新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

どうすればこの戦争を終わらせられる?——『冬の兵士』

 本好き、映画好きの若い衆と飲み会をして、「生涯ベスト3映画って?」と聞かれて考え込んでしまった。というのも、最近めっきり衰えた脳から出てくるのは戦争映画の記憶ばかりだからだ。困ったことに一般的なシチュエーションの映画がひとつも思い出せない。そのとき僕が暫定ベスト2に挙げたのは「プラトーン」と「7月4日に生まれて」だった。いくら好きでも「シン・レッド・ライン」や「地獄の黙示録」は生涯ベストにはならないよねー、なんて言い合って。
 ベスト3残りの1本は何か? というと、やはりこないだ書いた「告発のとき」がどうしても忘れられない。
  なんとノベライズ書籍もあったよ…
 僕にとって生涯ベスト映画の条件は、映画という媒体を通して僕の人生を激しく揺さぶったもの、世界の構造だとか歴史だとかの大きなものを僕にぶつけてきたこと、そのショックが大きかったこと、となる。そしてもちろん面白かったこと、というのも必要なのだけど。僕にとって世界の大きさや厳しさをいちばん感じるのは戦争だ。戦争という特殊な状況がこの世界にはあり得るという、その事実だけで僕はおののいたりする。おののくと言う字は戦くと書く。
プラトーン」は、かつて大きな戦争があって、巻き込まれた若者に何があったか、を伝えてくれた作品だ。いま思うと製作者の立ち位置も非常にニュートラルで好感が持てる。たぶん戦争の経験者が見てもっとも支持する作品なんじゃないか。「7月4日に生まれて」は、戦争から帰ってきた若者に何があったか、を伝えてくれた希有な作品だ。いや、ほんとはそういう悩みは普遍的で同じテーマに起因する映画も実はたくさんある。「ランボー」もそうだし、小さい小説だけどヘミングウェイ「兵士の故郷」なんてずっと昔にこのテーマを深く描いてる。なかでも「7月4日」は徹底的で、誰もが直視したくない負傷兵、傷痍軍人という問題をきちんと描いた偉大な作品だ。
 で、暫定ベスト3の残りはやはり「告発のとき」かなー、という思いがますます強まっている。この映画が現実から切り取ってきたものはどれも凄い。イラク戦争の実態、帰還兵の負った傷、残された者の悲しみ、いずれも圧倒的な迫力かつ胸に染みる説得力で描かれている。
 ノンフィクションでまさにそれをやった本がある、と聞いた。しかも最近出たばっかり。そういえばどっかで読んでたな——冬の兵士: きっこのブログ——と、書店で見かけたので即ゲットしてきた。こういうのは即ゲットしないと忘れてしまうのだ。
 
 戦争に反対するイラク帰還兵、というみなさんが開いた公聴会の名前が「冬の兵士」という。この詩的な名前の由来は何かというと、こっちのページを参照するといい——WinterSoldier 冬の兵士
 岩波書店は前からちょっと面白い翻訳書を出し続けている。『窒息するオフィス』とか『ワーキング・プア』とか。本書もなにか近い臭いがするので、もしかすると同じ担当編集かもね。
 この『冬の兵士』は戦争映画好きにはこたえられない面白さがある。戦争、それも最新のイラク戦争が実際にどう行われているか、帰還兵の口からみっちり語ってもらえるのだ。まさに、余すところなく。すごいよ。びっくりするよ。
 まず最初に交戦規則(Rules of Engagement:ROE、同名の映画がありましたね)に関する証言が続くんだけど、最初はわりにちゃんとしてた規則が、徐々にゆるんできて、しまいには「シャベルを持ってたら武装してるとみなしてよい」「動くものはみな撃て」「丸腰民間人を撃ったらこっちが持参したAKを持たせとけばよい」などとズルズルになってしまい、事実上の民間人虐殺になっている様子が暴露される。すごいよ、この状況は。考えてみな、自分がもしイラク人で向こうから米軍が来たらどうするか。いまの米軍のROEでは、立ってたら撃たれるし、逃げたら撃たれるし、隠れても撃たれるし、近づいたらもちろん撃たれる、ってことになる。どうしようもないよ!? 米兵とイラク人の接点は銃弾しかないんだ。これじゃぜったい平和で友好的な占領なんて無理。
 ところでサマーワにいた自衛隊は、車両移動の途中でイラク人を見かけたら手を振る、って励行してたらしいけど、これは米軍と比べるとすごいことだ。もちろんファルージャとかの激戦地とサマーワとでは様子が違うんだろうが、子どもに手を振りかえされる自衛隊と、子どもをはねて走り去るハンヴィーとではどんだけ違うかと。大変なことだよ。自衛隊はすごい。
 交戦規則のズルズルさは米軍だけのせいじゃないとは思うが、自分たちを守るために交戦規則の適用をズルズルにした結果、米兵たちの心がものすごく傷ついている様もすごい。向こうから荷物を持った女性が来る。制止しても停まらない。長い衣装の下にAKがあるかもしれない、荷物はIED(即席爆弾)かもしれない…で、撃ってしまう。撃ったあと確かめるとやはり丸腰で、荷物は米兵たちに与えようとした食糧だった…なんてやりきれない話がえんえん続く。米兵はみんながこんなエピソードを持っている。もちろんみんな深く傷ついている。「しかたなかったじゃん」なんて言えない、実のところアメリカ人は慈悲深い、シンパシーの強い教育を受けているので、自分の母親と同じ年くらいの丸腰の女性を撃ったことに深く傷つき、帰還してもPTSDになってしまう。イラク人もアメリカ人も全員が不幸になってるという、この戦争は恐ろしい。
 さらに本書は、米兵たちが暴虐・殺人をやるためにイラク人を人間視しないよう、米軍のエライ人たちが率先してイラク人を「ハジ」と呼んでいる、と告発する。ハジとは、元はメッカ巡礼を成し遂げた人、という意味で尊称なのだが、それを米軍では蔑称として使っている。ベトナムで米兵が解放戦線をベトコンと呼んだのと似てる。日本軍が中国人をチャンコロと呼んだのにも通じる。こういう蔑称を与えて、やつらは俺たちとは違う、と思わせることで、いとも簡単に虐殺してしまう兵士ができあがる。相手を人間視していると仲間からバカにされる。嫌な世界だ。だが、自分が撃ち殺したイラク人をしみじみ見ると、やはりそれは人間であって、爆弾満載と思われたトラックの荷台から野菜しか出てこなかったりすると、射殺したドライバーに限りない同情や悲しみが湧いてくる。そして深い罪悪感に囚われ、悲惨な連鎖が始まる。
 米兵はアラビア語がほとんどできないため、索敵でも検問でもミスしまくる。ゲリラの幹部宅を捜索しに行って必ず違う家を壊して乱入する。なんて迷惑なんだ。違う家の人を拉致してアブグレイブなどに連行する。ひどい。押し入った家の人を全員殺してしまうこともしばしばだが、そういうときは壊した家からノコギリなどを探して写真に撮り、「見ろ、武器があった」ということにしてしまう。指揮官も上層部も荷担している。
 本書にははっきりした証言がないが、おそらくイラク人へのレイプも起きてるだろう。すでに米軍女性兵士へのレイプは証言がある。ここでハッとしたのだけど、1945年の夏が終わって連合軍が日本に進駐(占領)に来る直前、流言飛語があったというのを思い出した。「鬼畜米英が来たら、女はみな強姦され、男はみなタマを抜かれる」と。その後やってきた米軍兵士たちはそんな鬼畜じゃなかった(もちろん強姦はあったけど全員じゃなかった)けど、大筋としてこの流言飛語は正しかったんだ。なぜなら、いまイラクはそうなってるから。タマを抜くんじゃなくて無差別に銃弾を見舞ってるとかの違いはあるけど。これってつまり、占領しに来る軍隊はたいへんな暴虐をもたらす、という普遍的な真理なんだな。じっさい、この流言を最初に飛ばした人は、皇軍として中国戦線にいた経験がある人なんじゃないか。自分たちがやってきたことだから、やつらもやるだろう——そう思ったんじゃないか。
 さらに本書の証言は続く。帰還兵に自殺が相次いでること。この部分は遺族の証言で、これがまた泣ける。帰還兵の心身の治療がほとんど放棄されてること。ブッシュは退役軍人・傷病軍人への予算を大幅にカットしたから、どんな治療も1カ月先しか予約がとれないのだ。さらに退役軍人への恩典やケアのレクチャーを意図的にさぼってるので、若くて無知な帰還兵たちは自分らの権利を知らされずにひとりPTSDで悩むのだ。このあたり「7月4日」でオリバー・ストーンの訴えたことが全然古びてないってわかる。
 本書には、証言した帰還兵たちの顔写真と簡素なプロフィールが載っている。30歳代のロートルな帰還兵もいるが、多くは20歳代前半のまだあどけない青年たちだ。まだ22歳とかなのにもう何年間も戦場のトラウマに悩み続けている。ひどい。そうしなければ生き残れないという理由で、無害な一般人を撃つ、ひき殺すことを強いられ続けた結果、激しく荒れ果てて帰ってくる。そうした兵士の犯罪の一つが「告発のとき」で描かれたものだけど、これは本当に一つでしかなくて、もっと多くの物語が、帰還兵の数だけある。そして、帰還兵は多くは合衆国国内で除隊するのだろうけど、沖縄や日本の米軍基地に来ることもあろう。イラクで信じられない残虐な体験をした兵士が、日本のどこかに何人もいる、これも危険なことだ。沖縄市周辺で起きる米軍がらみの事件や事故、とくに僕が注意されたのはYナンバー車は危ない、というものだが、こういう背景があるから危ないのだ、ということがなんとなくわかってきた。兵士は大変なのだ。合計3度、計3年間もイラクに派遣されていた兵士もいる。なんということだろう。貴重な青年時代の3年間を戦場に奪われるとは。ひどいことだ。
 どのページを開いてもひどいことが書いてある。こんな本だけど、ものすごく面白い。面白いという言葉を使うのは申し訳ないけど、じじつ面白い。極限の状況からいろんなことが読み取れる。僕は、イラクの米兵たちのずっと向こうに、僕たちの祖父とかが大陸でどんなことをしたかどんな思いをしたかが見えるような気がした。ファルージャ包囲の証言ではナチスがリデェツェ村でやったことを連想した。戦争の普遍的な真実を述べた、本当に勇気ある人たちの本だ。泣けるし。勇気をふりしぼって、自分が経験した恐ろしいこと、自分がやった恐ろしいことを告白する様は、涙なしには読めない。
 この本を読んだら、「どうすれば戦争をなくせる?」なんて考えられなくなる。この世から戦争をなくすことなんてできないだろう。そんな理想は高邁すぎる。とても無理。それよりもまず、この戦争を終わらせることが肝心だ、と思う。強く思う。どうすればいいのかな。民主党政権を選べば、イラクアフガニスタンでの戦争終結・占領軍撤退に結びつくだろうか。わからないけど。
 ともかくこの本はお薦めです。涙が止まりません。
 最後に、DVD版の通販もあるということで貼っておきます。僕はこれから申し込もうと思っています。
 DVDの販売