新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

神戸に遊びに行ったんだよ

 取引先の若旦那が「いかなごの釘煮を作る頃、呑み会をやろう」と言ってくれて、お言葉に甘えて神戸まで酒を飲みに行ってきた。若旦那のおばあちゃんの家で、おばあちゃんに家を空けてもらい、若旦那の友達の同業者も集まって賑やかな飲み会だった。夜半、雨になったが、翌日はきれいに晴れた。神戸の街をぶらぶらして、二日酔いの身体に神戸の美味いものを詰め込んだ。

 
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 これは元町の交差点のとこにある「キャベツ焼き」。130円なのだ。しかもキャベツと小麦粉だけじゃなくて卵まで入っている。軽いのに食べ応えある。そしてやはり軽いから腹を圧迫しない。休日の盛り場のおやつにぴったり。


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 三宮センター街なんだけど狭いところにある、「たちばな」という店。「たこ焼き」と書いてあるけど、それは明石でいう「卵焼き」、世間一般には「明石焼き」と言われているふんわりしたたこ焼き。ごらんのように出汁につけて食べる。出汁は温かいもので、おかわりしたら新しく温かいものを出してもらえる。刻んだ三つ葉がついてくるので、それを出汁に散らして食べる。絶品。


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 二日酔いの頭と身体はどうしても汁物を求める。阪急三宮駅の裏側にある立ち食いのラーメン屋「山笠ラーメン」。山笠というとおり博多ラーメン。一杯たった500円。それなのにすごくでかいチャーシューが2枚入っている。替え玉はやめときました。なにせたこ焼きを20個食べちゃったので。


 このように美味しいものをいっぱい食べたのだが、昨夜の宴会があまりにも楽しくて、翌日はじわじわずーんと気持ちが落ち込んでくるのだった。
 それは、楽しくて盛り上がったからその反動が来ただけじゃなくて、僕にとって大事なメンバーが欠けていたからだった。
 僕は一昨年の秋に営業に異動し、去年のちょうど今頃、地方担当をあてがわれた。それが神戸だった。初めての出張営業、周りは知らない人だらけ。不安だし、慣れないことなので身体もつらい。しかし、若旦那をはじめとする神戸の若手の業者さんたちが助けてくれた。いろいろ訪ね歩いてそのつど飲み会をするのはつらかろう、ということでクライアントさんを集めてくださって、一回で済む飲み会を開いてくれた。それも安くて気さくな沖縄料理屋で、経費的にも助かった。
 その集まりを仕切っていたのは、若旦那と、O田君というやはり若手の人だった。神戸では知られた人で、カリスマバイヤーの一人。彼を慕って集まる業界人も多く、こうした会社の垣根を超えての飲み会は他の地方では見られないものだった。
 O田君は僕に「神戸のこと、好きになってくれましたか?」と繰り返し声をかけてきた。その心遣いがうれしくて、僕はそれまで飲めなかったビールを飲み干した。病気をして以来7年ほど酒を飲んでいなかった。
 そのときから、僕はまた酒が飲めるようになった。それまではアルコールの副作用である鬱状態が怖くて飲めなかったのだ。僕の気持ちは強張っていたのだ。それを一生懸命ほぐしてくれたのはO田君の言葉だった。


 そのO田君が、突然会社を辞めていた。誰もそのことについて語りたがらない。「え、O田さん来ないの?」と聞くと若旦那は「来るわけないでしょ」と一言。そして言葉を切った。僕はもうそれ以上聞けなかった。
 O田君や若旦那が飲み会の席でじゃれ合うのを見るのは、とても楽しかった。男の子がつるむ「ギャングエイジ」がまだ続いているかのようなリラックス感。暴走族が集まって騒いでいるような高揚感。それでいて業界のことを熱く語るさまは、何か幕末の勤王の志士を思わせた。僕はいつの間にか若旦那に高杉晋作を、O田君に坂本龍馬のイメージを投影していた。
 龍馬は、去った。予想よりもずっと早く。神戸の業界を憂える志士たちの維新はまだ途上だというのに。
 僕はとても感傷的になって、夕方の「のぞみ」に乗った。ビールが飲みたかったけど、もう一滴もアルコールを受け付けられない。ゆうべはみんな、たくさん飲み過ぎたようだ。
 未熟な営業マンだった僕に、営業の楽しさを教えてくれたのも、自信を与えてくれたのも、神戸のお客さんたちだった。酔って三宮の高架下を歩きながら「神戸のこと、好きになってくれましたか?」と何度も言ってくれたO田君の声がまだ耳の底に残っている。


 これは、お土産にもらった「いかなごの釘煮」。若旦那の手作りだ。保存料とか入ってないので、日が経つと固くなる。だが味は落ちない。これを食べると新幹線の駅で売っているやつでは満足できなくなる。それくらい美味いものを、神戸の人たちは食べているのだ。
 しかしちょっとほろ苦いのだ、今年は。これを食べるたびにいろんなことを思い出すのだった。おわり。