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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!番外編4 感想文ですみません

 前回で第1部・天堂篇を完結させた(?)ので、今回から第2部・煉獄篇に入ろうかと思っていたのだけど、この間まったく会社関係のこと考えてなかったのでネタがまったくありません。すまんね。
 僕自身はせっかくのGWでもあり、前々から決めてた遠くの温泉に行ってました。3G網もWi-Fiもない田舎だったのでメールもまったく見ませんでした。すみません。
 で、何してたかというと、ネットが読めないなら普通に本読むわな、ということで旅行前に買った村上春樹1Q84』を風呂に浸かりながらずーっと読んでおり。全部持ってくと荷物になるので最初の2冊だけ持ってって、今日家に帰るまでに2冊は読んだのですが「BOOK3」はまだ手をつけてなくて。
 しかし『1Q84』面白いですね。最初は、なんだろう、べとべとした文体で主人公たちの自我の何たらが展開される文学っぽい話なのか?と思いきや、ゴーストライターと女殺し屋がすれ違う犯罪小説の体裁であるとは。すぐに引き込まれました。もともと僕は小説が苦手で過去も現在もほとんど読んでこなかった、それで書籍の営業をしているなんて失礼きわまる話ですが、村上春樹も実は二十五年くらい前に『ランゲルハンス島の午後』とゆー小品を読んだきりです。いや失礼千万。その後就職活動をした一九八八年に『ノルウェイの森』が大ベストセラーになったりしたのですが怠慢なため読まずにここまで来ました。
 先々月S堂書店S城店のU店長から「どうですかご予約は?」と言われ、断り切れずに予約して購入したのですが、正直買ってよかったと思いました。本って人に勧めにくい品ですが、これほどの作品なら相当多くの人に勧めても悔いなしだと思います。Uさんありがとうございます。
 ただ……やはり文章が終始ちょっと粘つくのと、「BOOK2」のおしまい辺になるとやはり“主人公たちの自我の何たら”をめぐるぐるぐるした展開になってちょっと読むのがしんどかったりしましたが……「BOOK3」に期待したいです。
 でも、実は「何で今“一九八四年”なんだろ?」という疑問は解けていません。これも「BOOK3」で解けるのかな? ていうか「認知症」って言葉は当時はないだろ!と思ったら奥付の前に「一九八四年当時にはなかった語句も使われています」とシレッと断ってあったり、あとですね、銃器ファンからすると「スイッチひとつでセミオートマチックに切り替える」って何かい?普段はフルオートマチックで動作してんのかい?とか、当時はグロックなんて誰も知らねーしベレッタM92だってまだ米軍は採用してねーし、とか、結局古くさい雰囲気を出すのは自動車の商品名の羅列かい?とか、いろいろ言いたくなることはあるのですが、たぶん世間の皆さんは去年のうちに突っ込み済みかと思うのでもう言いません。ですが、これが読むと何かしら書きたくなる、表現したくなる作品であるのは確かです。簡単に忘れることはできないという、話題作であり問題作である証明だと思います。そしてこれが今日本で一番売れている/読まれている創作であることも確かでしょうし、日本の創作の水準の先端を体感できる作品でもあるでしょう。読みながら、やっぱりすげえなあ、と何度も思ったのでした。
 もう一つ、連休のうちに機会があって映画「インビクタス」を見ました。クリント・イーストウッド監督作品(出演はしてない)、一九九五年に南アで開かれたラグビーW杯の話。これ、すげー映画でしたね。偉人の伝記みたいな作品なのでたぶんこんな感じかと予想してましたが、予想を上回る名台詞・名場面の連打で序盤から涙が止まりませんでした。冒頭のモーガン・フリーマン(後の大統領)が釈放されて車で移送されるシーンからこっち、フリーマン大統領がスピーチするたびに泣けます。また、ラグビー南ア代表のマット・デイモン主将も良い。この人、優等生の役しかできないってネガティブな評判も聞きますがすごい演技派だと思います。今回もラグビー選手らしい説得力のある身体を作ってきて、孤立を恐れずチームを引っぱるリーダーを見事に演じてました。この人の出演作では一九九六年の「戦火の勇気」が好きです。そこではストレスと薬物耽溺でがりがりに痩せた兵士を演じてて「命削ってんなー」的な感動を与えてくれました。ところで今思い出すとフリーマン大統領も身体改造ていうか特殊メイクなのか、まぶたを腫れぼったくしてて本物のマンデラ氏の雰囲気を出してましたね。
 僕はこの映画、なぜ今一九九五年の話なのか、なんでイーストウッドが監督したのか、見るまでわからなかったのですが始まってすぐに理由がわかった気がしました。ていうか、自分がこの作品見ておんおん泣く理由がわかった。この作品は人種隔離政策がどうのとか融和がどうのとかって話ではなくて、たぶん「難題に挑む、不屈の意志を捨てなかった人たちの話」という、かなーり単純化して言えばこういう話ですよね。そして大統領も主将も繰り返し「今は変化のときだ」「自分たちは変わるべきだ」と言います。これが、今見て古い話だとはまったく感じられない理由なのだと思うのです。ていうか今見るべき映画だよなー、と思うわけです。
 ご存じの通り僕は今月末で退職します。変わらざるを得ないというか文字通り変化のときです。ここで怖がったままでいるか、思い切って挑んでみるかという局面です(ええ、それくらいはわかっていますとも)。なので、この映画では変わることをなかなか受け容れられなかったと描かれる白人既得権層の気持ちがよくわかる。そこに向かって「変わることを怖がるな」と語りかけるフリーマン大統領の演説はまことに心に響きます。そして我田引水を承知で言えば、リストラ真っ最中の会社というのはたぶん一九九四年のスプリングボックス南アフリカのように大変な情況だと思うのです。自らが変わるために、人々とともに変わろうとするためにリーダーがどう振る舞うべきか、映画は繰り返し描きます。現代はリーダーであることが難しい時代ですから、たとえ実事譚であろうと脚色された創作上の出来事ですからこんなふうに美しくはなかったろうとは思いますが、それでもすごいなーと思います。この作品から学べるものはたくさんあります。「自分の運命の主人は自分だ」という言葉とかね。まあ、僕も何かを読む者が必ず陥る罠――読みたいものしか目に入らない――に落ちてるのかもしれませんが。
 イーストウッドが異文化をどの程度尊重しながら映画を撮るかは「硫黄島からの手紙」でなんとなくわかりましたよね? 日本人の戦争映画ファンだと「ちょっと違うかも」と思う箇所もありましたが、総じて我が方をも公平に大切に描こうとする意志を感じたと思います。今回、映画で描かれた歴史的経過を体験した南アの人たちがこの作品を見てどう思うか、たぶん我々が「硫黄島の」を見たときと同じように、作家の意志や、事実から汲み取ろうとしたものの価値、メッセージのようなものを感じるんじゃないかなと思います。ところで僕はラグビーのことはてんでわからないのですが、ラグビー経験者はどういう感想なんでしょうか。聞いてみたいですね。門外漢からは、ラグビーの痛さや魅力が手を変え品を変え描かれて素敵だなと思いましたが。そういえば職場にはラグビーの経験者が何人もいるなあ。こんな世界を覗いてきたのだとしたら羨ましいと思いました。
 ところでこの映画で一点だけ、変なシーンというか気になるところがあります。W杯直前の代表チームをフリーマン大統領が激励に訪れて代表キャップをもらうのですが、そして試合でその帽子を被って応援するわけですが、あのキャップのつばはあんなに真っ平らでいいの? なんか、ちょっと曲げたりしないの? と思ったんですがどうなんでしょうか。あれが英国風なんでしょうか?

※というわけで「リストラなう」第2部・激闘編は明日以降にお送りします。ではまた。