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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その24 再び心折れる日々

 今夜も冷たい雨が降っている。それでも先週の氷雨よりは暖かだが…。
 高揚する瞬間があれば、その後には必ずどん底へと向かって下降するときが待っている。わかってはいたことなんだけど。


■誤報
 今日は希望退職者が対象の説明会。高層階の会議室に今回の応募者が集まって、総務の話を聞く。
 国民年金・厚生年金を自分でかけなければならない。住居地の年金事務所へ行くこと。年金手帳と離職票を持って行くこと。会社の健康保険組合を任意継続しない者は国民健康保険に変更すること。これは退職後二週間以内にやるべし。非自発的離職者軽減制度があるよ。雇用保険の手続きは離職票を持ってハローワークへ。退職金には所得税がかかる。さらに今年の所得税源泉徴収票は十二月に郵送するのでそれ持って来年二月からの確定申告に備えよ。地方税も今後は自分で払う。会社が給与天引きで代行していた財形貯蓄は解約する……。
 これら人生のメンテ業務といった趣のもろもろを、これまですべて会社に代行してもらっていたわけだ。ちょっと気が遠くなってくるが一生懸命聞く。総務のブリーフィングはとんとんとテンポよく進み、ごく短時間で説明会は終わった。
 会議室を出てしばらく雑談した後、下層階に降りる。その途中でこんな耳打ちをされた。
「五十人、達しなかったようだな」
「え? そうなの?」
「ああ。椅子の数数えたか? 二回に分けて説明会やるっていったが、どうも足りない」
 職場に戻る途中、別のフロアに寄ると、別の人から。
「五十人って、ウラ取ったのか?」
「いや……聞いたまんま書いただけだよ」
「そうか。誤報だったようだな」
 そうなのか…?
「あと数人、てとこだったってよ。残念だったな」
 ああ、ほんと残念だ。なんとなく達成感があって無邪気に喜んでしまったが、ぬか喜びだっただけじゃなく、誤報をまき散らしてしまったとは。悔やむ。
 会社から公式な説明があったわけじゃない。その時まで待つべきだったのか。いや、そもそもこんなことに血道を上げる意味はあるのか。ただの目立ちたがりが、何をそんなに舞い上がっていたんだ?
 僕はまつわりつく敗北感を振り払えず、昨日までの高揚する感覚から一気に地表まで、いや地中まで自分が沈み込んでいく気がした。


■IT業界から出版界を見ると
 夜、すごく久しぶりに会う友人と待ち合わせた。旧友は何度か転職を繰り返し今はIT系にいる。
「いやホント久しぶり。ビールにするかい?」
「そうだな。あまり酒は強くないからとことんは付き合えないけどな。そこにビアホールがあるな」
 生ビールのジョッキを軽くぶつけ合う。周囲は金曜の夜らしく賑やかだ。友人はしばらく見ない間にずいぶんと落ち着いて、剽軽なところや軽い物腰を感じさせない男になっていた。ちょっと疲れているようだ。忙しい仕事を片付けて時間を作ってくれたのがわかる。
「ブログ読んだよ。まあいろいろあるだろうが大変だな」
「いやそんなことないよ。それよりお前はどうなの?」
「俺? 今の会社に移ってだいぶ経つからな。相変わらずさ」
「あのさ、俺、お前んとこみたいなIT系って勤まるだろうか? いやざっくばらんに言ってくれていいんだ」
「え? そうさな、ちょっとストレスフルな話になるかもしれないが、聞きたいならするぜ。その前に注文しとこう」
 つまみをいくつか頼んでジョッキを傾けると、友人は向き直った。
「お前さ、TOEIC840点ってクリアできる?」
「……いや、考えたこともなかった」
「自慢するわけじゃないけど俺は普通に英語使える。今の会社は正直、これくらいできないと無理だ。会議は基本、英語だし、お前くらいの年だと海外との案件を進められないと取れないだろうな」
「僕は日本語でしか仕事してこなかった……」
「ああ、それはいいんだ。日本の出版社の商圏って国内だけだろ。当然だ。だがそれで行き詰まってるんだろ? だったら国外に市場を求めるのも自然だよな。そのための準備はしなきゃな」
 友人は運ばれてきたピザを丸いカッターで丁寧に切り、口に運ぶとゆっくり咀嚼した。ひさびさにゆっくりと物を食べる、そんな様子で美味そうに飲み込んだ。
「こっちの業界からお前のブログ読んでるとさ、不思議に思うことがいろいろあるんだ。KPIってあるだろ?」
「いや、それ何?」
「Key Performance Indicator、業績評価指標っていうのか。お前は営業だから売上見るだろ」
「ああ。日ごとに、月ごとに見れるな。でもPOSが普及したっていっても毎日の売上は全店を見れるわけじゃないし、月ごとの数字もかなりタイムラグがある」
「あとさ、金額ベースかい?」
「いや、冊数ベースで見てるな。多品種少量生産だからすぐに金額に直すのは大変なんだ。あ、でも搬入ベースなら金額で出るな。ただ、すぐには返本がカウントできないからやっぱり正確じゃない」
「もしうちの会社が本を売ったとするとな、時間単位で売上を金額で出せるぜ。そして目標のKPI達成してなかったら半日ごとに発破かけて何とかして売上立てさせるな」
「…!」
「お前、営業と編集の対立って話書いてたろ。あれさ、KPIを透明化して可視化すれば簡単に解決するんだぜ。俺たちならそうする。てかそうしてる」
「総務とかの管理部門はどうするんだ? あと編集…っていうか研究開発は? 数値で管理できるのか」
「総務は無人化してるなー。お前がもしうちに来たら、PCのセットアップから何からマニュアル見ながら全部自分でやるのさ。開発もプロジェクトごとの進行管理を数値化してるし、日報をメールで共有してるから進捗状況も可視化されてる。お前んとこ、こうして考えるともっともっと合理化余地があるんじゃないか?」
「IT系は合理化して省力化できるかもしれないけど、出版は労働集約型の産業だから…」
「バカいうな。ITこそ労働集約型さ。だから徹底して合理化するんじゃないか」
 僕は自分のジョッキが空なのに気づいて手を挙げた。ウェイターが気づく。だがビールのお代わりを頼む気にはなれなかった。こいつの言葉を少しでも覚えとかねば。
「すいません烏龍茶ください。あと…」
「こっちにビール、中生お願いします」
 友人の目元が少し赤い。こんなに酒、弱かったっけ? 僕はすごく弱くなったけど。
「だけどな、正直うちは給料安い。お前んとこと比べると」
「そりゃ…そうだよな。うちが異常なんだ」
「でもある意味立派だぜ、その労働分配率は。ビジネスモデルがうまくいってる間はな」
「だから立ちゆかなくなったんだって」
「そうだよな。それにうちは残業がすごい。ていうかそもそも残業代がないからなんだが、俺だって九時始業のとこ七時過ぎに来てるし、夜は普通に十一時退社だ。若いやつらはもっと働いてる。会社の近所の店はどこも朝から飯食わせてくれるよ。うちが越してきてからはそういう客が増えたから」
「それで…身体は持つのか?」
「たしかに身体壊して休職してるやつも多い。お前にはすすめないよ。だけど俺はやっぱり好きなんだ。ネットが好きだし、この変化の中に身を置くのが。先週の、楽天の三木谷と孫正義が対談したUst見たか?」
「いや、見てない…」
「そうか。忙しいだろから時間がないだろうが、すすめるよ。もうネットには書き起こしテキストもあるし。検索してみな。あれはな、日本を変える対談になるよ」
「どういう意味で?」
「読めばわかるさ。ていうか、お前電子書籍のことも書いてたろ。それ考えるヒントもそこにあるよ」
 友人はジョッキを飲み干すと静かに卓に置いた。
電子書籍な……俺な、こんなにネットも仕事も好きだけど、本も好きなんだ。今でも。忙しいけど週に三冊は読むよ。もっとも、もっと買ってるから読まずに積んでる本が死ぬほどある。家が狭くってしょうがない。だから電子書籍も待望してるよ。だけど……どうなんだ? いろんなしがらみがあるんだろ」
 そう、しがらみがいっぱいある。でも最大のしがらみは、出版業界が自己変革を怠ってきたことだ。旧態依然のシステムを少しでも変えぬよう努力してきたことだ。その中には人件費も含まれる……いまやっと見直しを始めたところだが、間に合うんだろうか?
「お前自身はどうすんだ? 業界に残るんだろ」
「僕は…何も決めてない。そもそもこんなブログ始めちゃったやつが業界に残れるか…」
「でもブログはお前の存在証明なんだろ? だったら書き続けなきゃな」
 いつの間にかラストオーダーも過ぎ、周囲の客は次々席を立とうとしていた。僕らもウェイターにお勘定を頼んだ。
「今日は…自慢ばっかしてって思ったかもしれないが、会えて嬉しかったよ。これでも更新楽しみにしてるんだ。ヤなやつに書くなよ」
 ごめん、もう十分ヤなやつに書いてしまった…。
 でも僕のほうこそ嬉しかった。忙しいなか時間を作って会いに来てくれたこと、これ以上ないくらい率直に話してくれたこと、何とか“お土産”を持たせて帰そうと話を振ってくれたこと。僕はやつの真心に応えるだけのものを渡せただろうか?
 駅のコンコースで分かれ、僕は雨の中を歩いて帰った。何かに全身を殴られたようなショックがあったが、それが何か、歩いているうちはわからなかった。(第1部・完)


※GWには少し早いですが、最後のGWということで休みに入ります。その間更新もお休みします。
※とりあえず、「リストラなう」第1部・風雲編、完結ということでw
※連休明けに「リストラなう」第2部・決戦編?でお会いしましょう。
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すみません、一度やってみたかったんです…