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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

理不尽な暴力に負けるな、ヒッキー

■最近、宇多田ヒカルのファンになった
 4月にInterFM 76.1MHzで始まった「KUMA POWER HOUR with Utada Hikaru」を聴いてから、好きになった。彼女の歌はあまり聴いた事がないのだが(すまん)。
 月に1回しか放送がないけど、素敵な番組だ。僕は最近の歌、踊れる歌はほとんど聴かないので、宇多田ヒカルの案内で聴くそうした歌が新鮮だ。
 あと、この番組の直前にやっている「Soul Searchin' Radio」も素晴らしい。この二つの番組を連続して聴ける、第三火曜日の夜は最高に嬉しい。
 個人的なことだが、第三火曜日の夜は埼玉から車で帰る途中で、暗い首都高をソウルに乗って飛ばしてくると、池尻大橋の蝸牛ジャンクションでしばしば渋滞にひっかかる。この辺で22時がすぎ、番組がソウル・サーチン・レディオからクマ・パワー・アワーになる。吉岡正晴さんのベルベットボイスから、ヒッキーの少し寂しげなDJに替わり、ちっとも動かない車列の中でじっくりとヒッキーの喋りを聴いている。ちなみに首都高山手通りトンネルから大橋ジャンクションの中はFM電波が入らないので携帯電話のradiko.jpを使っている。

 クマ・パワー・アワーはまだ4回しか放送されていないのだけど、なんでか偶然、もっとも静かな環境で普段よりかじっくり聴く羽目になり、すっかりヒッキーに魅了された。自分でかけた曲があんまりご機嫌なんで鼻歌でハモッた回なんか、車の中で爆笑したよ。

 僕は不勉強で宇多田ヒカルが歌手としてどれほど偉大か、知らずに番組を聴いているのだが、月にたった1回、1時間にすぎない番組だけど、聴けば彼女が芸術家としていかに偉大か、すぐにわかった。
 喋りのバックには蛙の鳴き声や木の葉擦れ、虫の声などの環境音が挿入されている。他のInterFMの番組が、スタジオから飛んでくるように聞こえるのとは違って、ヒッキーの個人的な空間から直接飛んでくるようなダイレクトな感覚、リスナーはヒッキーと向かいあっているかのような奇妙な感覚に包まれる(事実、スタジオではなく個人宅で収録しているらしい)。
 選曲は素晴らしい。僕の趣味とは違うが、どの曲も素敵に聞こえる。喋りによるイントロダクションは適切で、曲の背景やヒッキーとの関係、いまこれを聴く意味などが自然にわかる。毎回緩やかなテーマがあり、1時間通して聴くと、ヒッキー選曲によるコンピレションアルバムを聴いたような充実感がある。隅々まで心が配られた、テンションが張りつめた、それでいてしっとりとした手触りの1時間なのである。美しい、芸術的な、宝石のような時間である。このクオリティだからこそ、月にたった1回でも僕は満足なのだ。
 ワグナーの時代、オペラは文学・音楽・絵画・演劇などを融合した総合藝術とされた。僕は、クマ・パワー・アワーは音楽だけでない、エッセイ・ジャーナリズムなどの要素を備えた総合芸術の一種じゃないかと思っている。ラジオには、時々そういう凄い番組があるのだ。


■自殺は、残された者を傷つける暴力だ
 そのクマ・パワー・アワー4回めから数日後、ヒッキーのお母さんが死んだ、というニューズが流れた。藤圭子、伝説的な歌手である。しかもマンションからの転落死。自殺だという。
 テレビはどの局も現場にロケチームを派遣し、故人の映像を流し、歌を繰り返し繰り返し流したようだ。ようだというのは僕はテレビを見ないから伝聞だ。僕はテレビよりラジオが好きなのでテレビは見ない。そしてInterFMはほっとんどニューズを流さないしそもそもワイドショーのような番組がないので、この哀しいニューズを繰り返し聴かずにすんだ。

 僕は故人にはあまり思い入れがない。それより気にかかったのはヒッキーのことだ。
 彼女の家族は少人数だと聞いている。少ないメンバーの一人と死別するのは辛いことだ。
 まして、それが、ゆっくりと訪れたものでなく、無理矢理インタラプトされたような、突然の死であれば、なおさら。

 家族や知り合いが自殺すると、残された者は深く傷つく。
 なぜ傷つくかというと、残された側は「私がいるこの世界が厭だったのか?」という無言のメッセージを受け取ってしまうからだ。「私のせいだったのか?」という疑念に捕らわれるからだ。故人から「お前のいる世界には愛想が尽きた、さらばだ!」と最後通牒を突きつけられたような気持ちになるのだ。

 実際は、故人は何も言っていない。ただ黙ったままだ。メッセージを残すこともあるが、たいがいは「身勝手で申し訳ない」という謝罪の言葉のはずだ。責任は死ぬ側にある、それは明瞭なのだ。
 だが、なぜか残された側は、ついついいろんなことを考えてしまう。「私には故人のためにできたことがあったかもしれない、それをしなかったから死んだのか」「つまり私のせいなのか?」「私がいるこの世界は生きるに価しない、ということなのか?」「そんなに私のことが嫌いだったのか?」……残された側は、往々にして考えなくてもいいことにまで考えが及んでしまう。時間ばかりがあって、問いかけてもそれを否定してくれる者はいないから、要らざる妄念がわき起こってやまない。

 決定的に拒絶された感じ、一方的に通行を打ち切られ、修復は絶対不可能!と宣告された感じ。お前との関係を永遠に断つ!と言われた感じ。これらの絶望的な断絶感に、残された側は打ちのめされる。

 死んだ人は、ダンマリを決め込むという窮極の攻撃で、残った生者を傷つける。生者がじぶんで勝手に傷ついていくのを黙って見ている。生者にとっては絶対に勝ち目のない戦いだ。これは理不尽すぎる暴力だ。

■その暴力は、意図されたものではない。
 先日父がメールで、親しい人が自殺で亡くなった、と知らせてきた。父にとってはかなり年下の知り合いで、むしろその齢は息子の僕に近かった。
 InterFMではしばしば音楽家の訃報が流れ、故人の音楽が流される。ロック全盛期の音楽家たちが六十代から七十代になっているのでそろそろ亡くなる人もいる。病気で亡くなることが多いが、ときどき、自殺の例を聞く。
 著名人の自殺では、僕はジャック・マイヨールのそれがショックだった。生命の躍動感に溢れたイメージの人だっただけに。だが、それはパブリックイメージであって、彼個人はそんなことと関係なく苦しんでいたのだろう。
 その後僕は三十代の半ばに鬱病を患い、希死念慮に悩まされた。幸い死なずに済んだが、死の誘惑は執拗で、強烈で、まがまがしく甘美なものだった。魅入られなくて本当にラッキーだった。主治医や職場の仲間など大勢の人に助けられた。
 念慮に患わされている間は、残る家族や友人のことはほとんど頭に浮かばない。自分がこの苦境からどうすれば逃げることができるか、ただそれだけを思い悩む。なんでもいいから楽になりたい、とだけ思っているのだ。誰かを恨んでいる余裕は、ない。

 僕は23歳のとき、親しい友人というか先輩を亡くした。大学の一級上の人(留年で同学年になっていたが)が、春の新学期に自殺したのだ。その日の午前中、その年の履修届を提出したのに、午後には下宿近くの駐車場で自死したという。
 その人はサルの実験チームにいた。チームといっても指導教官含めて3名くらいの小所帯だ。多くの同級生は動物を使う研究は手間が掛かるので嫌がっていた。僕はネズミの実験をしていた。こっちは指導教官と2人きりだ。サル棟とネズミ棟は隣り合っていた。
 ネズミの清掃は3年生たちが毎週交替でやる。僕は実験の当事者だから毎週参加する。ネズミは小さいので扱いが楽だ。頭も良くないので反抗したりしない。しかしサルは、大きくて頭が良い。世話してくれるヒトを見分ける。僕なんかははなからサルに負けているので、ウンコを投げられたりする。その点、亡くなった彼はサルの扱いが上手かった。上手いというより、誠心誠意お世話いたします、という彼の姿勢を、サルが心許していたのだ。指導教官も舌を巻くほど、彼はサルとうまくやっていた。
 動物実験をやっていると、実験棟に詰めることも多くなり、世間から隔絶した感じになる。浮世離れした同士、なんとなく連帯感があった。研究室の遠足で金甲山に行ったときは、帰りのバスの中で話し込んだ。今年は卒業するぞという意気込みが感じられたし、良いパチンコ台・パチンコ店の見分け方、といったくだらない話に花が咲いたりした。その日の彼は明るかった。
 だが、それからあまり日も経たない四月半ば、彼は突然逝った。誰にも断らず、誰にも挨拶せず、黙っていってしまった。
 研究室の面々は、主要メンバーの一人が広い部屋に下宿していたのでそこに集まり、二晩くらい帰らずに寄り添って過ごした。同じように悲しんでいる仲間がすぐそばにいることは、大いに慰めになった。宗教色はなかったけど、これは仲間で彼を送るお通夜のようなものだった。
 検死が済んで彼の体が実家に戻り、葬儀が営まれた。日蓮宗不受不施派の葬儀を初めて目にした。彼は経帷子を着てお棺に入っていたようだが、顔は覆われていたかもしれない。お母さんが彼の名前を叫ぶように呼び、涙を誘った。
 その後研究室の面々は、ふとした瞬間にふさぎ込むことが多くなった。虚無に捕らわれるようだった。一番気の毒だったのは指導教官だ。教え子を失った彼は、どんな気持ちで彼がやっていたサルの世話を続けたのだろう。めっきり白髪が増えていた。
 その時、僕は「私がいるこの世界がそんなに厭だったのか?」と考えてしまったのだ。
 この考えは彼から返事が返ってこない以上、決して対話にはならない。出口のないグルグルのスタートのようなもので、同じところを行ったり来たりしながら、自分の心身を傷つけるだけだ。

 僕が「自殺は残された者への理不尽な暴力だ」と思うのは、このときと、自分が希死念慮に悩まされた経験を振り返って思ったことだ。理不尽、というのは、それが意図されたものではないからで、誰もトクしない、仕掛けた側もそれに気づかない、からだ。
 最大のミスマッチは、残された側は「私がいるこの世界が厭だったのか?」と思ってしまうことと、逝った側がそんなことまったく思ってもいない、露ほどの関心もなかった、ということだ。そんな意図などまったくないのだ。なのに、残った側は苦しみ続ける。
 この皮肉な構造は、ほとんどの自殺がそうだろうと僕は思う。
 ごく稀に、誰かに当て付けるため、復讐のために自ら死を選ぶ人がいるかもしれない。そうした復讐はだいたい失敗に終わる。死を以て復讐したいほどの相手は、たいがい、誰に死なれても何とも思わないからだ。相変わらず枕を高くして寝ている。
 むしろ傷つくのは、死者に哀悼を捧げる人、死者のことを思っている人、ときどき思い出すほど情が深い人だ。死者に同情的な人ほど、自死によって傷つけられる。こんな理不尽なことがあろうか。

 僕は、自分の乏しい経験ではあるが、一所懸命考えて一つの結論に達した。
 自ら死んだ人のことは悼むべし。ただし、思い煩うことなかれ。彼らはエゴを貫いて死んだのだから、必要以上に彼らの死に責任を感じてはいけない。往々の場合、残された者にその死の責任はない。むしろ、突然死んでしまって一方的にコミュニケーションを絶った彼らのエゴに怒るべし……。
 ごくまれに、計画的に亡くなる人がいる。
自死という生き方 (双葉新書)※こういうのは例外中の例外だが、珍しいことに顛末が本になっているので示す。
 しかしほとんどの人は、何かに追い詰められて、そこから逃げ出すために、無計画に死を選ぶのではないか。突発的に、考え無しに死んでしまうのではないか。
 ノンフィクション作家の日垣隆さんが言っていたが、借金の額と自殺とは比例しないのだそうだ。借金数十万円から数百万円くらいがいちばん自殺する例が多い。数千万円となるとあまり死なない。借金数億円となると反対に生命力旺盛なのだそうだ。
 こういうことを考え合わせるに、自死を選ぶ瞬間というのは、理知的な計算などできない精神状態にある。
 ここから逃げ出したい、という衝動に突き動かされたにすぎず、お前のせいだ!とか、死んで何とかを訴える!なんてことは考えてないんじゃないか。
 だから、残された者のせいなんかじゃない、と僕は考える。

■著名人の自殺を報道するやり方は、狂っている
 ところで、今回のニューズやワイドショウについて、報道のやり方がひどい、という指摘があった。
藤圭子さんの自殺 テレビのニュース報道は、国際的な「ルール違反」だらけ」水島宏明 | 法政大学教授・元日本テレビNNNドキュメント」ディレクター

 非常にもっともなことだ。内閣府の「自殺予防 メディア関係者のための手引き」はシンプルなので、報道に関係ない人も見ておいて損はないと思う。いろんな立場の人向けのガイドラインもpdfで閲覧できる。
 http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/link/kanren.html
 どうも話しに聞くテレビの報道は、このガイドラインすべてを踏みにじっているらしい(僕はテレビを見ていないので伝聞だが)。

 自殺も暴力である。報道も暴力である。
 いま、僕の好きな芸術家が、こうした理不尽な暴力に晒されている。
 負けるな、と言いたい。

 ヒッキーの芸術に心慰められた人が何百万人もいる。そういった大勢の人たちが、彼女が与えてくれたモノの数百分の一でも返す事が出来ればいいのに、と思う。残された者を毎分毎秒苛む悲しみを、肩代わりできればいいのに、と思う。

 日本の人は自殺への性向が強い。率でいうと韓国の人が最も多いらしいが、日本は年間3万件弱。交通事故の3倍の人が自殺を遂げているので、残された親しい人、深く傷ついている人はその3倍とか4倍にのぼるはずだ。
 僕らは、誰もが「残された側」になる可能性がある。けっして「残す側」にならないようにしないと。残すより残される方が圧倒的につらいのだから。