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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

ピーター・バラカンさんがメールを読んでくれたよ

 この4月1日からインターFM(76.1MHz、横浜は76.5MHz)が激しく番組改編したことは、もう多くの方がご存じだろう。
 僕は大好きな「寺岡ミュージック」が1時間に短縮され日曜に引っ越したのが悲しかったが、他はおおむね嬉しい改編だったと思ってる。とくに、平日朝7時から「バラカン・モーニング」が復活したののはほんと、嬉しい。
 毎週木曜9時台の「バラカン・モーニング」は、3月まで日曜午後の「バラカン・ビート」でやってたコーナー「名盤片面」が続いている。今朝はその第1回、お題はローリング・ストーンズのデビュー盤A面だった。

 冒頭で、ガリガリッというノイズが聞こえた。この盤はCDがない。番組も、バラカン氏が個人的に持っているビニール盤(子どものとき買ったものだという)を持ってきてかけているのだ。
 僕は、スクラッチ音がしたのが嬉しくて、ついメールを書いてしまった(ちょうどPCを開いて仕事始めたとこだった)。
 昔のレコードは短い。1曲はだいたい2分半だし、片面は5曲か6曲で、合計15分とか20分。これもあっという間に終わった。
 でも、朝のラジオ番組で、15分間ずっと音楽だけが流れるって、すごく贅沢なことじゃん?
 しかも、若い若いストーンズ。ミックの声も艶々(つやつや)してる。

 曲が終わって喋りが再開されると、リスナーからのメールやTwitterが紹介される。2番目に読まれたのは、僕のメールだった。

バラカンさん、いつも素敵な音楽をありがとう。
今朝は木曜、名盤片面楽しみにしてました。ストーンズのデビュー盤とはまた最高じゃないですか。

冒頭、ちょっとガリガリッとスクラッチ音が入りましたね。
懐かしくて溜め息がでました。

学生時代、地方のライブハウス喫茶でウェイターしてました。
レコードを掛け替えるのもバイトの仕事ですが、ホコリをふき、針を置き、ボリュームを下げ、プレイヤーのスイッチを入れ、セレクタを切り替え、再びボリュームを上げる、という煩雑な作業を、コーヒー出したりカレーライスをついだりの合間にやってたのを思い出しました。

デジタル媒体と違って、レコードは「生演奏」なんですよね。スクラッチ音も含めて、臨場感があります。ミックの歌声は、数十年前に録ったものですが、ビニール盤とサファイヤ針がこすれ合い振動しあって再現してくれてる。まぎれもない「生音」です。

今はもう聴くことができなくなったノイズ音、久しぶりに耳にして嬉しかったです。

 あ、という感じだった。そして、ピーターさんの声に耳を傾けているうち、ジワッと嬉しさが沁みてきた。
 バラカン氏は、日本語が母語じゃないのに、リスナーからの便りをしっかり読んでくれる。時々つっかえたり、難読字は飛ばすことがあるが、むしろそういう風に読まれた方が、流暢にアナウンサー的に読まれるよりも、リアリティを感じる。

 レコードのスクラッチ音も、そうなのだ。メールに書き忘れたが、つまり、レコード演奏には、CDにない緊張感があるのだ。今ここでプレイヤーを叩いたら、大きな雑音がする。針が飛ぶかもしれない。盤に傷が入るかもしれない……。
 なんと原始的なメディアだろう。だけど、なんと素晴らしいことだろう。

 レコードは、無限回の再生ができるメディアではない。一回一回の再生ごとに、盤は針で削られ、徐々に劣化してゆく。劣化と引き替えに、臨場感・緊張感を持った、豊かな音を奏でてくれる。
 それでいいのだ、と思う。そもそも音楽は一過性のもの。それを好きなときに好きな場所で聴けるようになっただけでも、凄い進歩だ。革命だ。それをさらに、未来永劫良い音で楽しみたい、というのは、過ぎた望みじゃないか。

 思うに、人生も徐々に劣化・摩滅していくから良いのだ。人生はリセットできない。リセットしたふりをしても、それまでに犯したミスやヘマや恥は、忘れることはできない。世界中の人が忘れてくれたって、僕は憶えている。
 だけど記憶もいつか磨耗して、おぼろげになっていく。
 ラジオも、音楽も、人生も、同じものを違う言葉で指しているような気がしたのだった。