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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その30 たぬきちを取材しに来た人

 残り少ない会社員生活を楽しんでいるたぬきちです。今日はよく晴れてて通勤路も気持ちよかったにゃ。猫がいっぱい歩いてるんだよ。彼らもこの晴天にはご機嫌そうだよ。


■相変わらずコメント欄が熱い。ありがとう!
 出版業界に入るという若い人からコメントもらったので、何か言っちゃいます。偉そうな態度になっちゃいますがすみません。
 y811さん、僕も出版という仕事が好きだったので、あなたにもこの世界の魅力を味わってもらいたい、と思う。僕が入った頃とは環境は激変し、仕事の強度は何倍にも増したけど、それでもこの仕事の面白さは感じてもらえるはず(いやむしろ今の方が面白いかもね)。
 だけど「本が好きだから」といって自分の目にみずから遮眼革をかけるようなことはしてほしくない。世の中にはもっともっと面白いものがある、若くて柔軟なセンサーでいろんなものを発見してほしい。それが結果的にあなたの携わる本を面白くする、と思う。本の手触り、紙の匂いが好きでもいいけど、物神崇拝に陥ってはイケナイと思う。読者が価値を感じているのは本というハードウェアではなく、そこで提供される何かなんだ、ということに気づいてほしい。そこさえ見失わなかったら、たぬきちと同じ轍を踏まずにすむと思う。
 もう一つ、業界内部の利害関係に組み込まれたら、いろんなものがあなたの柔軟さを縛っていくと思う。最初は抵抗できないものにがんじがらめにされて苦しむと思うけど、縛られることを恐れてはイケナイ。業界の掟にがっしり縛られ、どっぷり浸かるといいと思う。そして、ある程度見当がついたらどんどん縛りから自由になって、掟を破ってほしい。
 この業界に限らず世界は変化の時だ。ていうか「業界」なんてそんな考えなくていーよ。過去の掟・構造に適応しすぎることはあなたを幸せにしない。僕は適応することに一生懸命だったので失敗したなーと思います。自分が何かを切り開いていける、貴重な時代に若さを持って生きている幸運を満喫してほしい。
 なんてね。偉そうなことを言ってしまいました。すみません。
 僕の隙だらけの理屈はたぶんコメント欄のみなさんが叩いて歪みを直してくれると思いますので、彼らの言葉に耳を傾けてくださいな。コメントをつけてくださるみなさんはほんとに素晴らしい。


 ところで、「大学生」を名乗った直後に「20代後半。」を名乗って書き込む方、もうちょっと気を遣ってほしいなー。僕の手元にはメールでコメントが届きます。ここにはIPが入ってるんです。これまで解析はしてこなかったけど、さすがに同じ論調のコメントにまったく同じ数字の並びがついてたらいくら情弱の僕でも気づくよーん。せっかく面白いこと書いてんだからハンドルは固定した方がいいよ。
 他のみなさんも、面白いこと書くときはなるたけ固定ハンドルを使っていただけるとありがたいです。一晩で違うハンドルで書くなんてつまんないですよう。


 今夜はUstreamで、佐々木俊尚×孫正義「光の道」対談が流れている。ガチンコの討論が無編集でダダ漏れ。おしっこタイムも惜しんで議論が続く。すごい量のtweetが二人を囲んで流れていく。僕が会社に入った頃はCMタイムにならないとパネラーの本音が出てこない「朝まで生テレビ」しかなかった。
 またTBSラジオ(954kHz)「Dig」では「本はどこへ行くのか?——出版業界の今と未来」というお題で出版不況の経緯が熱く話されている。今夜は見たり聞いたりするものがいっぱいあって大変だ。ブログも書きたいし。テレビ見て時間潰してる暇なんかないよ。
 すごいものを目撃し体験する時代になったと思うよ。


たぬきちを取材したいって?
 一週間ほど前、Twitterで「DM送りたい」というmentionをもらった。ご存じの通り僕はブログのコメント欄にメルアドを記入してもらっても返信はしないと決めている。おお、この人もそこ読んでくれてるな、と。
 ある出版社で働く編集者で、いま取り組んでる本に登場してほしい、というのだ。おお、これは珍しい。「話題のブロガーだから雑誌に出てほしい」という申し出はすでに何件か受けていた。だけど僕は五月末までは雇われ会社員だし、雇われの身でほいほい雑誌に出たりするのはいかがなものか。謝礼もらったりしたら副業禁止って規定にも違反するしな。だからそういうお誘いはお断りしていた。いや、他社の作り手の人に“取材される”立場で会うなんて滅多にない機会だから、ほんとはすごく残念だった。
 でも今回は単行本だし、“たぬきち”の正体や会社の内部を暴露しれって話じゃないみたいだし、何よりテーマが面白そうだったのでお受けすることにした。逆に聞きたいこともあったしね。
 僕を取材したいと言ってるのは「中村祐介」さん、そしてテーマは「フリー時代の稼ぎ方」なんだと。
 これは興味あるでしょ? フリー=野良犬がどうやって稼いでいくかって話ですよ。取材されるより聞きたいことの方が多いよ。
 僕はずっと昔に単行本の編集に携わったことがあるけど、自社のやり方しか知らない(それも今はずいぶん変わっただろうが)。また、僕はお年寄りの著者と仕事することが多かったので、僕のような市井の人間に取材したことなんてない。他社の人、また最近の著者さんはどんな風に仕事してるのかな?という興味を抑えきれなかった、ということもある。
 謝礼払うって言ってるけどそれは遠慮することにして(副業は禁止だからな!)、とりあえず待ち合わせ場所を決める。お茶飲み放題の店がいいね。
 iPhoneをいじりながらお茶飲んでると、素敵な女性が現れた。某社の編集さん。若い男性と一緒に。編集スタッフだって。主人公はまだちょっと来ないというので雑談してみる。
「どうもたぬきちです。僕なんかで何かお役に立てるんですか? ていうかどんな本を出されてます?」
「たとえばこんなの感じです」清楚な白いカバーの四六判ソフトカバーを渡される。
「へえ。二年で十一刷ですか! すごいな。初版はいくつでした?」
「五千部です。そこから千五百部を最小ロットにして重版していって、これで四万部超えました」
 心からすごいなー、と思う。バングラディシュに渡って現地の素材で現地生産するブランドを起業した女性経営者の自伝。けっこう地味。でもこれを息長く売れる形にまとめ、少部数から這い上がってここまで伸ばしたのは編集も営業もすごいと思う。
「『情熱大陸』に紹介されたとき注文が一気に来たんですけど、在庫がなくて苦労しました」
「あー、テレビは辛いっすよね。在庫出し切って空になったとき取り上げられたりして。急いで重版しても十日はかかるし。店着したときはテレビ放映なんて忘れられてる、と」
「ええ。その時もそうでした。でも辛抱強く刷ってここまで伸びたんです」
 某社ほんとにいい仕事してる。見習わなきゃなあ。って俺辞めるんだったな。遅いか。そこに息を切らしたスーツ・ノータイの男性が駆け込んできた。


■“野良犬”の先輩に勇気をもらう
 駆け込んできたのは今日の主人公・中村祐介さん。僕よりちょっとかずっとか若い、清潔で爽やかな好男子。彼の会社「エヌプラス」webのプロフィールによると、日経BP社を辞めて会社を設立。つまり野良犬としては僕よりずっと先輩だ。今はソニーとかGoogle、auのコンサルやプランニングしとるんだと。日経ビジネスオンラインでもいろいろ連載してるし、webで公開されてるスケジュール見ると毎日びっしり埋まってるし、今最高に旬の経営者たちと会って仕事してるっていうし、すごい。同じ元出版社でも僕にはこんな華やかで活動的な仕事はできそうにないな。
 編集スタッフとともに取材なんだか雑談なんだかわからないけど本論が始まる。
「ブログがブレイクして大勢に読まれるようになって、どんな変化がありましたか?」
「う、最初は緊張したりハイになったりしましたが、実際は何も変わりませんでした」
「きっかけは?」
「そりゃあ佐々木俊尚さんにツイートしてもらったことです。始めて二日目でしたっけ」
「他には?」
「文芸書のこと書いたとき、大森望さんがツイートしたのも大きかったかもです。大森さん文芸畑ではすごい影響力ですね。でも、いつも読んでくれてるユニークユーザは一万人弱ですよ?」
「書籍化のオファーが何件も来てるとか?」
「来ましたけど、ほんとに本になるかどうか。それに本がリスキーな商品だってことはみなさんご存じでしょ」
 なかなか盛り上がらない。ていうか、彼らが作ろうとしてる本「フリー時代の稼ぎ方」っていうテーマに僕は何も応えられそうにない。だって、たまたま大勢にブログ読まれるようになったけど、まだ何も稼いでないもんな。あ、Amazonのアフィリエイトでちょっと紹介料稼いだみたいだけど(クリックしてくださった方々、ありがとうございます!)。
 僕が手元のiPhoneを所在なげにいじり始めたら、中村さんも懐からiPhoneを取り出した。
 おお!彼のようなバリバリの人がiPhone使ってるのは当たり前だけど、なんか嬉しいゾ。
「どんなアプリ使ってらっしゃいます?」と中村さん。
「いえ、Twitbirdと2chビューワと標準のメーラでGmailやってるだけです。ていうかこれだけです」他にわりとよく使うのはSafariとラジ朗くらいだしな。
「でもそれで十分ですよね。人のiPhone見るの楽しいですねー」
「そうそう、人の本棚見てるみたいで」
 なんか本の取材おっぽり出してiPhoneとアプリの談義で俄然盛り上がる。
「僕、はっきり言ってiPhone使ってなければ会社辞めようともブログ始めようとも思わなかったですよ」
「それは?」
「こいつで、いつでもどこでも、誰とでも繋がれるって情況がなきゃ勇気が出なかった、て」
 そう、iPhoneを去年の暮れに買ってから、僕は考え方や行動のスピードが変わったと自分でも思う。働き始めて以来Appleの製品をずーっと使ってきたけど、こんなに自分を変えてくれたのはiPhoneが一番だ。
「リストラの最中で情報に飢えてる時こいつで連絡取り合うとか、Twitterでブログの評判知るとか。とくに自分が書いたものの感想が直後に飛び込んでくるのは楽しい。孤独じゃないし。だから逆に、紙の原稿に何日も何カ月も向き合って、感想ひとつもらえず作品に取り組んでた昔の作家はすごかったんだって思いますよ…」今も職業作家の多くはそうだしな。
 だんだん、思ってたことが自由に口から出るようになる。相手をリラックスさせ、しゃべらせてるうちに自分でも気づいてなかったことを気づかせる、中村さんとの対話はすごく楽しい。
 話はあちこちに飛び、IT系の某経営者がどんだけエネルギッシュか(米国出張から帰ってきた晩にばりばり打合せこなす、とか)、FacebookなどSNSとTwitterとの圏域の違い、ブログとTwitterを組み合わせた使い方など、実に勉強になる話題がぽんぽん出る。全然“稼ぎ方”の話にはならないけど。彼自身がエネルギッシュな人で、野良犬らしいタフさと貪欲さを持ち、それでいて不快なところはなく毛並みが良さそう、とほんと接してて楽しい人だ。
 と盛り上がるうちに八時を過ぎる。あ、帰ってUstream中継見なきゃ。後ろ髪引かれる思いでお別れする。
「最後に、今後どうされるご予定なんですか?」
ハローワークで探して職能訓練受けようと思ってるんです。スクリプト系言語とか」
「それはいいですね」
JAVAとかホリエモンおすすめのPerlとか、どんなのが良いと思います?」
RubyとかPerlが良いですよ。これらを使えればJAVAにも応用が利きますし」
 これまで会社辞めた後のことなんてほとんど考えてなかったけど、なんかやる気が出てきたゾ。強く背中を押してもらった気がする。
 時間が押してるのでそそくさと挨拶して店を出る。こんな雑談で良かったのかな?と思いつつ、僕はとっても楽しかったので満足だった。
 本は六月下旬くらいに刊行されるという。どんな風に取り上げられるのかわからないけど、楽しみだ。僕は今日の対話をこんな感じにまとめる力しかないけど、中村さんならもっといろんなものを引っ張り出してくれるんじゃないかな。


 家に帰ったら佐々木俊尚さんと孫正義氏の公開討論は早くも佳境だった。その中で佐々木さんからこんな感じの言葉が。
「ディジタル・ディバイドよりもソーシャル・ディバイドが問題なんです」
 そうだ。iPhoneは個人の持つ志向や能力を拡大してくれ、ソーシャルな断絶をなくしてくれるツールなんだ。だからこれだけiPhoneは魅力的なんだし、人気にもなった。僕なんて“辞めてもいいかも”と無謀な退職に踏み切ることができた。
 いや、iPhoneの向こうにいろんな人がいて、彼らと繋がることができたからだ。それが最大の魅力だ。
 ラジオをつけると「Dig」も佳境。Ustを横目で見ながら「Dig」も聴きつつ、ブログを書き始める。夜半を過ぎた頃、ラジオから「リストラなう」「たぬきち」という言葉が聞こえてくる!?
 おお!外山恵理アナがなんとこのブログを朗読してるじゃないか。いやー、嬉しいなあ。
 なんか筒井康隆「俺に関する噂」の主人公になったようだナ。
 まあ、たぶんこれが人生の絶頂ってやつなんだろう。
 明日からまたリストラへのカウントダウンが続く。地球滅亡…もとい失業まであと十二営業日。人類の運命は知らないけど、野良犬の運命やいかに。(つづく)