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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

クラレンス・クレモンズの死、近所の猫の死、ロックとは何か、を考えた

クラレンス・クレモンズの訃報に接して
 今朝のインターFMバラカン・モーニング」で、脳卒中?で手術を受け療養中のクラレンス・クレモンズが亡くなった、と言っていた。ググってみると日本のファンも大勢が訃報をブログに書いていた。
 クラレンス・クレモンズといってピンと来ない人は、「ブルース・スプリングスティーンのバックバンド(Eストリート・バンド)のサックス奏者」と言えばわかるかな。僕は90年代からスプリングスティーンをあまり聴かなくなった(アコースティックアルバム「ゴースト・オブ・トム・ジョード」は例外的に聴き狂ったけど)ので、クラレンスがその後どうしてるかは全然知らなかった。
 70年代のスプリングスティーンのアルバムにクラレンスのサックスは欠かせなかった。僕も彼に憧れ、学生時代にアルバイトしてアルトサックスを買って夜の運動公園で練習した。一度、ものすごく思い通りに音が出て、「ジャングル・ランド」のサックスパートが信じられないほど上手く吹けたことがあって、朝までずーっと吹いていたことがあった。あれは名曲だし、気持ちよいソロです。
 それから二十年以上経ってクラレンスの訃報を聞いた次第。享年六十九とのこと。


■近所で野良猫の死骸を見つけて
 数十分後。通勤の人たちが忙しく駅に向かう時間帯、僕はコンビニから帰り道だった。裏道を歩いていると、猫の死骸があった。車に轢かれたようだ。小ぶりなメスの成猫、淡い色のトラ猫だった。死骸は朝の住宅街ではとんでもなく浮いてる。どうしよう?
 こういうとき、区役所か清掃局に連絡し、引き渡し場所を確認して、箱に入れて待っていれば回収してくれる。僕はそれを知っている。一度、雑司ヶ谷に住んでいたときやっぱり近所の猫が轢かれて死んだのでそうやって回収してもらったからだ。あの時は目の前で轢かれたのだ。ぐんにゃりとした猫が僕の手の中で息を引き取り、僕は成り行きで死骸をアパートに持ち帰って段ボールに入れて清掃局を待った。待ってる間に猫のノミが死骸からぞろぞろと出てきたのにちょっと感動した。ああこういうことってホントにあるんだね。
 でも、今回同じように回収してもらうのは、なんだかこの死んだ猫に悪いような気がした。誰にも看取られずに死んで、廃棄物として回収されるのは哀れじゃない?
 すぐ近所に誰も利用しない小公園があるのを思い出した。そういえば僕は移植ごてを持っている。埋めよう。違法かもしれんけど、僕は埋めたい。
 家にとって返し、移植ごてを持って戻った。死骸を持ち上げて公園に運ぶ。死骸はかちかちに硬直していて、この猫はたぶん何時間も前、暗いうちにはねられたんだろうと見当が付く。猫は横断中に車のヘッドライトを直視すると硬直して動けなくなり、轢かれるのだ。こういうとき硬直しないように進化するといいのにな。
 公園の隅の花壇に適当な空きがあった。見捨てられたような荒れた公園で、花を付ける植栽がない。移植ごてで花壇を掘り返すと、土にはビニールなどの様々なゴミが混じっていた。なんだか哀しい公園だ。こんなとこですまんな、猫。移植ごてで二十センチ近く掘るのは大変だ。しかも猫は四肢をぴんと硬直させてるので広く掘らなきゃいけない。凄い勢いで藪蚊が寄ってくるし。ちっ。でも僕は蚊に噛まれても痒さを忘れることができるという特技がある。この能力は坐禅でもすごく威力を発揮するよ。
 なんとか彼女の全身を納める穴を掘れたので、骸を置き、土をかけた。花壇の隅の土はゼニゴケやカビの匂いがし、ゴミの混じる残念な土だ。僕は死んだ者を送る祈りや経文を知らない。粗末な弔いだが、こうやって手を動かしたことに免じて安らかに成仏しておくれ、猫や。
 先週から坐禅教室に行ったりしているので、ちょっとセンチメンタルというか、死骸を廃棄物にはできんよね、という気がして、こんなことをしてしまった。花壇の土の下では地虫が寄ってきたりバクテリアが殖えたりして彼女の死骸は分解していくだろう。途中悪臭を発することもあろうが、人家は遠いので迷惑にもならんだろ、と。
 思い出したけど、禅宗の文献は成仏とかって言葉がいっさい出てきませんね。お弔いについても述べていません。だから猫を葬りたくなったことと坐禅教室はまったく関係がありません。けど関係があるような。よくわかりません。


クラレンスのサックスが一番素敵に響いた時とは
 クラレンス・クレモンズのアルバムを1枚だけ買ったことがある。「ヒーロー」(1985)、池袋のタワーレコードかHMVだった。かなり期待して聴いたんだけど、毒っ気のない明るい音に閉口して、数度聴いただけだった。その後、「クラレンス・クレモンズはSGI(創価学会インターナショナル)の会員」という噂を聞いた。うーん、そう言われるとそれっぽい、前向きな、ネガティブなところの一切ない音だったなあ。不自然なくらいというか。
 彼がほんとにSGI会員だったかは知らない。また、このアルバム制作時に会員だったかも不明。だから発言は偏見なんだけど、自身の名で出したこのアルバムはあんまり良い出来じゃあなかった、と僕は思う。やっぱり僕にとって彼の最高傑作は「ジャングル・ランド」でのプレイであり「ハングリー・ハート」のバリトンであり「ボーン・トゥ・ラン」「ダンシング・インザ・ダーク」もろもろのスプリングスティーンの曲でのアクトだ。
 何が違うのか。クラレンスのアルバムにはジャクソン・ブラウンが参加してたりとか、玄人的な聴き所はけっこうあるらしいが僕にはピンと来ない。対してスプリングスティーンの曲は、今でこそ歴史的な名曲ばかりだけど僕が聴いてた頃は「ボブ・ディランの再来」とか言われてて、才能あるけど二番煎じかも、という扱いだった。少なくとも「ザ・リバー」(1980)が出るまではそうだった。
 高校生になったばかりの頃、まだ「リバー」を聴いてない頃、僕の周りのちょっと尖った連中は、それぞれ好きな洋楽バンドがあり、スプリングスティーン好きなやつは「アメリカじゃ朝からラジオで『ボーン・トゥ・ラン』が流れてるんだってよ。いいなあ」なんて言ってた。安心しろ、今インターFMじゃ朝からそんなのバンバン流れてるから。三十年経って追いついたよ。
 それはさておき、「リバー」って世界史的傑作が出る前から僕らはスプリングスティーンが好きだったのだ。ストーンズやフーも好きだったしドアーズもだし、ツェッペリンにも夢中だったけど、スプリングスティーンは特別だった。なぜかというと、彼だけが僕らと同時進行中の事態だったからだ。他のバンドも最高なんだけど、他は評価の定まった、僕らより一段も二段も高いところにあるバンドだった。僕らと一緒に歩んでいる実感はなかった。
 実際、ドアーズはジムが死んで十年くらい経ってたし、フーもキースが死んで活動停止中、ストーンズは順調に働いてたけど日本に来れないことは確定的、ツェッペリンも休止中、ロックもロールも停まってたのだ。ロンドン・パンクの運動はあったけど僕らの方まで聞こえてこなかった。ピストルズの存在を知った頃にはもう解散してた、ってくらい情報が遅かった。
 だけどスプリングスティーンは違った。一緒に歩んでる感覚があった。業界の位置的にも、ロックの権威ではなく、権威に抗う、挑戦する立場だった。徒手空拳で、Tシャツとテレキャスター一本で聴衆に向かって立つ彼の姿は、ギンギラの衣装でアンプを積み上げたステージで歌うロックの大御所たちとは違って見えた。当時はそういうことを考えなかったけど、今にして思えば、僕らはスプリングスティーンのそういうところが好きだったのだ。


■僕は曹洞禅が好きなんだけど、それはなぜか
 僕は今、坐禅に夢中だ。昨日も教室に行ってきた。楽しい。寝る前に現代語訳『正法眼蔵』を読む。すぐ眠くなる。禅に関しては日本語の本よりもAmazonで手に入る英語のガイドブックのほうが易しくてわかりやすいと思ったり。Kindleを持ってない人でもiPhoneAndroidのアプリを導入すればすぐKindleストアの本は読める。そして、ZENで検索すると無料の本もあるよ。
 僕はなぜ坐禅に惹かれるのか? いろんな宗教があるけれど、禅はちょっと他とは違うような気がする。身体的な、体感できる修行をすぐに実践できるのは嬉しいし、死について語らない、成仏とかそういうことを言わない、仏とは何かというとただこうして坐って修行することが仏なのだよ、みたいな訳のわからないことを言うけれど、極楽とか地獄とかって話にはまずならない。ちょっと違ってると思う。
 僕が通っている教室は曹洞禅なのでとくにそう思うのかもしれない。臨済宗は公案中心(Eisai introduces koan-oriented Rinzai sect of Zen.)、曹洞宗は坐禅中心(Dogen founds zazen-oriented Soto Zen.)という(括弧内は英語のガイドブックの表記。わかりやすいでしょ)。また、これは良い言葉ではないかもしれないが「臨済将軍、曹洞土民」と言われるらしい。臨済宗武家の支持を得てて、臨済宗に帰依した戦国大名も多い。細川家とか今でも臨済宗だ。千利休臨済宗の影響が大なので、茶の湯や華道も臨済禅から生まれたと言ってよいだろう。対して曹洞宗は庶民に支持された。公案ももちろんあるんだけど、形而上的なやりとりよりもまずは身体的な坐禅を、という姿勢がわかりやすくてよい。「とにかく黙って坐ってごらんなさい、それが仏の御心ですよ」みたいなスタンス。
 臨済宗系の教室に行ったことはないけど、僕はやっぱり曹洞宗が好きというか合うんじゃないかなと思う。ちなみに、一休さん臨済宗の高僧で、良寛さまは曹洞宗です。この違いなんだよな、僕の好みは。


■禅はパンクだ。そして仏教はロックだった
 どういうことかというと、禅宗仏教の中でもとくにパンクなのだ。とくに曹洞禅は、僕好みの土着なパンクに似てるような。
 復習してみよう。パンクロックとは何か。パンクとは、何かを考え、既存の権威に刃向かい、技術的には洗練されていない(はっきり言えば下手な)、徒手空拳の若者たちの音楽ムーブメントだ。革命とは「何かを変えよう」という意志だ。何を変えようとしたのか。僕には、「ロックを俺たちの手に取り戻そう」としたように見える。70年代中葉、ロックは誕生から二十年ちかく経ち、ビジネスも成熟した。映画「ファントム・オブ・パラダイス」(1974)に描かれたように、ロックが作り手からレコード会社へと奪われるような非人間的な事態も起きていた。音楽それ自体も、容易に真似ることができぬほど技巧的になり、日常生活でふと口ずさむことができない音楽に成り果てていた。音楽に感動してギターを手に取った少年が、真っ先にその気持ちをぶつけたいのに難しいセブンスコードの練習を経なければいけないのはなぜ?と挫折していく。それじゃいけない、音楽は俺たちのもののはずだ、とスリーコードと単純なビートだけで立ち上がったのがパンクという音楽運動だったのだ。と言っていいでしょうか?
 僕たちの側にいたはずのビートルズが教科書に載るようになり、ツェッペリンは難しくてコピーできず、プログレももう飽きたし何歌ってるかわからないし…という時にパンクは現れた。キッスは割と単純で良い音楽をやってたけど、あれは今にして思えばディズニー的な見世物で僕らの側の音楽じゃなかった。僕らにとって切実な音楽は何か……がパンクに結実したのだと、思う。
 僕はこう思ってるので、スプリングスティーンも僕の中ではパンクなんですよ。ラモーンズとはだいぶスタイルが違いますけどね。


■800年前のパンク運動
 思うに、鎌倉時代というのは日本におけるパンク・ムーブメントだったのではないか。当時の仏教界は比叡山天台宗が大メジャーで、貴族は自身の極楽往生を願って曼荼羅を模した豪華な寺院を競って建てていた。僧侶は知識を独占した階級で、政府の政治顧問であり高級官僚だった。地を這うようにして生きる民草のための仏教は見当たらない。
 そこに比叡山で学んだ法然が浄土宗を開き、金も力もない一般民衆のための教えを唱え始めた。本来なら法然は高級官僚になるべき人物だ。同じく官僚候補生だった親鸞が彼に入門する。親鸞は後に浄土宗(Pure Land, Jodo sect)のライバル・セクトである浄土真宗(True Pure Land, Jodo Shin sect)を開く。真宗と浄土宗がライバル関係かは微妙だが、ざっくり世界史的に書くとともかくこうなるのだ。
 一方、同じく比叡山で学んだエリート僧の栄西南宋に留学して禅宗を持ち帰る。外から新しい概念を導入することは革命・変革の重要な要素だ。行き詰まったロックがレゲエを“発見”して息を吹き返したように、禅は当時の仏教界への強烈な刺激になったようだ。とくに、天台宗にほぼ独占されていた権力者層への浸透は興味深い。そこで栄西が精力的に行ったプロモーションもたいへん興味深い。天台宗と対立したせいか真言宗に近づいたりして、既存権威との政治的な調整を行うあたり、さすがと思う。
 道元南宋から帰ってきたエリート留学僧だ。留学してない親鸞などと比べると留学組は金銭的に恵まれてただろうし、かつ既存の権威ともけっこううまくいってたと言ってよいだろう。だが道元の教えは権力者ではなくどちらかというと一般民衆に近い人たちへと支持を広げていった。
 そして鎌倉ニューウェーブ仏教の掉尾を飾るのは日蓮だ。千葉(当時の文化先進地域)生まれの彼は比叡山三井寺高野山東寺などあっちこっちの名門に遊学している。京大・阪大・東大・フルブライト留学と名門を遊学して回った小室直樹みたいだ。そして鴨川に帰った彼は法華宗(new sect stressing chants toLotus Sutra)を開く。原理主義的で戦闘的な彼の態度は鎌倉仏教の開祖たちのなかでもとりわけパンクと言えよう。後に日蓮宗は、キリシタンよりも危険として弾圧された不受不施派を生んだり、血盟団事件や226事件の背後に日蓮宗に帰依した知識人がいたりと歴史に特異な爪跡を刻んできた。そして今は日本最大のアクティブ宗教団体・創価学会がある。霊友会立正佼成会もそうだし、七百年経っても日蓮の魂はシャウトし続けている、と言えるか。
 鎌倉仏教の開祖たちはみな魅力的で、ジョニー・ロットンピストルズ)、ジョー・ストラマーザ・クラッシュ)、ボノ(U2)、イギー・ポップ、などなど大好きなアイドルたちを連想させる。誰が誰に比定されるかは各自のお好みで決めてください。え? 発想が「戦国鍋TV」レベルだって? ごめんなミーハーで。でもパンクムーブメントのようなことは世界史上のあちこちにあって、ルネサンス宗教改革もそうだって言えるし、あの長い長いエジプト文明にだってアマルナ様式というパンクなムーブメントがあったというか、これはたぶん歴史に対して人間の身体性が反射して起きる普遍的な出来事なんだと思う。
 ところでWikipedia一休宗純を開いて見てほしい。彼の肖像画忌野清志郎そっくりだ。笑っちゃうほど。


■出版界でもパンク運動は起きている?
 唐突だけど、先日、『報道と隠蔽~ゲンパツから遠く離れて~一人ひとりの「悲しみ」「喜び」と向き合うために』を無双舎から刊行した今井照容さんと会って飲んだ。teruさんは今後も精力的にブログと紙の出版を続けていくそうだ。僕には最初、彼のやってることが、倒れゆく出版産業のなかで蟷螂の斧のような行為に見えて痛々しかった。だけど、震災と原発事故、そして変節を続ける大新聞の言動を検証した『報道と隠蔽』を読んでいくと、「これはこれで、パンクな運動なのかもしれない」という気がしてきた。
 ピストルズやクラッシュは、ロックを自分たちの手に取り戻すために立ち上がった。
 法然道元日蓮は、遠いものになってしまった仏の教えを、自分たちの手に取り戻すために立ち上がった。
 teruさんは、自分たちのリアリティから離れ、巨大産業に変貌し、あげくに倒れつつある出版・報道を自分たちの手に取り戻すために自分の本を出し続けていくのではないか。
 teruさんだけではない。紙の出版じゃなくて電子出版で自分のブランドを立ち上げ、言論を自分の手に取り戻そうとする人たちがいる。今はまだ目立たなくても、じきに彼らの名前は知れてくるはずだ。


■誰が宗教にハマッてもかまわない、と思う
 僕はさいきん、新宗教についても以前ほど拒否感が持てなくなった。坐禅に惹かれる自分のことが、80年代にオウムに惹かれたインテリたちとすごくかぶって見えるし。他人事じゃない。会社員時代には宗教に惹かれる人のこと理解できなかったけど、それは自分が会社というセクトにはまっていて他が見えてなかっただけだったのかもしれない。
 ヒトが何かに惹かれるのは不自然なことではない。とくに迷妄を自覚した寂しい現代人が、歴史の継続性や宗教の包容力に親近感を抱くのは自然なことだ。厳しい環境に生きるヒトには何か自分以外のものが必要なのだ。
 クラレンス・クレモンズがSGIだったかも、というのも僕はとくに否定的なニュアンスで言ってるのじゃない。作品がつまんなかったなー、というのは残念だが、宗教に入信すること自体、とくにコメントすることもない。彼は長らく体調が悪かった、ということをどこかで読んだ。身体でも心でも不調だということ、悩み苦しみがあることは辛い。苦しみがやわらぐならどんな宗教に入ろうと誰も責めることはできないと思う。
 ミュージシャンと宗教は相性が良いというかよくひっつくし。それだけ苦悩も多い生き方なのかもしれない。それこそ創価学会には他にも綺羅星のごとくタレントが入信してるし。そういえば昔レナード・コーエンも禅にはまって頭を剃ってたナ。ザ・ブルーハーツのメンバーもそれぞれ自分の宗教を持っていたらしい。ブルーハーツ、ライブで見たときは「こいつらなら喧嘩して解散とかしなさそう」て思ったけど、やっぱりいろいろあって解散した。仕方のないことだよ、人間である限り。と思う。


 僕は個人的には、被差別民たちと手を携えた親鸞浄土真宗や、民衆の間に分け入った一遍(時宗)、そしてシンプルライフでアクティブな曹洞宗道元が好きだ。スタインベック怒りの葡萄』を歌にしたスプリングスティーン(「ゴースト・オブ・トム・ジョード」)と彼らとは、時代や国が違ってもずっと同じ高さに立ち続けているような気がしている。