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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

NHK「坂の上の雲」良いね。久松五勇士「敵艦、俺も見ゆ!」

■スゲーぞ、NHKドラマの戦争映画
 学芸会のような大河ドラマ(「江」のことです念の為)が終わって、ハイビジョンの解像度と画角をフルに活かした大活劇「坂の上の雲」が絶賛放映中だ。今日は最終回一個前「敵艦見ゆ」、つまり日本海海戦の直前まで、ということで奉天会戦が見られるな!とわくわくして見たのだが、なんだか“阿部ちゃん支隊の敵中突破によって敵司令官が情勢を見誤り勝手に退却して日本が棚ぼたで勝ちました”って感じでちょっと消化不良なのだった。残念!

 先週の「二〇三高地」は良かった。柄本明扮する乃木大将の融通の利かなさがなんともドラマチックだった。火を噴く大口径砲や塹壕を掠めて飛ぶ小銃弾も素晴らしい。日本の映像制作もやっと良いCGを使うようになったって気がする。何より大勢の俳優を泥土の上を走らせて撮ってるのが素晴らしい。はっきり言って乱戦シーンは観客には意味がよく伝わらないのでドラマには不向きなのだが、それでもしっかり撮ってる姿勢が良い。日露両軍の軍装とか小道具も素晴らしいし、戦争映画ファンとしてはけっこう嬉しい作品なのだった。東宝が戦争巨編を撮らないんだから帝国軍人が活躍する劇映画はもう未来永劫見られないと思っていたら、なんとNHKが頑張ってくれた、これは現在の不景気を考えると奇蹟のような出来事だと思う。

 僕は陸上戦闘シーンが大好きなので、二〇三高地の理不尽な塹壕戦も、奉天のぶつかり合いも、見ていてわくわくした。と同時に、これまで見た戦争映画の映像と無意識に脳内で比べて「ここは凄い、ここはイマイチ」なんて採点していた。映像が鮮明すぎるので、どっかでキューが出て兵士たちがぶっ飛んだりしてるのがわかるのだ。あるいは、被弾したときの斃れ方が俳優によってまちまちで、物理的にちょっとこうは倒れないだろって感じたりもする。やだね、おたくは。
 でも総じて「坂の上の雲」は今時ありえないリッチな映像で、しかも緻密に設計してあって、手が掛けてある、リキが入ってる、素晴らしい仕事なのはこの上なく確かだ。こんな作品の重箱の隅をつつくのはくだらないことだ。

 そして二〇三高地、旅順要塞が落ち、奉天会戦が終わると日露戦争の陸上戦闘は一段落する。あとは最大の山場・日本海海戦を残すのみ。これまで僕はこの連続ドラマをあんまりきちんと見てこなかったのだが、連合艦隊が波濤を蹴立てて進む映像ったら素晴らしすぎますね! 勇ましく、雄々しく、重々しく、かつ重苦しく悲劇的だ。しっかり作り込まれた甲板で体操する水兵たちの肉体と、分厚い鉄を感じさせる船体の対比を見ていると、ここで汗血を絞る彼らの悲劇性がじわっと伝わってくる。そして再び波濤を蹴立てる聯合艦隊、やっぱりかっこいい。しびれる。「皇国の興廃この一戦にあり…」が伝声管で次々と伝えられるところなど、軍艦・艦隊というシステムの巨大さと、それを人力で動かしていた凄みが存分に再現されている。いやー、いい仕事してるなNHK!と思う。陸上戦闘に比べると、格好良さのスケールが違いすぎる。阿部ちゃんが馬で雪原を疾駆してみせても、CGの戦艦が巨砲をぶっ放すのには負ける。残念だ。

 もう一つ素晴らしいのは、今日の回は本木扮する秋山弟中佐が帰宅するシーンがあったこと。路地のシーン、箱膳や卓袱台が出てくる食事シーン、井戸端のシーン、いずれも素晴らしい。ていうか明治維新から三六年しか経ってない、まだまだ生活は江戸時代と変わらない日本の町。これと、波を蹴立てる聯合艦隊の対比が素晴らしい。貧しい日本が一生懸命お金を貯めてやっと持てた艦隊が、ロシアの大艦隊と雌雄を決するのだ、という緊張感がしっかりと描写されている。良いと思います。

■なぜ今、日本海海戦なの?
 赤井英和扮する鈴木貫太郎駆逐隊司令がちらっと出てきた。後の侍従長大東亜戦争終結時の内閣総理大臣である。これも良い。
 つまり、日露戦争とくに日本海海戦は圧倒的な、ワンサイドゲームの大勝利で、この後の帝国海軍軍人のプライドの根幹となったのである。とくにこの海戦の現場に居合わせ、功を立てた者は建軍以来というか本邦始まって以来の大英雄たちである。彼らの後輩はみな、彼らのようになりたいと強く願ったのだ。戦で功を立て名を上げたいと。そうした人たちの意志が結集して、大東亜戦争が始まり、日本は大変な負け方をした。大東亜戦争の敗戦は、日露戦争(なかんずく日本海海戦)の大勝利によって胚胎された。この鈴木中佐がチラと出てくるのはまことに象徴的である。

 NHKは今なぜこんな大金を掛けて素晴らしい劇映画を撮って放映するのか。日露戦争、あるいは小説「坂の上の雲」に著しい今日性があるから、なんだろう。それって何なのか。NHKが企図するのは何か僕にはよくわからないけど…。

 今日、世界は金融システム方面に大変なストレスが集まり、壊れてしまいそうである。世界中で金融を動かしているのは、物凄く賢い人たちばかりなのだが、なぜか昔と同じ轍を踏む。日本は課題先進国で、他の大国たちが経験したことのない事象だの状況だのをつねに最初に経験している。大規模テロ、巨大自然災害、長期不況、デフレ、政府債務の巨大化……。ここから世界各国の諸賢はぜひ多くを学んで、世界が不幸にならないよう舵取りしてもらいたいものだが、どうも世界の諸賢は日本の官僚や政治家よりも莫迦が多いのか、全然日本に学んでない感じだ。いや日本の官僚と政治家は風采はいまいちでも実はとびきり優秀なのかもしれん。イタリア人男性とかみんな格好良いけど、トップはベルルスコーニだもん、ひどいもんだ。

 話が逸れたので舵を戻すと、日露戦争の奇蹟の勝利が太平洋戦争の決定的敗北を用意したように、世界各国の繁栄が同じ各国の没落や崩壊を準備している。いつもいつも。長期不況にあえぐ日本は、たった二十数年前には世界を制覇したみたいな有頂天にあった。そこから転落したのは「油断したから」なんかじゃなくて、人口減などは繁栄していた当時から準備されていたのだ。アメリカの長期の繁栄も、赤字国債による購買力の先取りでしかなかったし、EUの繁栄も、南北格差を不可視にしていただけだった。全部、昔から、今日の危機の種が用意されている。

 歴史というのは皮肉なものだ。こうしてわかったようなことを書いてる人も、判断すべきときには必ず間違う。残念なことだ。明治維新から三十七年で日本は日本海海戦勝利の美酒を味わった。そこからたった四十年、原爆二発を含む爆弾・ナパーム弾で町々を焦土にされた。そこから四十年でプラザ合意(バブルの始まり)、そこから今は四半世紀。まだまだ決定的な状況には遠いかもしれない。さて来年はどんな歳になりますかな。

 なんて悲観的で吝い物の見方をしなくても、「坂の上の雲」は映像的な快楽がたっぷりある(つまり見ていて楽しい、美しいということ)素晴らしい作品なので、見てない方は見ると良いと思います。あと一回だけだしね。

■「敵艦、俺も見ゆ!」久松五勇士のこと
 宮古島の久松という地区のとある公園に、五人乗りカヤックを模した記念碑が建っている。「久松五勇士」記念碑である。ちなみに同名の銘菓もあり、美味しいです。
 久松五勇士とは、1905年の五月、つまり日露戦争最大の山場・日本海海戦の直前にあった小さなエピソードである。
 ドラマで本木・秋山弟中佐が「バルチック艦隊はどっから来るんだ!」と苛々していたように、当時最大の懸案はロシア帝国太平洋艦隊の増援がどのルートでウラジオストックを目指しているか、ということだった。聯合艦隊は最短距離の日本海側・対馬沖で待ち受けている。しかし長駆、太平洋側を通って津軽海峡なり宗谷海峡なりを通って出し抜くことだってできる。だから聯合艦隊は当時としては破格の規模の哨戒艦隊を浮かべて敵艦隊の捕捉に努めた。飛行機もレーダーもない時代のことですから、艦隊決戦の準備が万端整ってても、会敵できなくて戦えませんでしたごめんなさい、ということがあり得るのだ。
 五月二三日、宮古島の沖合で那覇の帆船が操業していると、北上する大艦隊を目撃した。日本の艦隊ではない! 帆船は宮古島に寄港し、露国と思しき艦隊目撃の一報で島は大騒ぎになった。日本中がバルチック艦隊の動静に注目しており、宮古島も例外ではなかったのだ。しかし宮古の人たちは日露戦争の成り行きとか情報をどうやって得ていたのかな。宮古毎日も宮古新報も当時はなかったしな。
 そして残念なことに、宮古島には電信施設がなかった。この、日本中が知りたがってる、とくに聯合艦隊が喉から手を出して欲しがってる情報なのに、報せるすべがないのである。困った。そこで宮古の人たちは、久松(松原と久貝)の勇者五人に日本の運命を託したのだった。すなわち松原の垣花善・垣花清・与那覇松・与那覇蒲と久貝原の与那覇蒲である。彼らはサバニという手漕ぎの刳(く)り船に乗り、百七十キロ離れた石垣島を目指したのである。そして見事、五月二七日に石垣島の郵便局から電信を打ち、貴重な情報は那覇から大本営へと届いたのだった。
 残念ながら、タッチの差で哨戒艦信濃丸が「タタタタタ(敵艦見ユ)」を打電した後だったのだけれど。
 すごい頑張ったけど最初の通報者にはなれなかった。ちょっと残念だ。でも、彼らの偉業と勇気は何ら曇るものではない。なにしろ、波の彼方の石垣島へ手漕ぎの(オールじゃなくて櫂だし!)カヤックで漕ぎ着け、さらに山道を三十キロ走破して、朝の四時に郵便局に駆け込んだというのだ。そう、石垣島は広い上に山あり谷ありなのだ。よく道がわかったよね! 僕は平坦な宮古島ですらカーナビ付きの車で道に迷うよ。
 もしかすると、サバニで八重山へ行くのは最初じゃなかったかもしれない。太陽と星で航海することができたのかもしれないし。でもやっぱり凄いよ。秋山海軍中佐も凄かったし秋山陸軍少将も凄かった。けど、久松の五人も凄かった。何が凄いって、帰りはどうしたんだろうね!? 電信を無事打電したってわかったら、彼らは「あ、ありがとうございます。じゃ、ワンらはこれで」なんて言って、また三十キロの山道を歩いて、サバニ漕いで宮古へ帰ったんじゃないかな!? それとも八重山の人の帆船に曳航してもらったんだろうか? いやー、どうだろう。
 宮古島では毎年トライアスロンが開かれるけど、どうだろう、五人チームの手漕ぎ舟で宮古→石垣を漕破して、さらに三十キロのクロスカントリー八重山郵便局を目指す、ってレースをやったら? 鉄人レースより過酷で危険だと思うよ!(こういうのオーストラリア人とか好きそうだよね。そして、ロシア人チームが勝ったりしてねw)

銘菓・久松五勇士はここで買えます。