接するのと同じように接してくださいよ! あんたのたった一人の味方なんだから!」
「それってどういうこと?」
 □□さんは椅子を引き寄せ、僕に向き直って座った。しまった。長くなるな。


■敵は社内にいる
 言いたくないことだが、編集と営業との間には深くて黒いギャップがある。これを乗り越えるのは容易なことではない。
 誰しもモノを作りたくて、表現する側になりたくて出版社に入る。ところが営業に配属されると、表現衝動を抑え込んで地味で実りの少ない作業に立ち向かわねばならない。同期が編集現場で無邪気に楽しく働いてるのを横目で見ながら、日々、ひたすら在庫と格闘するのである。
 本を刊行すると大半を市中に撒く。取次を通して書店に流通在庫として送り込む。この時点で請求がたつので現金収入になる。残った在庫を大事に使いながら注文に応える。ここで景気よく注文通りに在庫を出していくと、いずれ追加注文に応えられないくらい在庫は減る。書店店頭の流通在庫が順調に消化されていれば、めでたく重版の検討に入る。もし重版したら、追加注文に対してさらに満数の出庫をして流通在庫を積み増し、売上が立ち、店頭は活気づいて本はバンバン売れる……。
 しかし、この正のスパイラルを起こすのがなかなか難しい。それどころか、流通サイクルのどこか一カ所でエラーが起きると、他のすべてをうまくやったとしても、しばらくして市中在庫がどっと返本される。逆にお金を請求されるわけだ。
 よくあるのが「重版したんだけど重版した分余って返ってきた」というやつ。追加で市場に送り込むことができても、タイミングが違ってたので売り逃してしまうことがある。実際の需要より注文が多すぎ、正直に注文分を出したために返本をかぶることもある。こういうときは涙を呑んで注文に対して部数を削って出さねばならない。これを「調整出庫」というが、書店は「調整」と聞くとすごく嫌がる。そりゃそうだろう、書店は仕入れすぎないよう注意深く誠実な数を注文しているから、満数入ってほしい。だが……在庫が注文総数に足りないときは削って出さざるを得ない。また、話題作になると期待が高まって実需を上回る注文数になりがちだ。出した分が全部売れるのならいいが、全部が消化されるなんてことはまずない。
 それでも書店からの注文を押し引きするのはまだ良い。書店は出版社よりもずっと読者に近い。実際の需要を反映してる度合いも大きいから「市場の声」=「神の見えざる手」と考えていいだろう。書店の注文には裏付け、根拠がある。
 最悪なのが、出版社が起こすボーンヘッドだ。これが枚挙に暇がない。
 まず初版設定のミス。大昔は初版が少なすぎた=チャンスロスということがあった。だが現在では初版が多すぎた=最初から過剰在庫、という悲惨な事態が増えている気がする。現在は重版にかかる日数も短縮されているので、初版が足りなかったとしても追いかけて重版でカバーすることは十分可能だから前者のミスは取り返しが効くともいえる。だが作ってしまった在庫は取り消しが効かない。
 初版を決めるとき、たとえば、大家のシリーズ作品なんだから前作並みに刷ろうよ、という言い方になることが多い。だがその大作家がシリーズの旬なら良いが、シリーズの盛りが過ぎてると読者は減っていくので必然的に初版が余る。ひどいときは初版時の在庫をほとんど出庫できず、ヘタな本の初版分くらいがまるまる倉庫に残ってたりする。
 それでも出庫して返本されるよりかは良い。請求が立たないから。
 重版して、出庫して、それが売れずに返ってくると、手間とコストばかりかかって利益なんかふっとんでしまう。だがこれがしばしば起きる。
「言いたくないけどね、□□さんの作った本、損しないように、儲かるようにって考えて働いてるの、○○さんだけなんですよ。極端なこと言えば。すぐに“刷ろう”って言う人いますけど、それじゃダメなんですよ」
 偉そうに言ってるけど、僕もついこないだまで無知だった。ノリとか雰囲気だけで重版するのは簡単だし、重版すると決めるのは気持ちいい。僕もそっち側の人間だったのだ。不良在庫の痛みを知っている人はごくわずかだ。


■編集部を潰し本を殺すのは誰か
 いま営業部には、書籍のプロパーといえる人が非常に少ない。約一名くらいか。他は促進が長かった者、僕のようによそから来たばかりの者など。度重なる人事でプロパーは離散してしまった。
「ババァの小便みたいな重版でコツコツ攻めないと、1回ミスっただけで文芸書の利益なんかふっとぶんです。それわかってないやつが“刷ろう刷ろう”って言っていい顔してるんですよ」
 促進上がりは、僕もそうだけど、注文を取ってくるのは得意だが、そこまでしか考えていない。返本の可能性を危惧しつつ在庫をコントロールしている出庫担当者と促進営業マンは、いきおい対立する。せっかく注文取ってきたのに出さないのかよ、といった営業マンの恨みを買いながら、出庫担当者は我慢を重ねつつちびちびと出庫して消化率を上げていくのである。出庫担当者は憎まれ者で孤独なのだ。
「結局さ、編集部の人は“刷れ刷れ”って思ってるし、刷らなきゃ売れないって考えてるだけでしょ。重版した分は全部手柄になると思ってる。でも重版が全部利益になるわけじゃなくて、在庫になっちゃうリスクがつねにあって、こっち(営業)はずっとそのリスクと闘ってるんですよ」
 また偉そうに言ってしまったが、僕はこのへんの経験がほとんどない。実は今の営業の書籍部隊はみな経験が少ない。繰り返し書くが経験者が外に行ってしまったからだ。人事というのは頻繁にやればいいってわけじゃない。
「すぐに重版すると気持ちいいし、“発売即重版!”なんてカッコいいですよね。でもそれが返本になって積もり積もると編集部の収支は赤ですよ。編集部の利益をほんとに考えてるのはすぐ“刷れ”って言うやつじゃないですよ。むしろそういうやつが、編集部の継続可能性を損なってく」
「え? でも刷った分の注文取ったり、ドンと積んで仕掛け販売するとかってあるじゃない。それじゃダメなの?」
「消化率が上がってないとこに注文取って押し込んでも返ってくるだけでしょうね……。いま会社はリストラしなきゃいけない状況で、人件費も制作費も削らなきゃいけないわけでしょ。そんななかで根拠レスな重版なんかして余らして赤字出してた日には、“そんな編集部は潰しちゃえ”ってことになるだけですよ」
「……」
「だから□□さんには覚えといてもらいたいんですよ。ほんとに編集部のこと、本のこと考えてるやつほど、部数には慎重なんです。うわべだけ味方みたいなこと言って、重版したって手柄を吹聴してるやつが、実は敵なんです。その数少ない味方に向かって嫌み言うなんて、金輪際やめてもらいたいんだ」


 この項は普段から感じてた矛盾や問題点を書こうと思っているのだが、どうしても長く、くどくなってしまう。いったんここで止めて続きはまた今夜更新します。ごめんなさい。(というわけで未消化のまま、つづく)