新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

パリのテロから1年後、トランプ登場なんだね

「トランプの勝利で、アメリカのレイシストだけでなく、日本のレイシストも浮かれてる。言っとくけど、トランプ支持のアメリカの白人からすれば、日本人は有色人種。差別される側だよ。」
映画作家・想田和弘監督のFacebook投稿である。

僕はもともとは想田のような左翼が好きだったけど、こういうコメントを読むたび、幻滅してしまう。「差別されない側、差別する側なら、良いのか」という揚げ足を取るつもりではないが、事態を単純に見積もりすぎだと思う。
日本のレイシストが浮かれているとしたら、それは「トランプ当選によって差別をしてよい社会が到来した」ことに喜んでいるのだ。自分が差別される側であろうと、そんなことはかまわない。それが差別のある社会、差別する社会の本質だ。
だから差別は手強いのだ。差別することに抵抗がないうえに、彼らは差別されることも何とも思わない。だから彼らに対して「やーいやーいレイシスト」と揶揄軽蔑する戦術は、「こちらも差別する側になってしまう」というネガティブ効果しか発揮しなかった。それをカウンターの人たちは分かっていたのかどうか。
こういった「差別の手強さ」を認識しないと、差別には勝てないのではないか。

なにか、躊躇していれば良識がありそうな、現在の権威に反抗していれば正しいような、固着した行動様式がうかがえる。
現実の世界では、アメリカの軍事秩序の下で生きる以外の良い選択肢はなかなかないし、世界中どこに往ったって監視社会で生きるしかないし、自由が制限されることを受け容れるしかない。現実を否認していれば自由でいられる、というのは石破茂とかの言う「ダチョウの平和」になってしまう。

   *  *  *

1年前のパリ・テロの際、池内恵がシェアしていた記事が以下。
To Save Paris, Defeat ISIS
師曰く、
「(当該記事執筆者ロジャー・)コーエンの議論ではあたかもイラクやシリアへの軍事的対処がテロをなくすかのように見えかねないが、そしてそれは究極的には正しいのかもしれないが、私の見方では、軍事的対処策は短期的にはテロを増やす。「短期」がどれぐらいかというと、かなり長いかもしれない。」

だからといって池内は「軍事的対処はいっさいやめよう」と云ってるわけではないことに注意。
それと、小田嶋隆のように「今回のテロで移民や難民への憎しみが増すならそれはテロの勝利だ」というのもどうか。「被害者に哀悼を捧げること」=「異民族への憎しみを募らせること」という回路が当たり前、と言っているように見える。それは違うでしょう。
監視・管理社会は喜ばしいものではないが、それがきちんと運営されれば、少数派異民族を守ることにもなる。単純に「テロはなくならない」と覚悟して、粛々とテロ対策するしかない。
「テロがない社会」「憎しみのない社会」が理想だが、それは無理なのだ。「憎しみを肯定することは許されない」という主張は短絡過ぎて無意味だ。

   *  *  *

同じく一年前にダークツーリズムの井出明先生はこんなことを書いておられた。
「アメリカの自然科学博物館では、なぜか(と言うか社会的影響力の強い博物館なのであえて)「スパイ、売国奴工作員:アメリカにおける恐怖と自由」と言う企画展示をやっている。これを見る機会があったのだが、9.11以降、近所のスパイを炙り出せということで無関係なムスリムを片っ端からグアンタナモに送り込んだことがこの展示を企画した背景にあるようで、一次大戦の無制限潜水艦作戦後、パールハーバーアタック後、冷戦下の赤狩り中に、密告されたスパイと呼ばれる人々が実はほとんど無関係であったことが反省とともに語られている。酷いのになると、日系人が鳩を飼っていただけでスパイとして取り調べられたと言う話があり、スパイを探すという活動が非常に無意味で、結果的に重大な人権侵害となると言う警告を発している。病が深いのは、スパイを密告していた連中が、自分たちは国のために良いことをしているという意識を持っていた点で、展示に出ていたKKKの関係者も世の中のためになるとおもってやっていたというのが衝撃的であった。
フランスは人権先進国なのでグアンタナモみたいなものは出来ないだろうけれども、この展示を見たあとで来訪者にとったアンケートの8割が、「それでもスパイを我々が見つけることは大事だと思う」というのにYesと答えていたので、フランスのこれからがやはり心配になってしまう。」
(ヒューストンのMuseum of Natural Scienceで、「Spies, Traitors, Saboteurs: Fear and Freedom in America」と題する特別展があったのだ。リンクはすでに切れてしまっている)

僕は、同じ考え込むならこういう方向へ行きたい。
「そもそも植民地支配始めたのは英米だ」というのは、間違っちゃいないかもしれないが、今言っても詮無い。そして、イスラム世界の民衆が陥りがちな陰謀説にこちらも搦め取られる危険がある。