新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

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「この世界の片隅に」は大傑作戦争映画だ。戦争映画マニア必見。


(画像は公式サイトTwitter応援キャンペーンより借用)

「この世界の片隅で」、平日昼間の二子玉川ライズで見たのだが、ものすごい作品で、打ちのめされてしまって、立ち上がるのが大変だった。
これ見てよかった〜〜〜!!!
と思ったよ久しぶりに。
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本作とは関係ないが、僕は二子玉川ライズ109シネマズがあまり好きではない。明るく健全な家族が楽しむシネコン、が嫌いだ。僕の映画館ホームグラウンドは池袋ロサ会館であり、文芸坐(旧)なので、ごみごみしていかがわしい場所でないと映画を見た気になれない。
というノスタルジックな話だけじゃなくて、予告編が始まる前のCMが気にくわない。子供が東急の改札を通過したらメールが来るシステムとか、IMAXシアターの宣伝とか、シネマポイントカードでエグゼクティブシートが云々とか…無性に腹が立つ。映画の予告編が始まったが、そのラインナップも気に食わない! 「109シネマズにお越しのお客様、阿部寛です」とかって劇場向けの宣伝もきらいだ!
Jポップと今風アニメの予告編連打にほんと帰ろうかと思ってしまったのだが、本編が始まってすぐに全部忘れた。
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僕の好きな時代劇だったからだ。昭和初期の日本の都市風景は、江戸時代の瓦屋根の雰囲気を強く遺している。それを水彩画タッチで再現した本作の背景は、時代劇好きにはぐさぐさ刺さるものだった。あそこまでは江戸時代が息づいていたのだ、というノスタルジーと喪失感を強烈に感じた。
そして中盤から僕の大好きな戦争映画になる。
この映画の評判では、呉港の軍艦遠景の描写、艦載機の空襲と高射砲での迎撃、爆弾での爆撃と焼夷弾での爆撃などの描写がすごい、という。アニメなのにというかアニメだから可能になったというか、たしかに最近の虚仮威しCGよりかずっとリアルに響く音と映像だった。
それもいいんだけど、舞台は呉と広島という軍都なのだ。軍都とは軍人の町だ。
この映画の素晴らしい戦争描写は、軍人を描いたことだ。
主人公の夫は軍法会議の録時(書記官)で、お舅さんは広の海軍工廠で飛行機を開発している技師。リアルな控えめ感でそれらが物語に顔を出す。
そして、幼なじみが海軍に志願し、水兵となって再登場する。これが良い。
僕は海軍の階級章を読めないので彼の階級がわからないのだが、入湯上陸で幼なじみの婚家を訪れる、という超微妙な挿話が本当に素晴らしい。何が素晴らしいかというと、当時の一般人が軍人を遇した感じ、尊敬と敬遠と愛着と忌まわしさなどがちゃーんと、後知恵とかではなく当時の感覚を再現する方向で描かれているからだ。
夫は軍の関係者だが文官で、ひ弱な人だ。幼なじみの水兵は頑健で躰も大きい。軍隊は暴力装置で、兵士は暴力を遂行できる肉体を持っている、という単純だけど見過ごされやすい事実が、きちーんと丁寧に描かれる。これ、なかなか他の映画ではやれてないこと多いのよ。
戦争は良くない、軍隊は人殺しの組織だ、核兵器は良くない、なんて戦争やってる最中の登場人物は云ってはいけない。そんなこと思わないし、思っても口に出してはいけないから。
まったく、こんなに手応えのある、ちゃんとした戦争映画は何以来だろうか?
ペキンパー「戦争のはらわた」か、テレンス・マリックシン・レッド・ライン」か。実はこれらの名作でも、どうしても後知恵が入ってしまってて、当時の人らしからぬ言動があったりするのよ。それを、鬼のような考証を積み重ね、徹底的に後知恵を排除して「当時の人びとの感覚・言動」を再現した「この世界の片隅に」は、これが良い戦争映画でなくていったいなんでしょうか。
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能年玲奈は歴史に残る作品に主演できて本当に幸運だったと思う。もちろん彼女は作品に全身全霊捧げる貢献をしている。
呉市広島市も、歴史に残る作品を得て本当に幸せだと思う。あの戦で亡くなった人たちの供養になったと思う。
エンドロールの後にクラウドファンディング支援者リストが出るのだが、これ支援できた人は本当に幸せだと思う。歴史に残る作品に自分の名を刻めたのだから。
これほんと凄い作品で、アニメ史というより映画史に残ると思う。
いやこれほんと凄い。一分の隙も無い。
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見終わって、悲しくないのに涙が止まらないのである。切なくて、いとおしくて、涙が出てくる。というか。
これはある種トラウマを植え付けられたようなもので、心の傷が深くて深くて、泣けてしまうのだ。
そんなことしていいのか娯楽映画が、とまで思う。衝撃だったです。
まあ仕方ない。
百年後も語られる名作を封切りで見てしまったのだから。
映画はトラウマになる作品ほど素晴らしい。というのは誰が言ってたのかな。ああ彼か。