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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

ちょい古だけど重要作「裏切りのサーカス(ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ)」について

裏切りのサーカス』(原題: Tinker Tailor Soldier Spy)、2011の英国映画(ワーキングタイトル。仏独も製作に参加してるらしいが)。監督 トーマス・アルフレッドソン(「ぼくのエリ 200歳の少女」未見)、原作 ジョン・ル・カレ(「寒い国から帰ってきたスパイ」「リトル・ドラマー・ガール」他沢山)。
 僕は旧訳で読んだが、もう手に入らないのでこちらは新訳。
長い原作を比較的忠実に映画化しており、映画自体も十分な強度があって、名作と思います。
本作については語るべきことが沢山ありますが、今日はその一部を。
   *  *  *
本作には隠されたテーマがあって、登場人物たちは激しい女性不信なのである。
描かれる女性は浮気者、不貞を働く、あるいは権力の走狗となってこちらを監視する、取引を仕掛けてくるなど、決して男を安心させない。同志的繋がりを持てる女性は、老いて性的魅力を放棄した人だけ。原作にすでにこのテーマはあるのだが映画はそこをさらに掘り下げてて、登場人物たちは同性愛的信頼でのみ繋がる。
東欧に派遣されて撃たれ、挙句にサーカスから放逐されるジム・プリドーは、サーカス(SISの所在地ピカデリーサーカスから。警視庁を桜田門と呼ぶようなものか)の実力者ビル・ヘイドンと大学同級生でクリケット仲間、精神的に深く繋がっている。
スマイリーの片腕となるピーター・ギラムは映画では中年の男性教師と同棲していたが、スマイリーから「もぐら」炙り出しを命じられ、危険な任務だから身辺を整理しろと言われて彼と泣く泣く別れる。そして任務をこなすうちスマイリーへの信頼を深めていく。
他にも大臣と次官がスカッシュで汗を流し、ロッカールームの背景に全裸でシャワーを浴びる男性がいたり、なんだか中年男の魅力爆発BL映画なのだ。
だからハンサムな「首斬り人」リッキー・ターがソ連の女情報部員と情を通じて彼女を亡命させたがる部分がものすごく不自然に浮いている。すごく重要なエピソードなんだけど、男女の間柄がうまくいくわけないのがこの作品の決まり事。なので、ここの座りが悪いことが却って作品の魅力になってるという、ものすごい技巧が使われている。
原作を読んだとき、ル・カレって凄い、人類の至宝のような文学を書いたんだなと思った。
グレアム・グリーンも近親相姦的で不気味な話を書いてるけど、英国のこういう文学伝統は凄いと思う。英国には「諜報部員が小説家になる」という伝統があるのだ。ル・カレ、グレアム・グリーンイアン・フレミングサマセット・モーム、ラドャード・キプリングなど。
原作の骨肉をうまく掬い上げた映画化はとても素晴らしい。
   *  *  *
で、2014(日本では2015公開)の映画「キングスマン」は、「キック・アス」2010の脚本家が書いた話で、ぼんくら少年がスーパースパイになる、というジェイムズ・ボンドもののパロディのような話だそうですが、これ実際に見てみると007のというより、「ティンカー・テイラー・ソルジャー・スパイ」の続編のように見えちゃうんですね。
先輩のスーパースパイがコリン・ファースで、選抜養成課程の教官がマーク・ストロング。この組み合わせは「裏切りのサーカス」で情報部の大物ビル・ヘイドンとその同性愛的親友ジム・プリドーを演じたコンビではないか! 雰囲気めちゃめちゃ良い。このキャスト偶然ですかね。絶対意識してませんか?
というのも、「裏切りの」のジム・プリドーは、ハンガリーでの作戦に失敗して撃たれ、ソ連に訊問されて東欧のスパイ網をずたずたにされ、ヘイドンの交渉でなんとか英国に送還されたが涙金とともに情報部を放逐され、挙げ句に私立中学に臨時教師として流れ着く、というエピソードがあるのだ。中学では異色の臨時教師として子供たちから支持され、とくに太っちょで引っ込み思案な少年ビル・ローチとの交流が美しい。ローチ少年は初めて自分を褒めてくれた大人として、元スパイのプリドーは自分が愛した男ビルと同じ名前だから、双方が互いを特別な存在と思うのだ。そして「君の取り柄は何だ。誰にでも取り柄はある。君は学校一優れた観察者だろう。とくに孤独な者は観察者に向いている」などと、我知らずローチ少年に情報工作員としての教育を施してしまう。業が深い。
この、「情報部員は情報部員特有の行動パターンがある」というのが重要。日本には公には情報機関はないことになっているが、内閣調査室、外務省、公安警察など伝統ある情報機関が実はある。だけでなく、新聞・雑誌・テレビの取材部門というのは一種の情報機関なのだ、という自覚が求められる。情報工作員の生き方、というのはグローバリズム社会ではとても重要なのだ。これは別件で詳しく論じたいほどだが。
さてプリドーとローチ少年の交流は、英国情報部内のもぐら(二重スパイ)をスマイリーがまんまと炙り出してしまったせいで突然断たれる。プリドーは悲嘆に暮れ、「もうここへは来るな。みんなと遊べ」とローチ少年を拒む。プリドーの若い工作員養成は突然終わってしまうのだ。
それが、「キングスマン」での教官役にマーク・ストロングが再任し、キャストが若干変わってしまったが、スパイ養成が続くのである。こちらはぼんくら少年をきちんと立派なスパイに育て上げ、お話は完結する。うれしいことです。

ただし、本作の設定は「国営ではない情報機関」なんだよね。少し理解しにくい。日本だと宗教団体か政治結社の情報機関、くらいしか想像できない。あるいは、総合商社か。あと、飛行機会社というのは情報機関としての側面がある。ナショナル・フラッグ・キャリアのCAは国家の情報部員が務めている、という国は多い。イスラエルとか)