新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

人生「6掛け」時代、だとしたら

下流社会」の三浦展が、新刊を出したらしい。『毎日同じ服を着るのがおしゃれな時代』(光文社新書)とのこと。
そのプロモ記事が、こんなだった。

これじゃ徴兵制なんてありえない?中学生男子2割が母親と入浴

(以下、前記記事より引用)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
もう20年近く前、現代人の年齢は昔の八掛け、七掛けと言われていましたが、私は、もはや六掛けだ、「六掛け世代」だと提案しました。
 
つまり、今の20歳は昔の12歳、30歳は18歳、35歳で21歳、だから35歳で成人するくらいだというわけです(三浦展『新人類、親になる!』35歳成人説参照)。
 
昔は20歳を過ぎると、子どもがいる人がたくさんいましたが、今は35歳で最初の子どもができるのが普通です。14歳の中学生は8.4歳ということになるので、だったら一緒にお風呂に入るのもわかります(そうすると、18歳は11歳くらいになるので、果たして選挙権を与えていいのか?)。
(引用、終わり)−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


とすると、僕は実年齢51歳だが、昔で云うと30歳くらいの分別しかない、というわけだ。
たしかにそうかもしれない。50歳、岡倉天心の享年であるが、そんな分別はない。
加藤清正藤田東湖西郷隆盛も50で死んでいる。夏目漱石も、である。グレン・グールドも。
年齢が50歳で死去した人物の一覧表

加藤清正といえば最近では大河ドラマ真田丸」の新井浩文である。彼の実年齢は37だそうだ。うむ、なんとなく符合しているぞ。
って、そういう話なのか?! ちょっと違うような。
現代人が、50歳の戦国武将を演じるならば、0.6で割った実年齢の役者を起用しなくては、50歳の戦国武将には見えない、ということではないのか。
50÷0.6=83.33…

いま83歳といえば、仲代達矢である。女性だと草笛光子黒柳徹子
草笛は「真田丸」に出てたな。珍しくゆっくり死ぬ役で。
他にそれっぽい男性は、安田正利、近藤洋介、ああ菅原文太も生きてれば83か……そして高木ブー
ああ、あの大河ドラマ新井浩文は、実は仲代達矢だと思って見れば、ちょうど50歳の戦国武将に見えたんだな。
と、こういう理解が正しいのか。

まあ、僕は新井浩文加藤清正、好きだったのであれで良いと思うけど。ただ、ナレーション処理されたので死に目に会えなかったのが残念だが。
あれ? 「6掛け説」でいくと、37歳の新井は実は22歳くらい、ということになる。
これでは若武者である。いや、戦国時代で云うと一番戦功を立てる働き盛りか。これから戦術戦略や築城、兵站、領国経営なんかを学んで名君になっていく、そのとば口の年齢だな。

……いや、ちょっと待て。三浦展の「年齢6掛け説」ってこういうことか。ちゃうやろ。
大河ドラマを見ている俺が、もう51歳なのにせいぜい30歳くらいの理解しかできない、ということだろ。

これは生活全般においても言えることで、昼間そこら辺を歩いてる白髪の年寄りが、実は自分のことを年寄りと思ってなくて、70歳なのに48歳くらいの元気さだと思っている。そういうことだろう?
自己像がズレてきているのだ。

まあ三浦展の本を読んで「年齢6掛け説」を深く考察しよう、という気にはすぐにはなれないのだが、それでも示唆に富んだ説だと思う。
この仮説でいくと、60歳くらいの男性でも自己像は36歳くらいだから、かつての60歳男性の選好とは違ってくる、ということだろう。
日本酒、ウイスキー、いつかはクラウン、英國風スーツ、時代小説、総合月刊誌(文藝春秋のこと)、ブラームス交響曲……といった、かつて60歳くらいの男性のアイコンだったものが、無効になっていくのではないか。

「人間五十年、下天(化天・外天とも)の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」
とは、五十年の人生も、他の世界の時間尺度では一瞬の夢まぼろしほどですよ、との意だという。
実時間で50年生きたとしても、30年分くらいの経験や分別しか身につけられないとしたら、まあほとんど一瞬と云ってもいいな。
失われた数十年を返せ!と誰に向かって叫べばよいのだろう?