読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

戦争映画のアンチョコ本があったよ。面白いよ

 久しぶりです。暑いし、腰が痛くて炬燵でPCに向かうのがイヤだし、だらけてしまって7月はまったく更新しませんでした。ダメですね。ちょっと心を入れ替えます。
 まあ本はぼちぼち読んでおりまして、ときおり面白い本と遭遇できてます。
 
 これは最近読んだなかでは白眉でした。といっても新刊ではなくて去年の、それも新春に出た本なんですけどね。1年半も経ってから存在を知りました。
 著者の田中昭成さんという方は北海道在住の軍事評論家、2ちゃんでは「北のデムパ」などと揶揄されていますが、この本読むとそうはなから揶揄はできないナと思います。彼のサイトはこちら→Spike's Military Affair Review

 本書は「戦争映画を見て本当の戦争を学ぶ」という、ちょっと変わった映画の本です。もちろん映画的に優れているとか拙劣だとかの評価も述べられているのですが、基準となるのは「鑑賞者が戦争の諸相に触れることができるか否か」。これは他の映画の本にはなかなかない視点かと。取り上げているのは以下の作品。
 プライベート・ライアンプラトーン戦火の勇気ワンス・アンド・フォーエバーブラックホーク・ダウンプルーフ・オブ・ライフ博士の異常な愛情クリムゾン・タイドフルメタル・ジャケットタップス/英雄の条件/7月4日に生まれて/天と地/ヒマラヤ杉に降る雪/すべては愛のために/マーシャル・ロー/JSA/父親たちの星条旗硫黄島からの手紙華氏911東京裁判フォッグ・オブ・ウォー
 なかなか…良いセレクションじゃないですか。とくにオリバー・ストーンの3部作がみな入ってるのがすごい。これ嫌いな人多いのにね。
 反対に、「地獄の黙示録」は入らないのかとか、僕は「シン・レッド・ライン」が好きなんだけどとか思いますが、読み進むと理由がわかってきます。「シン・レッド・ライン」は個人的には優れた戦記文学の映像化だと思いますが、著者が企図する「映画から戦争の諸相を学ぶ」には適していない。また「地獄の黙示録」は虚構の度合いが大きすぎて教材には不適、と思い当たります。極端な話、ベトナム戦争に関しては「プラトーン」以上に優れた部分を持つ作品でないと本書には取り上げられないわけです。だから「フルメタル・ジャケット」に関しては前半の教育隊の部分しか評価されていません。
 世間がほとんど無視してる映画を取り上げて、その価値を発掘してるのが偉いです。たとえば「タップス」。これはまだ十代のトム・クルーズショーン・ペンが出演した作品で、レアでいいですよ。そして珍しい、幼年学校を描いた作品です。ある私立の幼年学校が強制閉鎖させられそうになって、トムたち生徒が武装して立て籠もる、というだけの話ですが、いま日本には幼年学校って存在しないから、軍隊の初等教育というのはどんなものなのかを垣間見る貴重な資料になるわけです。(少年工科学校とかあるけど中を知ってる人はそんなにいないよね?)
 この本のすごいとこは、主要な作品ではDVDのチャプター順にシーケンスを解説してるんですね。このシーンでは何が起きてて、それはこういう意味なのだ、こういう表現が省かれてるんだ、軍事的な考証のここを見てほしい、とか。たとえば「プラトーン」では主要な戦闘シーンで何が起きてるか、画面見るだけじゃわかりにくいのがものごっつい丁寧に採録されてます。大切なとこは台詞まで。「ジュニアはレーションの缶詰を開けて驚いてるから、たぶん彼はラベルが読めない=字が読めないのです」とかね。こういう指摘、細かいなーと思う半面、オリバー・ストーンってすごいな、と改めて思う。そしてストーンの画を解読した田中氏もやっぱりすごいと思うのです。他にも「プラトーン」では敵がクレイモア地雷をどこに設置したのか、といった細かいネタを字幕と吹き替えと原語を対比させながら追究したりしててすごいです。これはもう「戦争映画のアンチョコ」と呼ぶべきでしょう。

 映画にはいろんなジャンルがありますが、なかでも僕は「戦争映画はとくに語るべきジャンルだ」と思ってます。戦争は非日常の極みでありながら、もし実際に起きてしまったらそれはすべてを巻き込んで破壊する日常ともいうべき異常事態で、僕たちはあらかじめ体験するとかできません。だから文学だの映画だのノンフィクションだのでせいぜい疑似体験とか研究しておかねばならない。しかし、70年代までの戦争映画は、作り手の都合が優先されてて、私たちにとって教材となる部分はなかなか少なかった。この流れが変わったのは、僕的には「遠すぎた橋」(1977)あたりからかと思います。映画史上最後のオールスター戦争スペクタクル。考証も力一杯やりました。けど興行的に大失敗。なんで? そのとき1975年にベトナム戦争が終わったわけですが、それまでに世界の視聴者はさんざんベトナムの映像を見てきた。虐殺や爆撃、白昼の死刑といった衝撃的な写真を見てきた、その後に口当たりの良いヨーロッパ戦線の騎士道的な英雄譚を見せられてもしらけるじゃないですか。僕たちが見たかったのは、そのとき本当は何が起きていたのか、を描いたものだった。映画界からのその最初のリアクションが「地獄の黙示録」だった。あれはコッポラが個人事業としてやったことだけど映画史の流れを変えた偉大な行為だった。蛮勇というか狂気かもしれないけど。できた作品は巨大なピラミッドみたいながらんどうかもしれないけど。でも「黙示録」がなければ「プラトーン」もなかったわけで。そして80年代後半に「プラトーン」が作られ、僕たちは初めて「ああ、ソンミの虐殺ってこういうふうに起きたのかもしれない」と納得がいったんですね。この本読んだ後に改めて「プラトーン」見てみましたが、やはりすごい。細かい。予算が少ないのでちゃっちい画面になってますが、でも良い映画です。他の幾多の戦争映画が描かなかった描けなかったことを果敢にいくつも描いている。『ウォームービー・ガイド』もその一つ一つをきちんと捉えて読者に伝えてくれる。んー、良いです。
 あと「7月4日に生まれて」を「傷痍軍人を描いた希有な映画」と評価しているのも良い。そうだ、戦争映画で股間に弾丸が当たる作品は少ない。まして主人公が障害を負ってずーっと生き続ける作品は本当に稀だ。僕は前にこの作品についてエントリ書いてたけど(左翼の魅力が輝く、今日この頃 - 新・リストラなう日記 たぬきち最後の日々)、この作品の教材的な価値についてはまったく気づいてなかった。バカだな。現実に戦争が起きて僕やあなたがそれに巻き込まれたら、戦闘に巻き込まれる確率はそんなに高くないですけど、もし巻き込まれたら、大怪我をして障害が残る確率は死ぬ確率よりずっと高いですよね。でもそれを描いた作品は少ない。だって見るのイヤでしょう? だからなおさらストーンの仕事はすごい。
 まあ、本書の著者は非常に個性というかアクの強い人なので、向き不向きがあると思いますが、戦争映画、それも本書が取り上げたような現代的な戦争映画について語りたい人は必読と思います。本書は日本の戦争映画評論業界における「プラトーン」のようなもので、戦争映画評論は本書以前と以後に分かたれると思います。ぜひぜひ、読まれかし。