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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その3 不安のメカニズム

 こんばんわ。ものすごい勢いでカウンタが回るので頭がくらくらしているたぬきちです。
 夕方までに5万とか6万の人がこのブログを訪れたのでしょうか? はっきり言って想定外です。こんな短時間でこれほどの数の人に読まれたこと、これまでありません。僕が現役の編集者だったときは「10年かけて10万部」とかってペースだったんですよ。こんなスピード目が回るよ。緊張して吐き気がするよ…。
 吐き気をこらえながら「はてぶ」のコメントを読んでいたら泣けてきました。こんなに大勢の人が応援してくれてる。同じ不安を吐露してくれている。ああ、僕は独りじゃないな、と。
 コメント欄も読みました。出版界を去った諸先輩、これから業界を目指す若者、違う業種の方たち。すみませんコメント返しできなくて。アドバイスなんて僕には荷が重いです! 僕なんて情報弱者トラックバックの使い方がいまだにわかりません。でもまあ、自分が見聞きしたことを書くことだけはできるので、今夜はその3をお送りします。前に触れた「なぜ再就職支援会社は対象者を暗い気持ちにさせるか」にも触れたいと思います。


■社内が徐々に“殺伐”モード?
 一通り、職場の対象者が面談を済ますのに二日かかった。まだみんな呆然としてて、お互い「どうする?」と問いかける元気もない。ものすごく気心の知れた男性社員同士でも「どうする?」は禁句だった。口を開けばその瞬間に辞めなきゃならないかのような重たい雰囲気。僕が尊敬するデキる人は、「やだやだ。目の前の仕事片付けよ」と、文字通り我を忘れてExcelの画面にコマンドを入力し始めた。すごい勢いだ。「——さん、そんだけのスキルと根性があれば、どんな仕事だって見つかるよ」と言いたかったが、全然しゃれにならないので当然黙っていた。
 対象者同士が話をする場合、単刀直入に「どうする?」と訊きあえない。いきおい、会社批判やデマ・噂・ゴシップの話になる。「誰それはもう残留宣言したって」「面談する側も“対象者”なんだろ、おかしいよ。本当に偉いやつが面談に出てくるべきだ」「あいつが辞めないなら俺だって辞めない」「なんかアテはあるの?」……。
 そのうちに出てきたのが、「辞めさせる五十名のリストがある」という説だ。「俺は載ってないけどあいつは載ってる。ガチだ」「ほら、これとこれとこれで…こうなるだろ?」憶測と隠語が混じり合ってわけがわからない。
 もう一つ、職場には二十代・三十代の社員もいるが、今回彼らには“会社に残る”以外の選択肢がない。僕ら対象者は彼らと悩みを共有できないのだ。彼らは彼らで、選択肢を手にした僕らを複雑な気持ちで見る。「正直…僕らにも選ばせてほしかったですね…」と重い口を開く同僚がいた。彼のようにはっきり言ってくれる者は珍しい。多くの若者たちとはこの話題がまったくできない。重たい話題が喉につかえたまま、空元気を出して仕事を片付けていくのはちょっとしんどかった。
 リストラは「トリアージ」に似てる。……災害医療において、最善の救命効果を得るために、多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先度を決定すること。語源はフランス語の「triage(選別)」から来ている(wikipedia)。ほんの少しの差が対象者とそうでない者を分ける。じじつ、同期で誕生日も近いのに、月が違うので対象だったりそうでなかったりする。しかもこの差が偶然であるあたりが。いや、成績とか緻密な人事考課に基づいたものであってもイヤなんですが、とにかく「俺がなぜ?」というのが不安をかき立てるのだ。
 医療のトリアージでは選ばれなかった者は死ぬ。選ばれた者も治療の甲斐なく死ぬかもしれないが、生き残る可能性がある。治療を受けられなければ死ぬのみ。ていうか、死にそうだから助からなさそうだから治療を受けさせないのだね。
 悪いことにリストラというやつは、対象に選ばれた者も選ばれなかった者も、みな心に傷を負う。ここがトリアージと違う。とくに、誰しも他人より自分の評価のほうが高いから、選ばれたってだけでものすごいストレスを感じる。それが「あいつが選ばれるのはわかるけど、なんで俺まで」という発想になったりする。今回の、機械的に生年月日で切るやり方は、恨みっこなしで合理的なんだけど、沈没船の上でひく籤みたいな気になるのだ。
 自分の未来を考えるよりデマについて語る時間が長くなるのも当然だ。気晴らしがないから、現実を直視するのが怖いから。存在自体すら怪しい「五十名リスト」の存在を得々と語るのは、その話をしている間は自分と向き合わずに済むからだ。


■「リストラ」をめぐる固定観念
 昨年暮れ、たまたま一冊の本を読んでいた。
 
 これはタマタマ読んでた本ですからね! あまり深く考えないよーに!
 本書には“all about リストラ”っつー感じの、人事部が辞めさせたいと考えてるのはこんなヤツ、って例が列挙されてる。「協調性に乏しい」「非効率・非能率型」「私生活重視型」「自覚のない六割の普通の社員」……なるほど、そうですか。僕なんか、どれにも当てはまらないけど、どれにも必ず当てはまりますね。詳しく解説してあるのだが、読めば読むほど「辞めさせたい社員」と「残らせたい社員」の差はないような気がしてくる。だって人間って、そんなにはっきりと割り切れないよ。普段はダメダメでも、時々すごい切れ味を見せる人がいるじゃん。反対に普段は立派なリーダシップを取ってて、いざトラブルの時逃げ出す人もいるし。そこに明確な線引きをしようとすること自体、無理があるような。なんか違和感。
 パラパラと通読した後、も一度戻ってまえがきを読んでみると、自分が感じていた違和感の正体がわかった。
「本書で得た知識を武器に、あなたがリストラとは無縁の優秀な正社員として、仕事を続けられることを願っている。著者」
 んー、著者さんが心を砕いて本書を執筆してくれたのはわかるよ。でも、なんか違う。リストラが始まると、その会社でリストラから無縁な人なんかいなくなるんだよ。対象じゃないやつだって苦しいんだから。最初に読んでたときはわからなかったけど今ならわかる。正社員であり続けようとすることこそが苦しいんだよ。リストラが一段落しても、さらにその先に絞り込みのリストラがあるかもしれない。いつまで競争は続くの? このラットレースは?
 僕はこの本を再読して、(いま勤めている会社に限らず)会社に残るという選択が楽なのかどうか、楽しいのかどうか、これからの人生を賭けるに値するかどうか、すごく疑問に思うようになった。


■どんなに誠実・良質でも、再就職支援は僕らを勇気づけられない
 そうこうするうちに「再就職支援会社」の説明会の日が来た。他の人は「絶対出席するように」と言われたようだが僕は「出入り自由だから覗いてみれば」と言われただけだった。もちろん出るさ。この機会に体験できることは全部体験しておきたいからね。
 大企業の系列らしい企業名のアウトプレースメント会社の人は、分厚いパワポ資料を持って僕らを待っていた。会議室に集まった面々は、まさに「対象者たち」。あ、あの人もそうだったのか。え、この人も? あいつがいないなー…と思ってると「もう一日あるから別の日に来るんだよ」と耳打ちされ。
 パワポを投射するために少し会議室が暗くなり、プレゼンが始まった。説明するアウトプレース会社の人も、どっか他業種からの転職組なんだそうだ。だから立て板に水、というプレゼンではない。ごつごつとした、つっかえがちだが誠実さを感じさせる説明だ。
 再就職支援とは、求人の紹介と、求職者への転職カウンセリングを施してくれる会社だ。個人が直接、就職情報を提供してくれるよう依頼することはできない(法で禁止)ので、出身会社(いま居る会社、これから僕らをリストラしてくれる会社だ)が再就職支援会社と法人契約して費用を負担し、僕らに仕事口を斡旋してくれるわけだ。
 それはありがたい…と思ったが、聞いててもなかなか気持ちが上向かない。パワポで部屋が少し暗いせいか? 宣伝部だった頃はさんざっぱら広告代理店のプレゼンを聞いた。パワポを使われると眠くなるので、寝ないようにするのが大変なんだよ。って、殿様気分の正社員気分が抜けませんね。ダメだな俺。
 説明に再就職できた具体例が出てきた。販売会社(取次)をリストラされた五十歳のAさん、カウンセラーと面談して自分でも気づかなかった可能性を発見、見事再就職をゲット!
 後ろの方から「あれって某社の人だよね」と具体的な社名が。おいおい。
 違う、何かが違う。
 左右に並んで聞いてる“対象者”たちの気持ちがどんどん暗くなってくるのがわかる。部屋中がどんよりしてきた。
 説明が終わっても何言われたかよく理解できなかったので、質疑応答に手を挙げてみた。が、何を訊いていいかもよくわからん。「それって実際一人あたりいくらくらいかかるんですか?」なんてマヌケな質問をしてしまった。後ろの席から総務がすかさず「それは契約上言えません」と言っておしまいになった。
 なんとなく再び開くのが億劫になる資料だったが、家で見返してみた。
 僕らは今、会社を離れるかもしれない可能性に怯え、身体がすくんでいる。この再就職支援会社は「だいじょぶですよ〜」とはけっして言ってくれない。「多くの方が半年以内に次の職を見つけてらっしゃいますよ」とは言ってるが、僕が必ず見つかると言ってはくれない。ま、現段階では当たり前だが。まずは応募しないとな。でもそれって退路を断つってことだよな。
 なんかモヤモヤとした嫌な感じがぬぐいきれない。「魅力的な履歴書・職務経歴書」「第一印象が勝負!」「面接対策を実施」……なんかこれって、大学生の就活そっくり。ていうか就活そのものか!
 就活って、ただの求職活動というより、今時の適応力にあふれた大学生が、超買い手市場の企業の望むがままに「あなた好みに染まります」を実践してみせる、入る前から企業に忠誠を誓う行事だよな。でもさ、それって仕事の本質とはあまり関係なくね? リストラの本読んだときにも感じたんだけど、仕事って、勤務態度や忠誠度で会社に気に入られたり、ボスに気に入られることじゃないよね。問題発見、提案、問題解決、そのための技術を磨く、という組み合わせの上昇ループじゃね? 少なくとも俺たちがやってきたのはそうだった。ま、それがちゃんとうまくいってたら会社もこんな苦しくならなかったろうから、どっかに間違いがあったんわけだが…。
 再就職の意志を固めた者、動き出した者にとって、支援会社の機能は役にたつかもしれない。実際かなりの実績だそうですし? でも、今リストラの瀬戸際で怯えている対象者たちに、勇気を持って踏み出せよ、と背中を押してくれるもんじゃない。むしろ「あなたの行く先はこんなに大変ですよ」と脅かしてるようなものだ。だからみんな、聞いててどんよりしてきたんだ。
 僕はこの支援会社の人たちが悪いなんて思わないし、間違ってるなんて全然思わない。ただ、大学生の就活と同じように、過剰に求人スペックに適合させようとするビジネスモデルは、やはりラットレースのような憂鬱さをぬぐい去れないのだ。


■僕の不安をぬぐい去ってくれたもの
 実は僕はこのとき、すでに心が決まりかけていた。僕は一冊の本を手に持っていた。
 
 発行元とか余計な憶測はしないよーに! これはタマタマではなく、先日「辞める気満々なんだけど」と言ってきた先輩が、「お前iPhone使ってるんならこれ読まないのは損だよ」と強力に薦めてくれた本だ。何事にも億劫な僕だが、このときはせっぱ詰まっていたのでさっそく読んでいたのだ。
 この本は、元毎日新聞・元アスキー(こんな説明は不要か…)のITジャーナリスト佐々木俊尚さんが、iPhone等々の自分で使ってるIT機器の上手な使い方、それによる仕事効率アップの具体的方法を丁寧に書いた本だ。なぜこれを使うべきなのか、いちいち理由がある。今僕はゆっくりとだが、この本に書かれた方法を一つ一つ実践していっている。いずれも便利で、時間をしっかり管理できるようになる。こうしてブログを書く時間もできる。
 それだけじゃない。この本は、個人が自分の能力を拡張して、会社など組織に属さずに、自由に働くためにこうした道具はあるんだよ、そのために生まれた道具なんだよ、ということを切々と僕に訴えていたのだ。君には、こういう道具がある。あと必要なのは、勇気なんだよ。そして、君はそれを持ってるはずだ——。
 佐々木さんの文章は、僕に向かってそう語りかけているような気がした。
 僕は会社を辞めることに決めた。(つづく)