新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その10 『電子書籍の衝撃』の衝撃

 昨日はエントリをアップロードしたら、生協で買った680円の焼き肉セットと新タマネギを焼いて発泡酒で一杯やり、気持ちよく寝てしまった。毎晩ブログを更新する重圧に慣れないため、ついついアルコールに親しんでしまう最近なのだ。どうせ俺のブログは本文よりもコメントの方が面白いってよ、ケッ。…いかんいかん。


■みんな、『電子書籍の衝撃』はもう買ったか?
 でも今朝目が覚めたときは「いけねっ!」と思って慌ててiPhoneを起動した。今ちょうどディスカヴァー21のサイトでは、佐々木俊尚・新刊『電子書籍の衝撃』がキャンペーン価格でダウンロード販売中なのだ(4/7正午〜4/14正午まで。人数無制限)。
 D21社のサイトには初めてアクセスしたけど、白を基調としたきれいなサイトで構成もシンプル、どこへ行けばアカウントを作れるか、決済できるか、ダウンロードできるかが自然に理解できる、非常に洗練されたつくりだった。FLASH動画とか派手なものは一切ないがそれもかえって好感が持てる。
 ただ、iPhoneでは案の定、決済用の個人情報を入力するところで日本語入力がかったるくなってしまい、MacBookでアクセスし直して手続きし、ダウンロードしてしまった。続いてボイジャー社製の電子書籍ブラウザT-Time 5をダウンロードしてインストールする(ほんとはこっちを先にインストールしておくほうが良い)。T-Timeは懐かしい、98年頃に青空文庫を読むのにこのブラウザを使ってた記憶がある。久しぶりだね、元気だったかい?
 キャンペーン価格の110円で買った『電子書籍の衝撃』は無事にMacBook上で開いたが、正直あまり衝撃は感じなかった。T-Timeはずいぶん洗練されてるしマシンパワーは十分だけど、どうもイマイチだ。
 思い直してiPhoneで再びログイン、iPhoneでの閲覧用アプリをDLしてインストールし、「わたしの本棚」から再度『電子書籍の衝撃』をDLする。このDLは購入後365日以内なら何度でも無料だという。同じアカウントなら、あらんかぎりの端末に同じ本をインストールできるのである。
Kindleには青空文庫PDFを入れてます。
 改めてiPhoneで読むと『電子書籍の衝撃』は衝撃を伴って僕を襲った。
 これだ、これだ。この感覚は、22年前にMacintoshで動くHyperCardを見たとき、もっと前にマウスだけで操作する初めてのアプリケーション、MacWordやMacPaintを知ったときの目眩に似てる。PCの画面から飛び出して掌にぼつんと落ちた電子書籍は、音を立てて崩れようとしている出版界のなかで、緑の芽を出したばかりの種のように見えた(ナウシカのラストシーンを思い出せ)。
 これはぜひ体験してほしい。iPhoneまたはiPod Touchを持ってる人は、期限までに買ってみて触ってほしい。110円なんだし。


ディスカヴァー21と他の電子出版を分けるのは
 
 ご覧のように、D21社専用のボイジャー製ブラウザは横書きしか表示できないし、フォントのポイントも変更できない。電子書籍ブラウザとして見ると、300円くらいで売っている各種の青空文庫ビューアのほうがよっぽど設定の自由度は高いしアプリケーションとしても洗練されている。
 でもこれから出版界を揺るがすことになるのはディスカヴァーのほうだ。青空文庫じゃあない。D21社は『クラウド時代と〈クール革命〉』をフリー公開した角川書店の英断すら抜き去って、ぶっちぎりの先頭に立ってしまった。アクセス過多で一時サイトが落ちたことなんて全然問題じゃない。
 D21社は、『電子書籍の衝撃』という題名の電子書籍を、そこに書いてある通り忠実に「コンテキスト化」して見せたのだ。これが最新の本の売り方なのだ。D社なんかよりずっと大きいと自負してきた出版社で働く僕は、完膚無きまでに叩きのめされた気分だ。負けた!と。
 D社がやったのは以下のことだ。
 まず、佐々木俊尚という人選。佐々木氏にTwitterでオファーしたというおまけ逸話もあるらしい。
 彼に「電子書籍」というテーマで執筆してもらうこと。
 佐々木氏自身の日常活動によるプロモーション。すべてTwitter他の、この本の読者がもっとも居る場所、魚影の濃いポイントに集中投下される。
 リアルでの発刊イベント。セミナーと質疑応答の模様は参加者の手でTwitterでTSUDAられる。僕はこの段階で知ったのだからかなり遅いアダプターだった。それでもこの一大イベントに間に合った。
 昨日から始まった、発売前の期限付きキャンペーン価格でのダウンロード。
 これで読者はこの本自身が述べているテーマを、これ以上ないリアルな形で手に取り理解することができるようになった。電子書籍を手に取ること自体が事件になった。読者はたった110円という対価を支払うだけで、産業革命以来の技術の変わり目を体感できるのだ。これ以上のイベントってあるだろうか?
 いま現在、日本で電子書籍を売っているのはD21社以外にもいろいろある。実は僕の勤める会社でも売っている。D社以外にも先進的な事業プランで電子出版を進める会社はある。しかし、ここまで完璧な「コンテキスト化」を仕掛けたのはD21社だけだろう。今後、電子出版でD21社を抜こうと思ったら、企画そのものも重要だけど、それを売るためのコンテキスト化をどれだけできるか、それが勝負を分けることになる。電子書籍の営業マンは、商品をコンテキスト化するのが仕事になるだろう。


■実は業界最大手の電子出版社なんだが
 ほとんど世界の誰にも知られていないことだが、日本の電子出版の最古参であり最も多量のタイトルホルダーは、実は僕が働いてる会社だ。ここで買える→電子文庫パブリ
 ところが、これが残念なことばかりの電子出版なのだ。
 まず、僕が働いてる会社の電子書籍Macでは読めない。XMDFという規格で作られているのでWinのPC上で動くブラウザか、別サイトで売っているガラパゴスケータイ向けの規格しかない。このXMDFというのはモバイル・ドキュメント・フォーマットの略だそうでシャープ製らしい。もとはPDAZAURUS」で読むためだったんじゃないかと思うのだが、あまりに規格が古すぎてよくわからない。今はPalmとかのPDAを除くとPCで動作するブラウザで読むしかないらしい。
 次に、いくつかの電子書店サイトで売っているのだが、ほとんど何のプロモーションもしていない。書店でいえばバックヤードの出入り口に着荷した本をちょぼちょぼ並べている程度で、ジャンル分けはおろかPOPすらない。つまり、何のコンテキスト化もやっていないということだ。古い作品が中心なのに何の工夫もなく並べているだけでは、電子書店というよりネット上にブックOFFが出現したかのような唐突さがつきまとって離れない。10年とか20年近く前の大衆ミステリを今この瞬間読む意味は何なんだろう?
 いちばん残念なのは、もう十数年もの間業務を継続してきたのに、まったく何の実験もしてこなかったことだ。ひたすら古い規格で書籍を電子化し蓄積してきたがその間の世間のイノベーションに背を向け、形ばかりは日本一の電子書店になったかもしれないが、その実並んでいるのはガラクタばかりという有様。ここに並べば最新刊でも十年前の絶版書籍に見えてしまう…。
 なにしろ、ドットブック形式はおろか、PDFにも挑戦してこなかったのである。もしかして今現在、EPUBやAZWに挑戦しているのだろうか? だったら良いけど……。
 関係者が続けてきた努力には敬意を払いたいが、はっきり言ってせっせと棚晒しのクズ商品を作ってきたようにしか見えない。せっかくの努力も水の泡だ。これはすべて、この事業を進めたきた主体の先見性のなさ、イノベーションを拒む固陋さのせいだ。大手出版社に共通する、“ちょっとやってみましたが本気じゃありません病”とでも言うか。
 たしか、最初期の電子書籍は、PDA向けフォーマット以外にプレーンなテキスト版も用意していたはずだ。テキスト形式だとDRMを仕込むことはできないが、視覚障害者のための読み上げアプリケーションで音声化するなど応用ができるので好評だったと聞いた。さらに今なら市販の電子書籍ビューアでテキストを読み込むことができただろうに。まことに残念なことにテキスト形式版は今は売られていない。


■負け組連合、日本電子書籍出版社協会
 ついこないだ、上記の電子文庫パブリの運営主体が発展的に解消して社団法人「日本電子書籍出版社協会」が発足した。業界大手が壇上にそろった報道を目にした方も多かろう。
 作家が直接電子出版に取り組んだり、外資IT系に作品を提供したりすることのないよう、業界横並びで防御線を張ろうということらしい。会見ではしきりに「中抜き」を警戒する、という言葉が聞かれた。これはつまり、出版社・取次・書店を通さずに作品を読者に売ることはまかりならん、ということか。
 これを見たとき、僕は開いた口がふさがらなかった。
 なんてバカなことを言い出したのだ。これでは著者のほうから出版社が見限られてしまうよ。
 本来の出版社の役割は、作家と読者をスムースにつなぐことだ。それが既得権を逃すのが怖いあまり、作家と読者の間に税務署のように立ちふさがろうとしている。最悪のビジネスモデルだ。
 いま僕が働いてる会社ではリストラをしてるわけだけど、リストラクチャリング=見直し・再構築をするなら、こういう糞みたいな発想を見直し、ウジ虫みたいな既得権亡者を切り捨ててほしいと思うわけだ。もっと未来に視線を向けた活動をしてほしい。
 日本電子書籍出版社協会は業界大手が束になっているけれど、たぶんディスカヴァー21社一社に勝てない。ゴリアテは一度も立ちあがることすらなくダビデに打ち据えられる。
 ちっぽけな私的な事情だけど、このニュースを見たとき僕はけっこう心の底から会社に絶望した。会社はこの社団法人にかなり深くコミットしているらしい。だから、この横並び既得権団体の意向を無視するような冒険的な電子書籍事業は、この会社では不可能なのだ。今回辞めようと決めた理由の一つがこれだ。
 もし関係者がこれを読んでるのだったら、どうか憤慨してほしい。一念発起して五月末日までに何か具体的なアクションを起こして「どうだ俺たちだってこれくらいできるんだぞ」と見せつけてほしい。そうしたら僕は、ああこんな凄い会社を辞めることにして残念だ、早まった、と臍を噛みながら退社してあげるよ。


■クリエイターたち、もうこんな会社の言うことを聞くな
 リストラで揺れているというだけでなく、この電子出版の一件にしても、会社は判断力と現実適応力を欠いて迷走しているようにすら見える。僕は会社が崩壊してゆくのを拍手喝采しながら眺めるなんてことはしたくない。黙ってニヒルに見守るのもイヤだ。だからこうやってワーワー騒ぐわけだけど、どうか残るみんな、ちょっと目にとめてほしい。
 もう、こんな会社の偉い人の言うことは聞かなくていい。
 自分で「良い」と判断したことを、同志を募って勝手に実行してほしい。
 年寄りの言うことは聞くな。
 会社を建て直すのは年寄りじゃなくて君たち現場の働き手だ。君たちの自由な発想だけが会社を救う。
 それから、会社の帰りにソフトバンクの店に行ってiPhoneを契約してください。すぐに! ドコモ/auとの二つ持ちでいいと思います。今月末にiPadが発売になったら買うのも良いです。買う金がなかったらAppleのwebサイトからiPhoneiPad SDKをダウンロードすればシミュレータが手に入るので、それでもいいです(インテルベースのMacが要るけど)。新しいものに触り、置いてけぼりを食わないようにしてください。若さにあぐらを掻いていたら、いつの間にか何も知らずに年を取ってしまい、気づけば自分が軽蔑していた情弱老年と同じになっているよ。給料が減るから金がない、なんて言わないでほしい。飲みに行く回数を減らしてiPhoneのバケ代を出しなさい。
 ここまで努力して、やっと入り口なのだ。ここから、自分が作る本はどういう文脈で読まれるべきなのか、読者に提供できるコンテキストは何なのか、といったことを考え始めることができる。何事にもハードルが高くなっている現代だけど、クリエイターが越えるべきハードルはとりわけ高い。いまやブログやTwitterに素人が侮りがたいものを無料でぼんぼん掲載する時代なのだ。
 とまあ、『電子書籍の衝撃』の衝撃が大きいあまり、会社の大先輩を口汚くDISってしまいました。すみません。反省しています。
 会社が立ち直れるかどうかは、何人がこの衝撃を体験し考えて自分のものにできるかにかかっていると思う。もっと言えば、衝撃を体験した者同士がコンタクトし、コラボすることで会社を変える力が生まれてゆく。陳腐なもの言いだけど、もう一度「つながる力」を信じてがんばってほしい。
 実のところ、僕は一方で楽観している。広告部は優秀だからだ。もしかすると新技術をキャッチアップした広告部の人たちの間から、新しい雑誌のアイデアが出てくるかもしれない。iPadで読む雑誌の先鞭をつけることができたら、いいよね?(つづく)