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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

文春新書『出版大崩壊 ―電子書籍の罠―』(山田順)を読む!

 おひさしぶりです。いろいろあったり地震原発にガクブルしたりしてすっかりブログのこと忘れてました。
 今日は、これは僕も読んで何か言わなきゃ!という本があったのでご紹介します。と超久々にブログ書きますわ。
 Amazonの順位、高いですね。今夜は総合 549位。


【僕から見た著者、紹介】
 著者について書きたい。細かいことは本書カバーの袖やwikipediaに載っているので、ここでは僕から私的な紹介をしたい。
 本書の著者は、僕が働いていた会社の先輩で、同時期に希望退職で会社を辞めた。僕は編集者としても会社員としてもヘボヘボだったが、彼は違う。80〜90年代は女性週刊誌でブイブイ言わせ、00年代にはそれまでなかったタイプのノンフィクション書籍シリーズを立ち上げ、成功させている。あの時会社を去った仲間のうちでも“大物”と思う。

 本書の著者略歴を見ると僕より13歳上だ。知らなかった。十年ほど前、同じ編集部で働いていたけど、そんなに年上だとはまったく気づかなかった。エネルギッシュでフットワークも軽く、膨大な資料も一晩で読破するようなガッツと体力があった。麻雀をやると、明け方みんなが朦朧とした頃にいきなり役満をツモるような人だ(僕も何度か被害に遭ったw)。
 僕は彼が指向する企画が好きだった。後に「ペーパーバックス」のシリーズを立ち上げて彼はその企画力を全開させるのだが、それ以前からも鋭かった。すでに斜陽だった実用(?)新書シリーズでまったく無名の著者のデビュー作を10万部へと伸ばしたこともある。
 周囲への影響力も大きな人で、僕も大いに彼にかぶれた口だ。いつも自信満々で、人を呑むような話し方。横浜とか鎌倉の出だというが、ラフだけど微妙に優しい独特の距離感があった。

 実は前回のエントリで言及した“副島隆彦先生との確執”を起こしたのも彼だ。『属国・日本論』を読み、興奮して「ソエジマに本書いてもらおうぜ!」と言い合った、その何年も後のことだ。僕が編集部から去ってしばらくして彼は副島先生の本を刊行したが、何か行き違いがあったのかその本の文庫は他社から出た。そして副島先生の本と酷似した本の刊行、副島先生からの抗議、となったわけだ。
 僕は副島先生も好きだし彼も好きだ。お二人とも人間の熱量が高くて、近くでずっとつきあってると正直ちょっと疲れる、という共通点もある(笑)。だからあの抗議の面談のときはほんとに辛かった。ホントに。だからといって僕のとった卑怯な態度が許されるわけじゃないけれど…。

 去年の4月頃、会社を辞めようかどうしようかと水面下で話していたとき、彼は「会社辞めて電子出版やるよ」とひそかに、だけど高らかに宣言した。もし辞めたらどうするか、ビクビクガクブルしていた僕には、ずっと遠方を見据える彼の視線がまぶしかった。


【『出版大崩壊』の世界観】
 本書は、そんな彼が1年弱の挑戦を経てたどり着いた結論を包み隠さず書いた、リアルな思考の記録だ。電子書籍、電子出版に関する本は多いけど、「失敗したよ」とあけすけに書いた本は僕は知らない。あります? ないでしょ。希有な本なんですよ。やっぱり彼の企画力は凄いと思う。

 目次を見てみよう。

第1章 「Kindle」「iPad」ショック
第2章 異常な電子書籍ブーム
第3章 そもそも電子書籍とはなにか?
第4章 岐路に出つ出版界
第5章 「中抜き」と「価格決定権」
第6章 日本市場の特殊性
第7章 「自炊」の不法コピー
第8章 著作権の呪縛
第9章 ビジネスとしての電子出版
第10章 「誰でも自費出版」の衆愚
第11章 コンテンツ産業がたどった道

 これを見るとわかるように、本書は昨年くらいからの業界動向を時系列で紹介しながら、著者が体験することになった“電子書籍の罠”へと話が展開していく。読んでて気づいたのだが、業界動向についての記述は著者のブログ(http://www.junpay.sakura.ne.jp/)の過去エントリと重なっている。
 電子書籍とか出版業界動向に興味のある人なら、「ああ、アレアレ」と思い当たるようなトピックが多い。著者独特の見方・切り口が新鮮な部分もあるが、おおかたは業界の共通認識だったりする。実はけっこう堅実なものの見方をする人だ。
 著者は、かつて編集長として立ち上げ成功させた「ペーパーバックス・シリーズ」で、日本の財政破綻・雇用崩壊・裏社会・世代間闘争といった刺激的なテーマの本を次々出してきた。恫喝系というか「日本は○○で崩壊する!」というのが好きな人なのだ。僕も好きだったけどね。
 だから本書の主題・副題が「電子書籍が出版を崩壊させる」と読めたときも、「ああ、いつもの彼のカマシか?」と腑に落ちた。意外性がないというか。でも、実際に読んでみると違ったのだ。
 

電子書籍の罠にはまった著者の肉声が聞こえる】
 彼がこれまで出してきた本と本書が決定的に違うのは、ここには彼の実体験が込められていることだ。
 何しろ、彼は会社を辞めたとき本気で「電子出版やるから。最初は金にならないけどね」と言っていた。iPad発表から発売までの興奮した世間の空気があったけど、それらとはまた違って凛とした感じで未来に向かおうとする決意が感じられた。かっこよかった。それがなぜ、ここまで「ダメ」と断言するほどになったのか。
「第9章 ビジネスとしての電子出版」のなかのp169「ロサンゼルスから来た若きIT起業家」、p171「画期的な電子書籍サイトの誕生?」と題されたあたりから、その間の事情が綴られている。ここ猛烈に面白かった! ある人物と組み、失敗した話がけっこう赤裸々に書かれているのだ。あのプライドの高い彼がここまではっきり書いたのか!と僕は驚いた。そして、ああやっぱり僕はこの人好きだなあ、と思ったのだ。やっぱダイナミックだ。
 彼の失敗というのは、一言でいうと、起業する際に選んだパートナーがダメだったのでビジネスが立ち上がらなかった、ということらしい。よくある話だと思う。だけど、早期に失敗したおかげで傷が浅くて済んだ、と著者自身ホッとしているふしが感じられる。もしも組んだ相手が優秀な人で、事業は立ち上がって毎日電子書籍を作り続けなければならなかったら…? しかもそれが売れて金になるアテはまったくない! 経費は日々膨れあがる! …なんて地獄のような日々が待っていたかもしれない。


【つい著者に突っ込みたくなる俺ガイル】
 それにしても、著者自身を知ってるので突っ込みたくなるところがあるのだけど…。
 たとえばp173の見出し「ウィキペディアに自分を書き込む神経」ってとこ。これ、件の若きIT起業家のことを指しているのだが、そんなこと言ってあなただってウィキペディアに自分で自分の項目立ててるじゃないですか!(笑) まあ、あなたの場合、出自や作品がちゃんとありますからウィキに載せる意義はわかるんですが…。
(※ご本人から「あれは第三者が立てた」とクレームをいただきました。失礼しました。訂正してお詫びさせていただきます)
 それとか、「第4章 岐路に出つ出版界」のp81「どう考えても、損益分岐点割れなのに発行されている本も珍しくないのではないか」、p82「私は『もうこんなに出すのは止めようよ』と、何度か言ったことがある」、同「販売関係部署も点数増に加担する」……。エッ、そんなこと考えてたんですか! 僕は営業部であなたが編集長やってたシリーズも売り歩いてたんですが、僕らもまったく同じこと考えてましたよ! 完全に同意見だったんですね! と驚いた。
 実は、販売営業にいたとき、書店も僕ら現場の営業も「新刊点数をなんとかして減らせないか」と真剣に苦悩してたんだよね。書店の現場は物理的にこの膨大な新刊点数を捌くのがムリ、と。僕らは、部数が少ないのにこんな点数出すからかえって返本率が上がるんじゃんかよ! 返本率下げたいなら新刊絞ろうよ! と、ことあるごとに上に言ってたのだ。とくに、企画書段階から売れそうにないとわかっているペーパーバックス、これは出さずにおこうよ、返本来たって改装して再出庫することもできないんだよ、カバーがないと…とボヤいてたものだ。それが、なんと「販売関係部署も点数増に加担する」ときたか。うーん。
 思うに、出版社のやってることは日本の原子力政策に似ている。現場はどこも「こんなことしてちゃダメだろ」と思っているのだが、なぜか止まらない。そしてついにメルトダウン一歩手前までやってきた。


【戦慄の結論、同意するしかない】
 いろいろ突っ込みたいところはあるけれど(とくに私的な部分に突っ込みたいけれど)、本書の結論はシンプルだ。
「第10章 「誰でも自費出版」の衆愚」p209「情報が飛躍的に増えてなにが起こったか?」で著者はこう述べる。

 1週間に1冊とすれば月に4冊、年に48冊である。人生80年として、その間にコンスタントに本を読むのを60年として、2880冊である。たったこれだけだから、どうせ読むなら名作や古典、価値ある本を読みたい。しかし、それができないような状況が、いま起こっている。

 まったくだ…。Twitterで次々RTされるニュースを読まなきゃならないし、Facebookでは友達申請だのメッセージが飛んでくる。考えてみれば、僕は会社を辞めて家にいる時間がすごく増えたけど、読書量はものすごく減った。本を読んでる時間がないのだ。考えてみれば不思議なことだ。

 そして何より恐ろしい結論が示される。「第11章 コンテンツ産業がたどった道」、p229「デジタル化は失業を生み出すシステム」。これはまさにその通りで、僕も会社にいる頃、Adobe CSを使えばちょっとした宣伝物なんて一人でできるさ、と気軽にホイホイやってたものだが、それってそれまで外注してたデザイナーへの仕事を奪ってたんだよね。誰もがそこそこ高度なクリエイティブ?ワークができるようになった結果、外注する仕事といえば、賃金の高い正社員が時間かけてやるのはバカらしいような単純作業ばかり。業界で環流するお金の総量は激減し、業界に仕事の口も減っただろう。ハイテクは失業を創造するのだ。
 周辺を切り落とすことでなんとか今日まで生きながらえてきたマスコミ・出版産業だが、ここに来てハイテク化・省力化の波は社員自身へと向かい始めた。昨年僕はリストラで会社を辞めたが、残った社員たちの給与もどんどん減ると言われている。辞めても辞めなくてもみんな等しく貧しくなるのだ。なぜなら、お客さんの時間が減り、お客さんの総数が減り、お客さんの可処分所得が減るから。人口減で、ハイテク化で労働時間が激増し、なおかつ仕事のない人はまったくない、というおそろしいいびつな社会が到来したのだ。
 そしてこのたびの地震津波原発事故である。印刷所には印刷するインクと紙がなく、配送する流通網がズタズタで、雑誌からは優良クライアントが軒並み去り、前年比は数えるのも恐ろしいほど隔たってしまった。


【結局、メディアはどうなるのかな】
 本書p237には「いまやマスコミは…(中略)…完全に『負け組』で、将来性はほとんどない」と悲痛な一文がある。いま30代目前でマスコミで働いている人はマジそう思ってるだろう。また、本書の著者のようにマスコミがもっとも輝いていた80〜90年代を知っている人も、そう思うだろう。
 だが僕はそうは思わない。負け組だなんて、失礼な。元に戻るだけですよ。明治だか大正の頃、作家はみんな貧しくぶらぶらしてて、あるいは生業が別にあって、作品が本になると大八車で神田の書店街まで運んで置いてもらっていたと聞く。編集は作家の仲間が交代で務めていた。けっきょく、メディアなんてそれくらいのものだったのだ、かつては。
 それがいつの間にか、大きく稼ぐという麻薬的なビジネスモデルが生まれ、そこで得られる膨大な利益に出版人は中毒した。著者が恐れおののいているのも、僕が退職前にくよくよ悩んだのも、すべては「余りにも成功していたから、そこから離れられない」からだった。

 もう一つ、本書を読んでわかったことがある。日本の市場の特殊性とは、「メーカーは『コンテンツがそろわない』と言う。コンテンツホルダーは『プラットホームが出そろわない』と言う」という、お互いおっかなびっくりで様子見してるようなヘタレに見えるってことだ。
 でもこういう状況は今年、転換すると思う。肚をくくった出版社各社が、いま電子書籍をコツコツ作っている。流通するタイトル数が一定量を超えたとき市場は臨界するんじゃないかと思う。それはすごーく低い温度での臨界かもしれないが、何が起こるかわからないのが市場だもの、期待してもいいと思う。
 もっとも、この地震原発事故で、市場は最悪の状況にある。とくに出版産業の収益の柱だった広告はやばい。広告という市場そのものが崩壊しつつあるように見える。じつは電子書籍云々なんて出版産業の収益の見取り図からすればほんとたいしたことはないのだ。業界をこれまでウハウハさせ派手に見せてきたのは、雑誌における広告料収入だった。あるいは版元によってはコミック。文字中心の電子書籍なんて、まだまだマイナーだからね。

 本書は最後まで示唆に富み、面白い。「おわりに」のp250からの独白とか僕はとても気に入った。
「オンライン生活というのは、ひと言で言えば『忙しすぎる』ということに尽きる。…(中略)…ITが発達すると、生活は便利になり、仕事量は減って、代わりに余暇が増えると言われていた。そんな時代が、いまはなつかしい」
 まったくだ。すべての間違いの素はここにあるような気がする。この人類史的な規模での大間違いに比べたら、電子書籍云々なんてたいしたことじゃないよーな気がするのだ。

 で、このブログ読むような人だったら、本書は絶対オススメですよ。ま、僕が言わなくてもすでにチェックしてるでしょうけど(Amazonの高い順位が示してますね)。山田さん、面白い本をありがとうございます!


(※追記。本書の著者は実名だし、かつて働いていた会社名も明記してる。けど僕はそこらをずっと伏せたままブログを書き続けてきた。彼の作品に感想を述べるのに、ややプライベートなことまで持ち出したのに、自分だけ匿名のままなのはなんかフェアじゃないので、僕も実名を名乗っておきます。僕は瀬尾健という名で著者と一緒の会社にいたのです)