新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

リストラなう!その2 個別面談への道

 ゆうべツイッターでつぶやいたら思いのほか大勢の方にエントリを読んでいただいた。正直びっくりした。こんなに注目を集めるネタだったのか……と。自分で開発したネタじゃないし、僕たち平凡な会社員の身に降りかかったことを社員目線で書いてるだけなのに、こんなこと他業種ではすでにバンバン起きてることなのに……と、大勢がRTしてくださったのがいまだに信じられずにいる。期待させた分失望させちゃうんじゃないかとも思うが、蛮勇をふるって書き続けようと思う。
 今日は、リストラの第一の山場である「個別面談」についてお送りしましょう。



■なぜ対象者は動揺するのか
 桜が咲く頃はいつも冷える。今週の朝晩の冷え込みもひどい。こんな日に花見をするなんてご苦労なこった……と思いつつ、同世代の同僚と近所の公園をぶらついた。日中なので暖かい日が差している。が、同僚の顔は晴れない。
 会社に残るべきか、辞める決断をすべきか、ぐるぐると悩んでいるからである。辞めれば、月給という定収を棒に振ることになる。公園のわきには首都高が通っているが、高架下にホームレスの荷物が見える。いま立ってるここからあそこまで、そんなに距離はない…なんて気になる。
 会社に残ってもこれまでのような高給は保証されない。劇的に減った給料で生活を維持できるのか…。
 僕はいま、そんなふうに悩むことがない。「辞める」と決めてしまったから、悩む余地がないのだ。もうちょっと悩んでみたかったナ…なんていうと真面目な他の同僚から怒られるかもしれない。
 いや僕だって悩みましたよ、人並みに。
 とくに、2週間前の社員総会で「早期退職優遇措置」を始めるという発表がなされ、その直後、仲のいい先輩が「俺は辞める気満々なんだけど」と耳打ちしてきたときは。すっごく動揺した。
 正直、会社を辞めるなんて、僕とは無縁のことだと思っていたから。僕なんかより、辞めるのにずっとふさわしい人が大勢いるはずだ、と思っていたから。会社は僕を必要としている、と思っていたから。漠然とだがそういう確信があった。ま、そんなのただの思い込みで何の根拠もないわけだが。悪魔の囁き「辞める気満々なんだけど」が、ずっと遠くにあった「会社を離れた自分」というイメージを急速ズームのようにクロースアップしやがった。


■ちょっと面白い先輩の話
 僕らの会社は業界では、あまり目立たない、比較的個性の薄い、おっとりとしたキャラと見られてるようだ。他社の個性の強い編集や営業を目にすると、正直「俺たちはひ弱だなあ」「ぼんぼんだよね」と自嘲してしまう。
 が、実はけっこう個性派がいる。今回の件でも、パワフルで素っ頓狂な振る舞いに出た人がいたのだ。
 管理部門のベテランなんだが、「優遇措置」が発表された社員総会の後、会社からのメールで退職割増金の概要と計算式を知ると、自分の基本給をかけて計算し、「やった!○○○○万円になった!」と快哉を叫んだという。そして翌日、職場で「今日で退職します。お世話になりました。私はこれから有給休暇の消化に入ります」と言い置いて帰ってしまったというのだ。上司があわてて携帯に電話すると、電話を取ったその人がいたのは、なんとハローワーク
 求職カードを書いて面接官と面談して求人の登録をしてたのだという。って、退職は五月末日だって発表されてるのに、離職票だってまだ発行されないのに、何て気の早い。
 この話は、会社内で不安なひそひそ話にうつつを抜かしていた僕たちを、ちょっと笑わせてくれた。あの人ならやりかねないよなぁ、と。
 しかし、自分で雇用保険のこととか調べてると、どうもこの面白すぎる先輩の行動は、実はけっこう理に適ってるよーな気がしてきた。
 まず、雇用保険の給付は離職票がなければ手続きできないが、ハローワークが提供する他のサービス、職能訓練などはどんなのがあるか今から見ていて見当をつけておくほうが良い。自分が受けたい講座が、自分の身体が空いたときに開かれている、申し込みできる、とは限らないからだ。受けたい講座の募集があるかどうか常に目を光らせていて、見つけたら即ゲットしなきゃいけない。
 また、ハローワークは僕たち正社員暮らしの長い箱入りどもにとっては異世界だ。この殺伐、荒々しさにやられて「もうハローワーク行くなんてごめんだ」と心が折れてしまう例すらある。スクーリングというか、いずれ行かなきゃいけない場所なら、ぶらりと行ってみる甲斐はある。
 そして、これが最大の理なんだが、リストラの瀬戸際で怯える対象者は、自分がこれからどういうものを見るのか、経験するのか、わからないから不安になるのだ。だったらハローワークでも何でも、ちょっと行って見てくればいい。
 それまで数々の修羅場をくぐった、なんて自分で思ってる編集者くずれや営業プロパーほど、違う世界に身を置く自分を想像しづらいようだ。
 リストラに伴う不安は、こういうちょっとした心の隙に入り込んで脅かす。そしてそれは、僕たち「対象者」(会社は「対象ではなく有資格者と思ってほしい」と言ってるらしいがw)と「会社側」が対決する「個別面談」の席でピークに達する。


■「個別面談」はこんなだった
 三月上旬の社員総会から十日後、個別面談が始まった。こっちは、当然だが僕一人。相手は、総務の偉い人と、営業フロアに常駐してる一番偉い人の二人。
 総務の人が「早期退職優遇措置」を朗読する。朝からずっとやってるはずなのによくつっかえるのは、疲れたり緊張したりしてるからだろうか。そりゃ疲れるだろな、僕が彼の立場だったらすごくヤだもん。
 今回の募集人員は五十名であること。対象になる五十代以上と営業・管理の四十代以上は百二十何人。年齢は五月末日の満年齢で数える(そのため、同期でも対象になる人とならない人が出てくる)。
 米印のついた注釈がある。「※ただし会社が退職を認めた者に限る」。
 そして年代別の退職割増金の説明があり、最後に、会社が再就職支援会社と契約したので、求職の世話をそこで受けられるよ、と説明された。いわゆるアウトプレースメント会社のこと。
 次の用紙は僕の退職金支給明細だった。かなりの額が記されている。はっきり言って、これまでの人生で目にしたことのない大金だ。
「どう思いますか? 感想を聞きたいんだけど」
「いやー、グッと来ますね」
 我ながら、なんと軽くてマヌケな返事なんだ。
 このマヌケな返答に、総務の偉い人も営業の偉い人もちょっと頬が緩んだ気がした。
「今回の早期退職優遇措置では、自己都合退職ではなく会社都合になります。なので雇用保険は、四十五歳ですから最大で三百三十日、退職八日目から支給されます。日額は七千六百円です。
 iPhoneで電卓を使う。最大だと二百五十万円かよ!
「退職すると健康保険と厚生年金は公的なものに加入することになります。国民健康保険は失業等による軽減措置があるので年間二十八万円になります」このへんのことはよくわからない。僕はこういう数字に弱いのだ。情けない。
「もし残られた場合ですが、会社もこの苦境を脱するためにいろいろやらねばなりません。経費××億円、人件費××億円のうち、××億円を減額することになります。現在、社員の平均所得は一千百五十万円ですが、八百万円代になることが予想されます」
 …減るもんだな。でも、減っても十分に高いゾ? そうじゃないか?
 実は、僕はこんな年だけど独身だ。そしてアパート住まい。これまでローンを持ったことはない。いや一度だけあったな。入社したばかりの時、まだ高価だったマッキントッシュをローンで買った。月賦の経験はそんだけしかない。たぶん、僕は対象者の中でもっとも身軽な人間だ。発言も軽いけどな。
 質問してみた。「ここにある米印、ただし会社が退職を認めた者に限るってどういう意味なんですか? 会社がダメって言ったら辞められないんですか」
「いや、これは、その部の管理職が全員一度に辞める、なんてことになったら部が回らなくなるので、それを防ぐためだよ」(君には関係ないよ…と言ってるのが心で聞こえた)
 偉い人たちの目が、るんるん輝いて僕を見てる気がした。
「君はよく働いてくれている。システム関連を一手に引き受けてもらっているので君が辞めることになったら部は苦労するだろう」営業の偉い人が言葉を選びながら語る。あー、俺、褒められてるの? もっと褒めて! 褒めてもらうには、この場で辞めますって言えばいいのかな?
「じゃあ、また来週、二度目の面談をお願いしたいんで、後で日程の調整を…」
 なんだ、この場で言わなくてもいいのか。
「じゃ、ちょっと考えさせてください」
「もしその気になられましたら、私に直接か、総務宛ファクスでも、PDFにして私宛メールででも、申込書を受け付けておりますので」
 ファクスやメールで辞表を出していいなんて、さばけた会社だな。ずっと前に鬱病で休職したときは、診断書持ってこいって言われたよーな記憶があるが。これも特別措置か? それに正式な募集期間は来月になってからのはずだ。
「そうしていただきましたら、正式な募集第一日目に、最初に受け付けたことにさせてもらいます」
 そうですか。ご丁寧にありがとうございます。
「他に質問は?」まだ時間いいのか。二十分ってことだよね、押しちゃうぞ。
「あのー、僕が辞めるかどうかは置いても、職場は人が減るわけですよね。今でも皆オーバーワーク気味なのに、人が減ったらどうやって業務を再構築していくのか、その構想はあるんですか」
「ご指摘のとおりご心配なのはわかります。でもすべては今回の優遇措置を経てから考えるんですよ」
 何も考えてないのかな? うちの部署は過半数、というより八割方が対象だぞ。全員辞めたら営業崩壊だぞ。大丈夫か?
 そんなこんなで面談は終わった。二十二分くらいだった。


■もしかして“ゆるふわ系”リストラ?
 以上、記憶にある限り、面談の様子を思い出して再現してみました。
 上記の通り、会社側の偉い人は「辞めてもらいたい」なんて一言も言っていない。よく、リストラとなると「君の成績は問題だ。給与は下がるし、ポジションはなくなるだろう。会社にいてもらっても将来はない」といった退職勧奨の殺し文句のようなものを聞かされる、というが、そんな台詞は一言もなかった。きわめて紳士的な、おっとりとした面談だった。このブログをわくわくしながら読んでる人がいるとしたら「なんちゅう肩すかし!」と怒り出すかもしれないね。
 割増退職金もはっきり言って魅力的だし(これは僕に世間知がないだけかもしれないが。これくらいの額は端金だ、と思う社員もいるのかも)、対象である僕なんかより、朝から面談やってる偉い人たちのほうがよほど辛そうだ。
 そう、この会社は、金払いが良いのだ。それがこの会社の最大の美点であり誇れる点なのだ。
 週刊誌の編集部では伝統的に、締切のときの食事、弁当を人数分より多めに用意していたという。その時たまたま編集部を訪れた記者さんがいれば、仕事じゃなくても弁当食ってけばいいじゃん、ということだそうだ。そうやってると、締切を狙ってご飯をたかりに来る人もいるかもしれない。それでもいいじゃないか、そういう人がネタを持ってこないとも限らない。
 この会社は、基本がこういうスタンスだったのだ。それはけっして格好良くはないが、かといって非難されるべきものでもない。むしろある種の見識だとも言えよう。
 一事が万事そんな調子で、書籍の編集部でも金払いは悪くはなかったはずだ。支払いサイトも短く、二カ月待たせることはなかったんじゃないか。僕が編集部にいた十年前は、仮払いなども駆使してばんばん払ってた。
 他社を交えての飲み会では、この会社はやけに参加人数が多く、その分多くを負担して平気だった。著者を囲んでの飲み会だと、各社で経費の自由度がかなり違うのだが、この会社の参加者が「いいよいいよ、うちがもつよ」ということもけっこうあった。
 実は、他に誇ることがない会社でもあった。企画の意義とか、作品論とか、自分の仕事の史的な意味とかを話す習慣はまったくなかった。金になればいいじゃん、それもなるべく苦労せずに。
 今回のリストラもそんな感じだ。会社の懐具合は当時とは比べものにならないほど大変なはずだ。それでも、この提示。ある意味、札束で頬を引っぱたいて辞めさせる、というレトリックも使えそうだが、僕にはそんな感じはしなかった。せっかく会社のために身を引いてくれるのだから、精一杯の誠意を用意しました、ってことだと思った。
 この額なら、住宅ローンを抱えた人もほとんどが身軽になれるはずだ。教育費に不安がある人も。その両方だったり、すごい豪邸のローンだったりするとわからないが、常識的な範囲なら。
 話に聞いてた「リストラの地獄」ってのは、どういうのなんだろな?


■やっぱりあった修羅場
 僕は一次面談の週ではかなり早いほうだった。週末が近づくにつれ、他の対象者のいろんな話が聞こえてきた。それは僕のときのような“ゆるふわ”な話ばかりじゃなかった。
 ある人は「このまま残られても、今と同じポジションで残れるかはわかりません」と言われたという。まるで話に聞いた決まり文句みたいじゃん。そう言われた人は、同じ面談の中でキレて、面接者に向かって「お前が辞めろ!」と怒鳴りつけたという。かなりの修羅場だよね?
 またある人は、僕が言われたのと違って「すぐに出したいと思っても、募集期間までは待つように」と言われたらしい。この差はなんなんだ。
 また別の人は、「このまま応募者が定員に達しない場合、より厳しい経費・人件費の削減が必要になります。その場合、平均年収は六百万円くらいになるでしょう」と言われたらしい。これはほとんど、週の前半と後半とで状況がまるで変わったようじゃん?
 金払いが良いから、というだけでサッと決められるもんじゃないのだ。職場を去るということは、他にもいろんなことがついて回るもんだ。だから悩むんだ。単純に金と引き替えに職を捨てられるのは、日本人には少ないと思う。(映画「アメリカン・ビューティ」の主人公レスターは首切り上司を脅して法外な退職金をゲット、といってもたった6万ドル。労働市場流動性がかなり違うことを勘案してもこの違いはなんなんだ)
 それだけじゃない、面談が一巡した頃、職場にはそれ以前とは違った空気が流れ始めたのだった。(つづく)