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新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

志の高さと質の高さは別に関係ない——「ボーダータウン 報道されない殺人者」

 こないだ見た「告発のとき」があんまり面白かったので、似たようなテイストの映画を見たくなってまたTSUTAYAに行ったんだよ。水曜しか行かないけど(半額の日だから)。
 そこで摑んで帰ったのがこれ、「ボーダータウン 報道されない殺人者」。
 
 監督は知らない人だが、主演は知ってるぞ。ジェニファー・ロペス。でも俺、彼女の映画見たことないな。フィルモグラフィを開いてみても見たことある映画がない…。もう一人はアントニオ・バンデラス。これはばんばん銃撃ちまくる頭の悪そうな映画に出てた人だな。嫌いじゃないぜ。


 舞台はメキシコ、合衆国との国境に位置する町フアレスには数多くの工場があり、アメリカ企業が人件費の安い当地に押し寄せていた。その求人目当てにメキシコ中から人が押し寄せ、人の多いところに犯罪も密集する。日が落ちて帰宅する女工を狙ったレイプ、誘拐、殺人が猖獗を極めていた。インディオ系でまだ十代のエバも、日没後に工場から帰宅しようとしてバスに乗り、一人きりになったところを運転手にレイプされた。バスから降りて逃げようとしたが、バスを停めた場所にはさらに多くのレイプ犯が。絞殺され埋められた…と思いきや、彼女は息を吹き返して瓦礫の下から這いだして逃げた。そこからだった、彼女の地獄が始まったのは――。
 という感じの、実在する町の実在しそうなハードな状況を描いた映画です。実事譚の映画化というのは魅力的ですね。true storyというだけで1割くらいは評価が上がる感じです。さらに感動的な話や泣ける話ではなく、苛酷で痛い話であるのもポイント高い。好きこのんでこういうの見る人は意識の高い人でしょうからね。過去には実事譚と偽って大ヒットした「ファーゴ」なんて作品もありました。あれなんかただ単に面白い話なんだから「true story」なんてウソつかなくていいのにね。
 フアレスの悲惨な状況を世界に知らせようとする監督と、それに共鳴したジェニファー・ロペスの力で本作は生まれた、らしい。らしいというのは又聞きだからで、さらに本編を見た結果、ジェニファー・ロペスの俺様映画になってるな〜という感じがしたから。ですから私見です。偏見です。
 続くあらすじをallcinemaから引用させてもらいます。

シカゴの新聞社で働く敏腕女性記者ローレンは、メキシコとアメリカの国境の街、フアレスで起こっている連続女性殺害事件の取材を命じられ現地へと向かう。彼女はそこでかつての同僚、ディアスと再会を果たす。ディアスは、腐敗した警察や政治家の圧力に抗して、反政府系の新聞社エル・ソロを経営していた。ちょうどそこへ、一人の少女エバが訪ねてくる。彼女は、一連の事件で奇跡的に生還した被害者で、エル・ソロ社に助けを求めてきたのだった。ローレンはエバの証言を糸口に、事件の真相究明に乗り出すのだったが…。

 反政府新聞のディアスってのがバンデラスですね。いや、すごく地味な役で驚きました。銃をバンバン撃ってた頭悪そうだったのは昔の話ですね。非暴力系でしかもアメリカ的価値観より地元優先なジャーナリスト、かなり頭良さそうな役です。女記者ローレンはアメリカ的なキャリア優先の独身女性、だけど心に熱いものを隠してて、なおかつ悲惨な幼児体験が時折フラッシュバックするという複雑なキャラになっています。

 でもねえ、結果から言うと、この映画つまんなかったんですよ。二人のジャーナリストが殺されかけた少女を保護し、少女を消そうとする地元警察とのチェイス、そしてレイプ犯が地元の顔役とつながっているという発展途上国の闇――と盛りだくさんなんですが、その割に話が平板すぎてまいりました。尻が痛かった。
 主演女優のロペスも髪を染めたり、メキシコ女の仮装をしたり、いろいろやってくれるのですが、全然そそりませんね。バンデラスは終始抑えた演技のまま死んじゃうし。いちばん熱演してたのは殺されかけた少女役の人ですね。この人の恐怖や少女らしい無垢さはリアルだった。
 先日見た「告発のとき」は、主演がT.L.ジョーンズとスーザン・サランドンという老人二人。とくにトミーリーは全編登場で爺臭を満喫させてくれます。でもこれが不快じゃないんだな。老醜を隠さずに堂々と画面に曝し続けるトミーリーはかっこいい。いろいろがんばって自分をきれいに見せようとしてくれたジェニファー・ロペスより全然見応えがあった。「告発のとき」にはもう一人女優がいたな。シャーリーズ・セロン。でも色気はなかったな。あ、けっこうグッときたシーンがあって、それは激高したトミーリーが容疑者を殴る蹴るしてるのを止めようとしたとき、間違って殴られて鼻血出したシーン。粘る血液が鼻から糸を引いてた。その後もセロンは目に青タン、鼻に絆創膏という悲惨なスタイルで画面に登場し続け、それもグッときた。僕は今まで汚れ役の価値や意味がよくわからなかったけど、こうして見るとなんかわかるもの伝わるものがある。それは、かっこよく画面に登場していたい、美しく見られたい、という自意識を超えて、あえてかっこ悪い姿もさらす勇気なのだ。それはつまり、作品を観客の心に届かせるために。「告発のとき」で言えば、出征中の息子を突然失った老夫婦の痛みを表現するにはトミーリーやスーザンの老いて弱った容貌が絶対に必要なのだ。新開地の荒々しい風土や苛酷な社会状況を演じてみせるのにセロンの絆創膏はとても大事なのだ。
 残念なことに「ボーダータウン」にはそういうものがなかった。メキシコ人女性の置かれた悲惨な状況を世界に知らしめて救うんだ、との崇高な志がある作品かもしれいけど、それがすべて「アメリカ人記者なら伝えられる」「アメリカ人なら襲われても殺されない」「アメリカ人でしかも美人のジャーナリストだから地元の大立て者もパーティで声かけてくる」といった、自分では意識してない選良感覚に立脚したものにすぎなかった。これはひどかったな。志の高さで客を吊ろうとしたのに逆効果だな。というより鼻持ちならない感じが透けて見えていた。
 何より「ボーダータウン」は問題を矮小化している。問題の本質を押し隠そうとしたともいえ、その点では犯罪的なほど悪質だ。「フアレス郊外の荒れ地に連続レイプ殺人犯が出る。それを警察や自治体はひた隠しにしている」というのが「ボーダータウン」の問題提起だ。しかしそれは問題のごく一部にすぎないのではないか? より重要なのは、NAFTA体制下で製造業が合衆国国外に流出し、メキシコの労働力が買いたたかれていること(搾取)、低賃金重労働で格差がどんどん広がっていること、貧民層が犯罪に隣接して生きざるを得ないこと、ストレス・病気・暴力にさらされて健康被害が深刻なこと…などなど、構造的な問題が山積しているのに、映画が取り上げるのは「レイプ犯」だけ。まあレイプも大変な問題ではあるんだが、それは問題の本丸じゃないでしょって思いませんか?

 社会派ドラマとか社会派サスペンスっていうけど、その魅力はなんなんだろね。一つには、単なる暇つぶしにすぎない映画だけど、実事譚だというだけで何か本当のものと繋がっている…自分が世界と繋がっているという感覚を得られるということがあるか。もう一つは、人が頭で考えたことではない、想像もつかないことが起きた、それを再現して見せている、というダイナミックさ。事実は小説よりも奇なり、で小説より商業的な価値もあるかもね、というところか。
 でもそれだけか? もっと別の魅力がないか社会派には。たとえば僕が「告発のとき」で好きなのは、兵士の荒々しさ、老夫婦の弱さ、郊外の街の醜さなどを包み隠さず描こうとしている姿勢だ。普通だったら正視に耐えないようなことを、娯楽のふりをして突きつける。そして世界の隠された真実を見せつける。この荒々しさが実事譚の真骨頂だ。
告発のとき」の元になった出来事は今でもCBS「48時間」のサイトで読める。「duty death dishonor」で検索すればヒットする。Duty, Death, Dishonor - CBS News これ読めば、トミーリー扮する元憲兵の老軍曹の造型が実際に殺された兵士の父とほとんど変わらないことに驚く。いや、ほんとのところはどうか知らないのだけど、製作者たちはモデルとなった老軍曹のエッセンスを注意深く汲み取ってトミーリー演じる老軍曹にめいっぱい注いだんだろうね。トミーリーの演技は老醜でみっともなくて、それでいて重厚で、核心のシーンに来ると胸が潰されそうに苦しく感じるけれど、それは実際に起きた兵士殺害事件やその遺族、あるいは兵士の戦友たちの誰もを尊重した映画作りの姿勢に基づいているからこれほど重厚に描けたんだと思うよ。事実に対するリスペクトっていうのかな。リスペクトとか言いたかないんだが。
 トミーリーとスーザン・サランドンは、それぞれのフィルモグラフィの末尾に小さいけどどっしりした一行を書き加えた、と言える。少なくとも僕はそう思う。僕はこの作品のことは忘れない。残念ながらジェニファー・ロペスは彼女のフィルモグラフィにキラッと光る一行を加えることはできなかった、と思う。残念なことだ。
 それにしても当たりの映画を引くことのいかに難しいことか。いやいいんですけどねハズレたらハズレたで。