新々リストラなう日記 たぬきち最後の日々

初めてお読みの方は、<a href="http://tanu-ki.hatenablog.com/entry/20100329/1269871659">リストラなう・その1</a>からご覧になるとよいかも。

『臨死!江古田ちゃん』に涙する

 仕事場で女性の同僚から講談社のコミックス『臨死!江古田ちゃん』を借りた。派遣OLが主人公の連作4コマ。これがたいへん自分にヒットしたのでメモしておく。仕事で疲れているんだな俺、という自分を実感させてくれたのだった。
   

 この作品は3年前から単行本が刊行されてたんだね。不覚なことにここ数年、新作マンガをほとんど読んでない(ヤンマガは毎週読んでるけど…)ので、こんな潮流が始まっていることも知りませんでした。すまん。

 江古田ちゃんについての基本情報をメモしておくと…(知ってる人には今更でしょうが、僕の理解の浅さをここにオープンしておくことにもなろうかと)。
■北海道出身、年齢20代前半、女性。独身。(ある時から年齢が進行しなくなったみたい)
練馬区江古田在住。アパート住まい。たぶん階段は上るとカンカン音がする。風呂はガス追い炊き。
■職業は昼間は派遣社員、夜は接客業とか。ときどき芸術写真のモデルも。
■長い髪、身体を締め付けない洋服、部屋では全裸。切れ長の目。
■友人Mと焼き肉したり、無軌道なダベリに興じたりする。価値観を共有。
■肉体関係になった男性多し。そのつど後悔している? いやあれは彼女的には後悔とは違うか。
■本命の男子がいるが彼には彼女がいる。
■男性受けのする女子を「猛禽」と呼んで禽獣扱いしている。(しかも負けている)
■冷蔵庫に様々な元食品をコレクションしている。

 いま覚えてるのはこんなとこかな。また読み返したら違う江古田ちゃんの印象に気づくかも。

 僕が彼女にもっともグッと来たのは、冷蔵庫を開けて「キュウリはなぜ液状化するのか?」と悩んでいたときだった。そう! キュウリは何も仕込んでないときでも勝手に漬け物様の物体に変貌しようとするんだよな! ところが、次のコマで江古田ちゃんは「うどんはなぜすぐカビるのか。しかも同じ色のカビ…」などと独白している。そんなの知らないよ! 僕よりもずーっと冷蔵庫の中の極限の地に詳しい江古田ちゃん。たしか僕より20歳くらい若いはずだよな…。なぜそんなに詳しい??

 この作品が提唱した新概念でもっとも衝撃的だったのは「猛禽」だろう。
 それまで僕も、男から見て可愛くて、興味を引いて、話しかけたくなる雰囲気や外見を持った女性に対して、なんか作り物臭い違和感を感じていた。だが、周囲の男性たちがそういう彼女たちにメロメロになっていくのを見るうち、「僕の違和感なんて何かの間違いかもな」と自分の感覚を疑いかけていた。
 そのとき、「いや違う。お前の感覚は正しい。やつらはヒトではない、猛禽なのだ」と言ってくれたのが江古田ちゃんだったのだ。
 そう、猛禽は、獲物を狩る動物なのだ。英語にするとraptorだ。戦闘機F-22の愛称と同じだ。「ジュラシック・パーク」の主役恐竜ヴェロキラプトルの略称でもある。彼女たちの本質は、これだったのだ。
 江古田ちゃんが指摘してくれたおかげで、僕にも真実の一端が見え始めた。猛禽、それは世界を支配するほどではないかもしれないけど、その場とか職場とかを支配する恐ろしい動物である。くわばらくわばら。

 そんな風に世界の秘密の一端に到達した聡明な女性・江古田ちゃん。だが、聡明なヒトが必ずしも力を持っていることはないように、江古田ちゃんも権力からいかにも遠い。むしろ負けてばかりいる。猛禽にも、冷蔵庫にも。そこがまた、僕たちの共感を呼ぶ。今日も江古田ちゃんの力なき毒舌は、世界の秘密を暴露しつつ、おのれの無力さを浮き彫りにして、返す刀でばっさり割腹を繰り返しているようだ。

 そして、呑気に「猛禽は怖いねー」などとこの本を閉じてはいけない。
 僕にこの本を貸してくれた女性は言った。「女なんて、みんな江古田ちゃんみたいなもんですよ」
 女って、君も? そうだろうね。君も本音ベースなひとだし。だから好きなんだけど。
 そして「猛禽」も、女だよね…。彼女たちも一皮剥けば江古田ちゃんと同じなわけ? 猛禽もけっして勝ってるわけじゃないと? 猛禽たちも、心に満たされない空虚を抱えてたり、敗北感を抱きしめていたりするわけ?
 僕には、その指摘がいちばん怖かった。

 江古田ちゃん。4コマまんがのくせに、人生の真実を無造作に書き散らかしている作品。いしいひさいちによって始められた4コマまんがのニューウェーブは、30年くらい経ってこんな極北にたどり着いた。と思うのです。年寄りまんがファンは。ごめんなさい。懐旧闘争してしまいました。
 ではまた。