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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その6 いよいよ開始、退職者募集

 明日の月曜から7営業日の間、会社は「特別早期退職」の申込を受け付ける。「適用申請書」というペラ1枚の書類に署名捺印して総務部に提出するわけだ。
 僕はもう、提出してしまっている。個別面談してくれた総務の偉い人が「すぐ出してくれてもいいよ」と言ってくれたから、とっとと持って行った。他にも何人か、僕のようなそそっかしいのがいて、すでに提出しているらしい。
 自分が辞めるか残るかを逡巡する段階は、僕にとってはとうに過ぎてしまった。もう後戻りは効かない。
 僕の興味の焦点は「退職後の自分の生き方」に移った。……と言いたいところだが、実はまだそこまで行ってない。それよりも、「このリストラが成功するか否か」が気になるのだ。気になって仕方がない。
 まだ悩んでる同僚、残る決意をした同僚からは「会社辞めるんだったらもう関係ないだろ、余計なお世話だ」と言われそうだが、僕にはどうしてもこだわってしまう理由があるのだ。いや、それは僕だけではない。辞めると決めた同僚が他に何人かいるが、彼らもほぼ同じ気持ちだと僕は思っている。なぜか——?


■リストラの成功を祈るリストラされる社員の心理
 これまで聞いた会社再建プランとは、①特別早期退職で五十名の社員を減らす。②残った二百五十名で業務を再構築し、筋肉質な組織に改変する。③さらに経費・人件費を削減し、利益を出しやすい組織にする。……といったところだ。他にも、新しい媒体や新しい販売チャネルなどの計画があるのかもしれないが僕は知らない。
 わかっているのはとにかく組織をリデュースさせることで、今回の五十名削減はそのとっかかりにして最初のハードル、しかもこれまで会社が挑戦したことのない高いハードルだ。こいつが成功しなければその後の再建計画は成功の確率がぐっと下がるだろう……。
 最初に人減らし、それも営業・管理部門から手をつけるというのはやり方として正しいのか?という議論はあるだろう。僕もそれについては営業マンの一人として疑問がある。それについてはまた改めて書くつもりだから置いとくが、そう思う一方で「選択肢」を与えられたことは素直に嬉しく思った。あんまり嬉しかったので後先考えず選択肢を使ってしまったくらいだw。
 ……しかし、この会社でこういう跳ね上がり、お調子者は稀だ。業界でも名高いおっとりした社風なもので。じっさい、これほどの好条件にもかかわらず、手を挙げたことが判明しているのはこれまで僕を含めて数名。百二十名の“有資格者”がいるのに一割にも満たない。
「五十名集まるのだろうか?」
 会社の経営陣、リストラを直接担当する総務部の面々、各セクションの偉い人たちはもちろん心配してるだろう。実は僕のような愛社精神(プッ)の薄い者もすごく気にしている。(もうすでに五十名集まりそうという噂もあるにはあるが、僕は全然信じられない)
 なんで、僕のようなやつが気にするのか。
 一つは、「もしも辞めるのが俺だけだったら許せねえ!」という感情。
 かっこよく腹くくったように見せても、たった一人で会社を辞めていくのはやはり耐えられない。犠牲者は多いほうがいい、という悪魔のような感情は、当然僕にもある。これが「俺よりもむしろあいつのほうが辞めるべきだ」と考えるような人だったら、この感情はもっと強くなるだろう。
 さらに「俺は潔く決断したんだ、お前も決断しろ!」という身勝手な正義感(?)。これはとくに、自分より能力が劣るとひそかに見なした同僚が「残る」と表明した際にわき上がる、どす黒い感情だ。
 余談だが、この感情は、希望者が五十名集まって再建案の第一段階がクリアされたとき、もっと大きくなる可能性がある。退職する面々が口を揃えて「俺たちは会社のために身を引くんだ、無能な経営者も辞めろ!」と言い出したら、どんな論理も太刀打ちできないよ。ましてその五十名の中に、自らの希望じゃなくて会社側に押し切られて退職に追い込まれたような人が万一いたとしたら——。
 余談でした。そういう不本意な退職をする人はいない、というのが会社側の見解でしょうね。
 教訓、辞めると決めた人というのは、ある意味、自爆テロを決意した過激派のようにもなりかねないので、その取り扱いには注意が必要です。気をつけたほうがいいと思いますw。
 もう一つは、「大好きなあなただからこそ、一緒に辞めてほしい」という感情。この感情は僕の場合、とくに強い。対象者で過去にちょっとでも僕に親しく口をきいてくれた人を見かけると、つい「辞めましょうよ&hearts」と耳打ちしたくなる(実際にはしないようにしてるけど)。
 人間って、「お前のこと死ぬほど憎んでるから道連れにしてやる」とは思わないものである、ふつう。むしろ「大好きだから一緒に死んで」と言ってしまう。
 また今回の希望退職の場合、辞めたから即死するって確率は小さい。むしろ残った側のほうが給与は下がるし(会社はすでに明言)、業界全体が縮小してるし、再び成長する確率はとても小さい、会社が立ちゆかなくなるリスクすらある……という状況。ならば少しでも目がある(?)、同僚として尊敬できる仲間には「脱藩」をすすめる、という今年の大河ドラマ的な展開になるわけで。実際のところ坂本龍馬のような器の大きなやつはいないけど、人間誰しも自分のことは器が大きく見えるもの、龍馬になった気分でこんなことを言ってしまいます。すみません。
 最後の一つが、「俺らがいなくなった会社がすぐ倒れたらザマーミロだけど、それはそれで夢見が悪いので」というもの。正直、僕は最近そういう夢を見て汗びっしょりで目覚めたことがある。あれは嫌なものだった。僕は五十歳を越えていないので企業年金受給資格もないので、退職金を受け取ったら会社との縁は切れてしまうはずだが、それでもこの会社には倒れず残っていてほしいと思う。いろんな思い出があるし、大好きな同僚たちが働いてるわけだから。そのために、せっかく僕らは辞めるんだから、それを糧として立ち直ってほしい——そう考えるわけです。
 人によってはもっといろいろあるかもしれないけど、僕なんかはおおむねこの三つの感情がぶつかり合って心理の針が振れている。


■五十人=最初のハードルやいかに?
 で、明日から始まる退職の応募だが、対象者一人一人を思い浮かべて、その人になったつもりで「応募するや否や?」なんて考えて勝手に数を数えてるのだが、僕のなかの票読みではなかなか五十名に到達しない。住宅ローンのあるなし、家族のあるなし、さらに教育費のあるなしなどの個人情報を知ってる限り動員して、本人のパーソナリティを加味しつつシミュレーションしてみるのだが、これがけっこう難しい。また、社員間の闇のネットワーク(笑)から同僚たちの動向・またはその予測が聞こえてくるが、いろいろ指を折って数えても、その数は五十名の半分くらいにしかならない。どうするのか——。
 そもそも、この会社のリストラは世間でいうそれとは大きく異なっている。もともとの給与水準が違いすぎる。また特別措置の割増退職金もべらぼうな額だ。残って給与が下がったとしても、十分世間では高給……(だからこんなブログなんて真面目に受け取るな、というご意見もある。まっことその通りだ)。
 世間よりずっと高い給料だったんだから、その分貯めてるだろう、世間のサラリーマンよりずっと辞めやすいだろう、と考える方もあるだろう。
 だがそれが、やっぱり違うのだ。たくさん給料をもらう人は、たくさん給料をもらうなりにいろんな苦悩を背負っているのだ。不思議なことに、給与の額は人生の苦悩を(多少は減らしてくれるが)ゼロにしてくれるわけじゃない。むしろ増やすケースも僕は見てきた。
 明日はこれまでになく状況が動くことが予想される。その報告ができればよいのだが。
 そして、辞めたくないOR残留する社員の論理にまで踏み込めれば踏み込んでみようと思っています。お楽しみに。(つづく)