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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その29 何もかも逆だった

 都内は朝まで雨が降ってたが、一転明るい陽の差す日になった。風は乾いて冷ややかで気持ちいいし、通勤路の路地を歩けばツツジジャスミンが咲き誇って気持ちいい。猫たちも集会に余念がない。しかし日が沈んでから吹く風は冷涼というかやや肌寒い。五月らしい気候だ。野良猫たちはどうしているだろうか? 暖かい場所で身を寄せ合っていればいいが。
 これから野良犬になるたぬきちは、まだまだ飼い犬気分が抜けない。困ったものだ。
 ほんとは会社を休んで出かけて「ハローワークなう」とかやってみたいけど、休めないのである。残念だ。
 昨日のエントリはちょっとがんばって書いたので、今日は力が抜けてしまった。新たなネタを立ち上げる気力がないので、昨日のエントリを書きながら考えたことなどを忘れないようちょっとメモしておく。不甲斐なくてごめんなさい。


■高給と内部留保
 もうご存じの通り、この会社の給与水準は高い。いま見るとやっぱり「え?」と思うくらいだよね。
 しかし先にも書いた通り、先々先々代の殿様が隠居なさったおりは「半世紀まったく働かずとも社員を養える」と言われた額の内部留保を持っていたという。ほんとかよ。僕は具体的な額は知らないが、その殿様ご自身が「ン百億」と言及なさっていた、とも伝え聞く。
 そしてその当時の春闘秋闘で叫ばれたのは「儲かっているときに社員に還元しないでどうするのか」という理屈だった。
 その後業績が低迷を始め、春闘秋闘で会社は「そんなに払えません」と言うようになった。それに対して要求側は「苦しいときのための内部留保じゃないか。取り崩して社員に還元すべきだ」と迫った。
 この会社の賃金闘争は、社員側がかなりの水準の要求をし、それに対して会社側は断固として満額は答えない、だけどかなりの水準で妥結する、という展開をいつもたどった。いつもいつも同じパターンなので「何かもっと違う展開はないのか」なんて思ってたくらいだよ(無責任だよね)。最近、これまで見たことのないパターンの展開を迎えて、みんな腰を抜かしたわけだが。
 いま考えると、業績低迷を始めた頃からこっち、会社は内部留保を取り崩しながら給与だの賞与を払ってきたのかもしれない。
 出版社は製造業と違って設備投資をほとんどしない。必要な設備は昔からアウトソーシングしているからだ。社員が使うパソコンだのなんだのは大した投資じゃないだろう。これまで持っていた最大の設備は、倉庫かな? そして自社ビルか。
 設備投資が少ないのだから、巨額と噂された内部留保は金融資産として保持されていたのではないか。これなら取り崩すにもあまり手間がかからない。


内部留保を切り崩して給与を払った結果は
 一年以上前の一時、森永卓郎氏が「雇用を守るために企業は内部留保を取り崩して給与を払うべきだ」と主張して喝采を浴びていた。共産党も同じ主張をしていたみたいだ(こっちの方が先か?)。派遣切り・雇い止めが話題になってた頃だったか?
 製造業の場合、内部留保は金融資産ではなく設備になっちゃってるから、そう簡単にカネには換えられない。だからトヨタがいくら資産を持っていたとしても、おいそれとは給与にして払ってやることはできない。
 だがこの会社の場合、内部留保を金融資産で持っていたとしたら。もしかして、本当に内部留保を切り崩して僕たちに払っていたのかな? “社員の生活を支えるため”に。
 森永氏に対して城繁幸氏(長州出身!)が「いい加減なことを言うな!」と強く抗議していた。
 いわく、内部留保というのは通常の企業の場合、設備だから現金化はできない。工場を閉鎖して給与を払うなんてことになる。給与だけがあって仕事がなくなる、なんて本末転倒だよね。
 ひるがえってこの会社の場合、もしかしてもしかすると森永氏の主張のように内部留保を使って給与を払ったのかもしれないとすると、この勝負、結果が出たということだよね。城繁幸の勝ち。まあ、製造業を例に出した城さんの理屈が、この会社にそのまま当てはまることはないだろうけど。
 今年のアタマにも鳩山首相が「内部留保課税」を口にしていた。森永氏や共産党の主張を政府が取り上げたんだかね。この頃僕はニュースを見ていなかったので経過は全然知らないけど、すぐに引っ込めたみたいだね。しかしこれって石原慎太郎都知事が昔言って喝采を浴びた外形標準課税そっくりだよね。これって違法性があるってことで立ち消えになったんじゃないっけ。
 どこかに巨額のお金があるので、取り上げてみんなのために使いましょう、という口当たりの良い話には、ウソがある。人々が喝采する良い話はペテンである可能性が高い。
 僕は自分がリストラされる側になって、やっとそれがわかりました。遅いね。


■首切りをもっとやれ
 リストラされる前とされた後でまったく違って見えるようになった、もう一つの城繁幸さんの主張。それは「もっと雇用に流動性を」だ。
 城さんの本は処女作『内側から見た富士通「成果主義」の崩壊 』からずっと読んできた。はっきり言ってファンだ。だが、やはり彼の主張を丹念に追うと、最後のところでついていけなかった。成果主義をやるなら本当にやれ、首切りをやれ、もっと雇用を流動化させて、首を切られても再び職に就けるようにしろ、という彼の主張(たいへん荒っぽいまとめ方ですみません)。
 自分が正社員である場合、彼の主張に心から賛同すると、正社員である自分を否定することになってしまう。だから城さんの本を読むのは楽しみだったが、いつも強いストレスがあった。
 だが今は、素で読んで楽しい。彼の主張する世界が実現すれば、リストラなんて怖くなくなるはずだからだ。職を失っても、また職を得られる世界。これが究極のセーフティネットじゃないか。
「正社員の雇用を守れ」というのは、「その他の者の雇用はどうでもいい」と言ってるのと同じだ。「派遣を切るな」というのは「いま職のない派遣はずーっと職のないままでいろ」と言ってるのと同じだ。
 これから失業する身の僕は、腹いせとかやけくそとかではなく、「もっともっと首を切ろうよ」と思う。みんな一度失業して、もっかい新しい仕事に就き直せばいいんだよ。
 そういえば堀江貴文さんもメルマガで「公務員のリストラをどんどんやるべき。子ども手当なんてやめて、その金はリストラの財源に使うべき」と書いてた。
 いつでも首が切られるかも、となると誰も三十年ローンなんて恐ろしい借金でマンション買ったりしなくなるだろう。これはマンション業界には残念だろうが、労働者にとっては絶対に良いことだ。身軽で、身の丈にあった生き方をしなきゃ。
 話は戻るが、そういう意味でもこの会社が高給を払い続けてきたのは残念なことだった。業績が悪化してきたとき給与を下げて社員に生活の見直しをする機会を与えていれば、今回のような厳しい事態が来てもなんとか辛抱できる社員がもっと多かったろうに。結果論だけど、いま心からそう思う。
 こうして考えると、これまで正論と思ってたことがことごとく逆だったことに思い至る。雇用を守るには首を切るべき。生活を守るには給与を下げるべき。だったのだ。
 うーん、不思議だ。やっぱり僕は“正社員ぼけ”だったんだな。


 んー、ずっと昔に読んだ参考文献とか載せておこう。
     
 なんか刊行元が偏ってるような気がするが、気にしないよーにw