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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その19 「リストラなう」がコミックに?

■「コミック化の件ですが」
 ブログを始めて以来、見知らぬ方からいろいろお便りをいただくようになった。その中には「ブログの書籍化はお考えですか」といった申し出もある。ありがたいことだ。だが今は正直ひーひー言いながら毎晩更新するのが精一杯で、そがーな余計なこと考えちょる暇はありゃーせん(どこ弁?)、という感じだ。だからオファーには「ありがたいお申し出ですが…云々」と応えている。なんだか不遜な流行作家になったように見えるが、今は“不遜な流行作家”たちの気持ちがちょっとだけわかる。仕事が終わってから毎晩たった3時間だがエントリ書いてると、すごく消耗するのだ。大勢の人に読まれててたくさんのコメントがつく、それだけが僕が続けてるモチベーションだ。「最初は面白かったのに最近はつまらない」ってコメントがつけば「ああ、すみません。仰るとおりです、でもリストラ進行中っつってもそう毎日面白いことは起きないんですよ、ごめん」と思ってしょげ返るのだ。それでも何らかの励みになるから不思議なもんだ。
 そんな今日、gmailに一通メッセージが届いた。
「先日ブログのコミック化の件で、ご連絡させていただきました●●です。少し先になってしまっても、やはり一度、たぬきちさんとご一緒にお仕事させていただきたいなと思いまして、今週、少しフライング気味ではありますが『リストラなう日記』のコミックエッセイ化&電子書籍としての展開(出版社の給与体系や業界の慣習に対する疑問などを巡るやりとりでは幾分、ラディカルな表現が目立つので、その辺りを敬遠する層にもコンテンツの魅力を損なうことなく読んで貰うためにコミックエッセイという形態で発表できないかと考えました)ということで企画書を作成し、●●社コミック部門に企画書を持っていきました」
 なんだってーーー!!
 俺そんなこと許可したっけか?
 慌ててiPhoneのメール画面をぴんぴん弾く。ものすごい数のメッセージが流れていくのだが、目指す元メッセージがなかなか出てこない。
 gmailは受信したメールも送信したメールも完全にクラウドで同期できるので、パソコンで送受信してもiPhoneで送受信しても未読・既読、フォルダ分けなどいつも最新の結果を見ることができる。ただしiPhoneは同一人物とのやりとりをスレッド表示できないのと、検索ができないので大変困る。それとプッシュでメールが飛んでこないので、手元にiPhoneがあってもどうしてもタイムラグが起きてしまう。チェックを怠ってたのでタイムラグもひどい。Android電話なら複数アカウントも使えるらしいし、プッシュ通知や検索にも対応してるのかなーと思うとちょっと食指が動くよね。
 話がそれた。
 元メッセージはあった。しかしgmailに残るそれには、どこにも「●●社へ持ち込みますよ」とは書いてない。
 そうだ、そもそもの始まりである、Twitterでもらったダイレクトメッセージにあったのかもしれない。TwitBirdを起動して呼び出すと、たしかにあった。
「マンガ化の企画については、●●社コミック部門へ提案することを念頭においております」
 おいおい、俺これには「五月末日に無事退職できたらまたお話しください」って返事してるじゃん…。
 ●●さんのボーンヘッドだな。で、持ち込みはどうなったんだ?
「コンテンツとしての魅力はもちろん、双方向性メディア特有の意外な展開(コメント欄の盛りあがり)の面白さなどにも興味を持っていただき……ただ最終的には、立場上やはり難しいことになるだろうという結論に至りました」
 なんだ、没になったのか。よかったよかった。企画通ってたら洒落になんねーぞ。
 怒りにまかせてgmailで返信する。
「●●様
  完全にフライングですね。
  企画が通らなくてよかったことです。
  この経緯はブログに書かせていただいていいでしょうか?
  もちろん実名は出しませんので。 たぬきち


■コミックって今どうなってるの?
 こんなメールにすぐ返事が来るわけないので電話も一発入れておく。iPhoneってほんと便利だなぁ。メールに書かれたTEL番タップするだけで電話できる。世間は今iPadで盛り上がってるけど、あれはけっしてiPhoneの代替にはならないよ。あれはプレイヤーであってコミュニケーターではないからね。
「●●さんですか?」
「はい……」
たぬきちです。メール読んでいただけましたか?」
「はい……今お返事さしあげようとしてたとこです」
「そうですか。じゃ、後で電話ください」ガチャ。いや正確にはガチャじゃないけど、気分だけ“ガチャ”。
 しばらくしてパソコンのブラウザ画面にgmailが着き、iPhoneがぶるぶる震える。届いた文面に目を通しながらiPhoneを取る。
「はい」
「●●です……メール届きましたか?」
「ええ。事情はわかりました。で、ブログに書いちゃいますよ? よろしいですか?」
「はい…もちろん書いていただいてかまいません……」
 この後ちょっとやりとりがあったのだが長いので割愛する。●●さんはいたく反省しておられた。単純な行き違いによるボーンヘッドなのだからここは笑って水に流すのが大人の対応だろう。
 だが僕はブログに書く。オニか俺は。ひでーやつだなー。
 ま、狂犬病のタヌキだから、しょうがないよ。ごめんね●●さん。
 こういったエラーは、編集やってれば誰でも一度や二度は経験することだろう。僕だって編集部にいた時は致命的な失敗を何度かやっている。
 それでもあえて書かせてもらいたかったのは、この件が一つの単純な事故ではなくて、何か本質的な問題につながってる気がしたからだ。
 一つは、この業界全体が“コンテンツ不足”なのか?という疑問。
 こんなブログに複数の出版社・プロダクション・編集者が声をかけてくるなんて、ちょっと想定外だった。僕が現役の編集だった頃と比べると年間刊行点数は1〜2万点増えているらしいが、そんだけ出してればネタも尽きるよね。
 もう一つは、コミックというジャンルにはこんなに大勢の人が携っているのか、という驚き。
 僕は出版産業全体の中ではわずかなシェアにすぎない書籍のことしか知らない。編集時代も書籍だったし、現在は書籍の営業だ。書籍の生産過程はいたってシンプルだ。著者・(時々)ライター・編集・営業。この四者(最小なら三者)でことが運ぶ。ほんとは制作・印刷過程がありますが割愛します。また、僕が働いてる会社では営業が生産過程にあまり関与できない仕組みになっているという問題もあるけどこれも割愛(以前のエントリでご理解いただけましたよね?)。
 今調べたのだが、●●社コミック部門は日本を代表する超大手の●●社の子会社だということだ。●●社が半世紀にわたって蓄積してきた膨大な作品群を文庫化したり、たぶん電子書籍化にも乗り出してるんだろう。●●さんはそことお仕事されているフリーの方だと思う。既存の作品を文庫化したりする以外にこういった形で新作を供給することに携わっておられるのだろう。
 もし企画が通れば、ブログを●●さんか他のライターがリライトして原作にし、マンガ家が作画し、編集が関与しつつ、アシスタントが仕上げ、最終的な原稿になるわけだ。ここに関わっている人数は文字だけの書籍の倍くらいにならないか?
 問題は、この非常に手間暇かけた企画が最終的にペイするのかということだ。
 出版市場は縮小しており、それはコミックも例外ではない。『ワン・ピース』のような水爆級(たとえが古いですか?)のヒット作がある一方、才能があるし素晴らしい作品を描くマンガ家さんが活躍の場を失っている現状がある。ぼくは昔「花とゆめ」誌で活躍されてた「ぬまじりよしみ」さんの三十年来のファンだ。最近だと双葉社の「ジュール」で描いておられたが二〇〇五年以来お見かけしていない。
 今日、Twitterで「ゆうきまさみ」さんが原稿料・単行本印税・制作に要するコスト(アシスタント、仕事場の維持費、生活費)についてつぶやいておられた。
「仕事場の維持に原稿料が消えてゆくとなると、生活費は印税から捻出することになるわけで、このときもっとも悲劇的なのは、毎週質の高い原稿を上げているのに単行本部数が伸びないために印税収入が見込めない、いわゆる『連載貧乏』です」(@masyuukiから4月21日のツイート)
 日本のコミックは、世界最高の技術と才能が投入されている、たぶん人類史に残る芸術のジャンルだ。当然、制作にはそれだけのコストがかかるのだが、残念なことにそれは誰からも保証されておらず、マンガ家ひとりがリスクを負って制作環境を維持せねばならない状態にある。
 あるいは花沢健吾『アイアムアヒーロー』1巻。これは今進行中のたぶん世界でもっとも面白い物語の一つだと思うのだが、この1巻では世界が崩壊する大事件に先立って延々と主人公の日常が描写される。主人公はプロのマンガ家で現在はアシスタントで生計を立てるロスジェネ青年。賃貸アパートに住み(僕の住まいとそっくりだ)、iPhoneBOSEのステレオ、ダナーのブーツ、クレー射撃の散弾銃などを所有しているが本質的には豊かとは言い難い暮らしをしている。この辺のリアリティは作者の実体験に裏打ちされてるんだろう絶対、的な説得力がある。
 そしてそして、昨年話題を呼んだ、現役の超大物である佐藤秀峰さんのwebでの告白。(ガジェット通信より)
 コミック作品一つ一つが放つ光芒に比べ、それらが生み出される過程でどれほど報われない汗が流されているか。


■コミックは出版界を救うのか、その逆か
 もう一つ印象深かったのが、今回●●さんが持ち込んだのが、日本を代表する超大手●●社の系列だったことだ。三大出版社の一角。でもそれって、このブログのような跳ね上がり・お調子者の企画を喜ぶわけないだろって。
 三大出版社はライバル関係にあるが、この業界全体が震撼している大不況においてはまったく同じステークホルダー(利害関係者)でもある。どの社も超高給だし、その高給を下げることができなくて苦しんでいるのは僕が働く会社と同じ。この会社のリストラが成功すれば、たぶん三大出版社も同じスキームでのリストラを始めると思う。どの社も巨大で、莫大な資産を持っているが、苦しんでいるのは同じだ。そして今や、巨大であること自体が最大のリスク要因と化している。
 ここに「リストラなう」を持ち込んだってことは、「いまイラクがすごいことになってますよ、おたくで映画にしませんか」とアメリカ国務省広報部(あるのか?)に企画書を持ち込むよーなことではないかと。……ま、「立場的に」企画は通らなかったのだからよかったよかっただけどね。
 ……などなど、いろんなことを考えてしまったのだった。
 今業界は電子書籍に関する動きが日々激しくなってきている。そこでもっとも有望視されているコンテンツがコミックなのは間違いない。すでに稼働しており膨大な実績のある携帯電話へのコミック配信を敷衍してKindleiPadに投入するのか、まったく新たなスキームを開発するのか、それはわからないが、コミックなしに電子書籍が日本でテイクオフすることはありえない。何と言っても、日本を代表する三大出版社の力の源泉はコミックなのだから。
 だがそのときマンガ家たちは、かつて投入した膨大なコストの分け前を受け取ることができるのだろうか。出版産業がコミックを“単なる稼ぎの一ジャンル”と見なしているようだと、それは難しいのではないか。既存の出版産業で食えなくなった者がコミック電子出版に群がろうとしている気配もある。
 僕は、マンガ家たちが報われ、安心して作品に打ち込めるのであれば、AppleAmazonに日本市場が蹂躙されてもかまわないと思っている。数々の名作、世界の歴史に名をとどめるべき作品群が読めなくなってしまっても出版社だけが残っている、なんてことになったら、それは日本人の恥だと思う。
 出版業界のすみっこにいる人間としてではなく、素晴らしいマンガを読んで育ってきた日本人の一人としてそう思う。(つづく)


※この間、本当に誠実に対応していただいたうえ、何の事前チェックも要求せずブログに書くことを許してくださった●●さんのご判断に感謝します。
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