新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その33 引き継ぎなう

 外を歩くと生臭い匂いがする。栗の花の香りだ。中学の頃はこの匂いかいだだけで顔が赤くなったけど、もう中年なのでそういうことはない。残念だ(何が?)。このブログを書き始めた頃は春だというのに氷雨が降ったりしていたが、季節は着実に初夏へ、夏へと動いている。会社を去る日も近い。ブログを終える日も近い。正直もったいない、と思う。今はこんなに楽しいのに、それが終わってしまうのが。
 でもなあ、高揚した後には必ず落ち込むからなあ。来月になったら無職になって、毎朝出勤する場所もなくなって、朝寝して昼頃起きて体調崩して膝を抱えて昼だというのに毛布かぶったりしてるかもな。碇シンジみたいに(十年前にうつ病やったとき、冗談で毛布かぶってみたら意外に楽になるのに驚いた。未経験の方、あのポーズはただのポーズじゃないんですよ。ところでシンジ君にはそーゆう印象があるけど本編でこのポーズが出てたかはもう忘れたなぁ)。


図書館が買ってくれる、ということについて
 昨日のエントリへのコメントで「図書館で本を借りて読むのは是か非か」という議論が起きてますが、僕からも一つコメントを。文芸書の初版部数がずいぶん少なくなった、という話を繰り返ししてるけど、ある程度知られた作家の作品だと図書館向けにまとめ購入をしてもらえる、という事実があります。たとえば初版五千部のうち図書館が千部買ってくれる、とか。全部の文芸書がこうして買ってもらえるわけじゃないけど(図書館が購入する作品にはいろいろ規定があり、それをクリアしたものだけが対象になる)、全生産量の二割とかが市場以外で売れるのは大きいよね。
 編集出身の経営者は「ベストセラーを図書館が大量に購入して貸し出すのはけしからん。機会逸失だ」と言ったりしますが、じゃあ何も買わないよ、と図書館がもし言ったらかなり困ったことになることまでは思いが至らないみたいで。もっとも、図書館が買ってくれることを前提に初版を決めるわけじゃない。図書館購入のオファーがあって喜んでたら、突然「規定に触れてました」と取り消しになったこともあるけど、そういう時はその分も一所懸命市場に出すわけです。
 余談ですが「寄贈」は大都市圏ではあまり喜ばれないようですね。寄贈したがる人が多いのと、寄贈したがる本と図書館が欲しい本は違うから。過疎地だったら寄贈も喜ばれるんじゃないかと思うんだが、そこまで持ってくのが大変だ。マッチングの問題は根が深い。


■リストラ後の人事が始まった
 どうやら会社では、僕たち野良犬組が辞めたあとの人事をどうするかが始まったようだ。やっと、である。他部署では「あいつを取られた」「まだ足りない」といった話をしている。とくに若手の草刈り場になったりする部署はすごく大変そうだ。この会社は若手自体が少ないからな。レッドデータアニマルの取り合いをしてるよーだ。
 僕がいる営業では辞める者がわりと少ないのでバタバタ度もそれなりだけど、それでも「何人規模に編成し直すのか」「誰が出て誰が残るのか」が先週までわからなかったため、僕の後任も決まっていなかった。それが今週、なんとか引き継ぎ担当が決まったわけだ。
 たぶん先週まで社内の水面下で交渉していたのが、今週は本人への打診と了承に段階が進んだんだね。
 前にも書いたけど人事にはコストがかかる。だが今回は自発的に退職者を募ったわけで、誰が辞めるか会社も予想ができなかったので、その穴埋めは想像以上に大変だ。マッチングの問題は根が深い。普通の人事が「15ゲーム」(正方形を16に区切って一マスを空け、残りに1〜15のピースをランダムに入れて揃えていくやつ)のようなパズルだとしたら、今回は空襲で穴だらけになった滑走路を戦闘中に埋めてまわってる、後ろでは戦闘機がエンジン回して待っている、くらい切迫度・バタバタ度が違う。殺気立ってるよ。
 人員縮小にともなって業務の仕分けもしなきゃいけないし、まったくリストラは大変だ。楽じゃない。残るみんなには悪いけど、残る側にならなくてよかったー、と思うよ。無責任でごめん。
 で、僕の引き継ぎ担当も決まったので昨日からマニュアルの整備を始めた。「どうせ引き継ぐことは決まってたんだから何で今頃マニュアル見直すんだ!」と思われるでしょ。すいません、やっぱり具体的な引き継ぎ先が決まらないと準備もなかなか始められないんだよね。
 でも僕の前任(優秀な派遣社員だった)がそのまた前任者から綿々と引き継いできた優秀なマニュアルがあるので、それを見直すだけだから意外と楽だ。問題は、引き継ぎ先がどんだけ落ち着いて覚えてくれるかだな。なにしろ僕が引き継いだときはトレーニング期間が一か月以上あったからな。間違ったりわからなかったりする度に本人に質問できたし。今回は僕があと十日でいなくなるから、OJTがすらできないのが申し訳ない。


■引き継ぎの時間がないよ
 僕の仕事は、書店法人・地域の販促担当を除くと、主に書店(顧客)を販売システム上でどう扱うかのメンテだった。販売システムは『どすこい出版流通』にも出てくる「共有書店マスタ」をベースにした、流通・顧客管理のシステムだ。二〇〇〇年代半ばに作られたのでユーザインターフェイスは古くさいが、たいへんよく考えられたシステムで奥が深い。僕の尊敬する先輩は「みんながもっとこれに知悉すれば、仕事は効率上がるし楽にもなるはず」と常々言ってる。だけどIMEがMSのしか使えなかったり、キーボードとマウスを併用しなきゃいけなかったりと、最新のアプリケーションと比べると不便で無骨なのは否定できない。奥が深いけどとっつきにくいのだ。
 こいつの中にある書店情報をメンテするのが僕の仕事だった。新規開店の店を臨時に登録し、開店用商品を出品する。共有書店マスタの管理コード(各出版社で共有する店舗コード)をふられていない店から注文があったら臨時に登録して出品できるようにする。パターン配本対象店のランクをメンテする、などなど。
 もう一つが毎月の売上帳票の作成だ。取次への搬入ベースではなく、書店から上がってくるPOSデータと、非POS店が送ってくるスリップ(書店で買うとき本から抜かれる栞のようなやつ)を併せたデータを、外部のシステム会社が作成してくれている。こいつを毎月初に自社のシステムに取り込む。別の担当者がジャンル別・時期別(単月と累計とか)に仕分けてくれたのを、各帳票ごとにぺたぺたとコピペしていく。また、書店法人ごとのデータも作る。データベースを回して法人ごとのデータを作り、それをまたまた帳票にぺたぺたと貼っていく。全国の書店チェーンをくまなく資料にするわけじゃなくて、せいぜい二十社強だけど、これ一日中やると目が回るよ。
 でもこの仕事はとても面白くて、たとえばベストセラーが出た月だと劇的に売上が変化しているのが如実にわかる。書店チェーンごとの伸び方の違い、ベストセラーひとつでは大して動きが変わらない書店(すごく大きいチェーンは一書目の影響が小さい。すごく小さいチェーンはベストセラー書目でも商品があまり入らない)があったりする。また、極端に新刊に偏ったチェーン、このご時世で既刊を伸ばしている書店など、地方色だけじゃなくて個性がいろいろあるのが興味深い。
 出版社ってのは、多品種・少量生産ってだけじゃなくて、最終的に売ってくれてるお店も多種・多件数なんだな。としみじみ気づく。その一軒一軒に売り場担当者さんがいて、「『○○○○』をもう少し仕入れるやいなや」と考え、発注の電話をかけてくれたり、深夜にFAXを書いて送ってくれたりしているのだ。ほんとに大勢の人が、本のエコシステムの中で生きている。
 だけどちょっと待てよ、電子書籍になったらどうなる?
 電子書籍になれば物理的な商品を作る必要がなくなるので在庫も初版部数もなくなる、という話。これはさんざん議論されてきた。本という商品の入口側?がすっきりするわけだ。だがすっきりするのは入口だけじゃなくて、読者の手前の出口側?も、今のように多種・多件数でなくてもいい、って話にならないか。ネット上に大きなサーバが一つか二つあれば、全世界がそこから本を買えるわけで。
 とすると、僕がやってきた「商品の送り先である書店情報をメンテする」「書店ごとの売上を整理する」という仕事もなくなるな…。
 うーん、でもそれって街角から書店が消えるってことだよな。
 あるいは、書店そのものはなくならないけど、街中の書店は、世界に一つか二つあるサーバにアクセスして電子書籍を仕入れて、それを店頭にてオンデマンドで本の形にして売る…とか?
 ちょっとさぶいぼが立ってきた。こんな変化は一朝一夕には起こらないと思うけど、可能性としては十分ある。すげー時代なんだな。これに比べると、僕が会社辞めるなんてことはとっても小さい出来事だな。
 なんてことを考えて手が止まる。いかんいかん、マニュアルを見直して引き継がねば。って、全然時間がないよー。引き継ぎ相手の手が空いてて、僕の手も空いてるときでないと引き継ぎってできないんだ。まことにマッチングの問題は根が深い。
 今週から、僕が担当している書店チェーンさんへ来月の新刊を説明する定例ミーティングが始まる。僕にとっては最後のミーティングだ。僕はひとりでセンチメンタルになってるけど、みんなはそうじゃない。当たり前の、来月の商品説明会だ。だけど、もしかして、「来月から商品は全部電子になります」なんて時が来ないともかぎらない。もっともその時は、出版社に対して作家が「来月から原稿はApple (Amazon)? に直接渡します」なんて言う時が来ないともかぎらないわけで。さあ、どうなるんだろうね。(つづく)