新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

ラティーノが生き生きとした小説とか

 前にブラジルの貧民窟を舞台にした映画「シティ・オブ・ゴッド」について触れた。延々と凄惨な殺し合いが描かれる映画なんだけど、奇妙なことに生命感や躍動感にあふれていて、きらきらと輝きながら破滅していく美しさに満ちていた。それは同じようなシチュエーションを描いた日本映画屈指の傑作「仁義なき戦い」とは百八十度ベクトルが違う、「仁義なき」は死の匂いが消え去らない、生命感とは反対の死の影が満ちた映画だった、「シティ・オブ」は登場人物たちが子どもなせいもあるのかしらないが、成長する細胞がはじけるような若さと明るさに満ちているのだ。
 このへんが「ラテンの底抜けの明るさ」なんて言われるゆえんなのだろうか?
 そんな感覚がまたよみがえる本が出ていたので、読んでみた。
  
 垣根涼介を知ったのはクルマ雑誌にエッセイを書いていたからだった。クルマが好きなハードボイルド作家、ということで今時珍しい旧人類で、大いに僕も共感するのだ。
 本書の舞台は南米コロンビアと東京。コロンビアの内戦で親を失った日系移民の少年が貧民窟(これもファベーラ、というそうだ。ポルトガル語でもスペイン語でも同じ?)で育ち、メデジン・カルテルのような立派なギャングになるという前半。彼らが東京で繰り広げる抗争と、派手な脱獄・逃走劇が後半。2分冊だけどそんな長くなくてさくさく読めます。
 とくに秀逸なのが、僕たちにはなじみのないコロンビアの歴史と、主人公の日系2世の前半生を重ね合わせた前半。コロンビアといえば何回か前のワールドカップでミスをした代表選手が帰国後殺されたことを覚えていませんか。そんなふうに殺伐とした、血の気の多いお国っぷりなのはなぜ?ということがよくわかる歴史です。赤道直下なのに高原なので暑くない、宝石や金属など地下資源も豊富だし、コーヒーや切り花の輸出も盛んで農業もいい。だけどスペイン統治時代から続く収奪の構造がいまだに残っているため格差は大きい。地主層の私兵が暴虐を働き、それに対抗する共産ゲリラも武装闘争する。さらにコカインで外貨がすごく入ってくるので、ギャングも発展する。支配層・ゲリラ・ギャングの三つどもえの内戦状態がずーっと続いている、ということらしい。こういうのを概論として述べるとつまらないけれど、ある人物の個人史と重ね合わせて述べられるとすごく胸に迫る。それが垣根涼介の小説の最大の魅力だと思う。
 その魅力は、彼の最大のヒット作『ワイルド・ソウル』でも遺憾なく発揮されていました。
  
 これはブラジルと日本が舞台。アマゾン奥地の不毛の土地に移民させられた日本人たちがたどった過酷な運命と、移民の生き残りが日本政府に奇想天外な復讐をする、というお話。構造は『ゆりかごで眠れ』とほぼ同じ。作者自身もこの2つの作品は対になっている、と言ってるけど同工異曲…じゃなくて同曲異工というか、同じテーマの変奏曲みたいなもん。それが退屈にならないのは、日本政府の酷薄な移民政策や、移民が棄民として見捨てられた過程を丹念に描いていること、こうした史実を登場人物たちの人生に仮託して述べることでいっそう歴史が胸に迫ること、などが挙げられる。凡百のハードボイルドではなく、その背後に広い世界と長い歴史が広がっている、なかなか良い作品なのだった。
 もう1つ素晴らしいのは、彼の作品が頭が考えただけのものじゃなくて、ブラジルやコロンビアの空気感を濃厚にまとっていること。ラティーノの空気…ということで冒頭に触れた「シティ・オブ・ゴッド」が連想されたわけです。
 僕は読書しながら音楽を聴くのが好きなんだけど、この本に合うのは何かな、と思ったら、ぴったりのがありましたよ。南米の日系移民が、日本に帰って大成功したという、まるで垣根涼介の本と同じ出自のやつが。
 
 スペイン語と日本語で歌い上げる、ラテンと沖縄の絆。スリリングでかっこいい曲もあれば、楽天脳天気な曲もあって、垣根の作品にも超脳天気なシーンがけっこうあるので似てます。僕みたいな地味な日本人からすると辟易とする明るさまで感じられ。いい感じで聴きながら読めました。お試しあれ。
 ついでにしつこく貼っときます。名作。